チョコレートを貴方に
休息時間を観測室で過ごそうと昼食のゼリーのパックを持って、ステーションの観測室に来た。
ゼリーを啜りながら眼下に見える白い惑星に見入る。
惑星を見ていた僕の耳に複数の子供たちの話し声が聞こえて来た。
目を声のした方に向ける。
ステーションで働く人たちの子供たちと引率の教師が観測室に入って来るのが目に映った。
観測室に入って来た教師は引き連れて来た子供たちに質問する。
「眼下に見える白い球体は地球です。
その地球があのような姿になった原因が分かる人はいるかな?」
子供たち全員が手を上げで口々に答えた。
「「「「「温暖化が原因です」」」」」
そう、あの真っ白に凍りついた惑星は地球。
5000万年前、温暖化が引き金となって地球史上4度目のスノーボールアイスになった。
地球温暖化を阻止しようと二酸化炭素の排出を各国政府が抑制していた時に、温暖化で広がった海に植物性プランクトンが大量発生して二酸化炭素の吸入量が増え一気に地球は冷える。
最初は通常の氷河期の到来かと思われていた。
だが冷え始めた地球は留まるところを知らないかのように冷え続ける。
世界各国の中で宇宙開発に力を入れていた国々は、月に月面基地を建設していた。
その月面基地にあらゆる物資と、月面基地に送る為に訓練していた宇宙飛行士とその家族を送り込む。
政治家など特権階級の者たちも宇宙に逃げようとした。
しかし訓練を受ける時間が無く、殆どの者はロケットの打ち上げによる凄まじい重力に抗えず、ロケットが打ち上げられた直後に亡くなる。
結局各国の月面基地や火星観測所、それに地球や月の周りを回る宇宙ステーションに逃げ込めたのは、100億近い人類の1万分の1、100万人だけだった。
生き残れた100万人の人たち、彼らの苦難はそれで終わりでは無く寧ろ始まり。
計画とは違い一気に増えた月面基地の住民により、各国の月面基地で事故が多発して千人万人単位の死者が出る。
施設内で火事などの事故が発生しても、地球であったら施設外に逃げ出せば良かった。
でも月で外に出るためにはそれなりの装備が必要、装備を身に付けずに出れば自殺するのと同じ。
ましてや火事が基地内と外を繋ぐエアロック付近で起きれば、逃げ出す事も出来ないのだ。
それらの苦難を乗り越え、月に逃れた人たちや彼らの子孫はリスクを分散する為に、太陽系内の惑星や惑星の衛星を開拓し移住する。
岩石や鉄で出来た地球型惑星や氷に覆われた天王星型惑星だけで無く、ガスで出来た木星型惑星にも人類は進出した。
進出する過程でも事故は多発する。
木星の周りを回る宇宙ステーションの1つが、チョットした操作ミスで木星の重力に引っ張られ木星に墜落した事故。
天王星の氷の上に造られた天王星基地の温度調整器の故障で、基地内にいた全ての人が凍りついた事故。
などで数万十数万単位の人たちが亡くなった。
人類はそれらの事故に挫けること無く太陽系の開拓を続け、5000万年前100万人だった人の数が、今では5億人まで増えている。
人の数が増えたのと同じく、太陽系内て開拓されて無い惑星は、灼熱地獄の水星金星を除いて地球だけになった。
眼下の地球に見入っていた僕に後ろから声が掛けられる。
「そろそろ休息時間終わるぞ、オペレーション室に戻ろうぜ」
見入っていた地球から目を離して振り返り、声を掛けてくれた同僚に礼を言う。
「もう時間か、声を掛けてくれてありがとう」
僕の仕事は、地球の周りに配置されている数千基の太陽光反射衛星を操作しているオペレーター。
数千基の衛星を数百人のオペレーターが交代で操作している。
数千基の反射衛星が照らしているのは、赤道直下にあるカヤンベ山とその周辺。
此の山に地球開拓の前線基地であるカヤンベ基地が建設されている。
僕が此の仕事をしているのは、恋人がカヤンベ基地で働いているから。
彼女は明日定時休暇でステーションに帰って来る。
前の定時休暇でステーションに戻って来た時に、「次に戻って来るときは、お土産を持ってこれるから楽しみにしていて」って言われているんで、何を持って来てくれるのか楽しみなんだ。
• • • • •
ステーションのシャトル発着所に彼女を迎えに行く。
地球から戻って来たシャトルから彼女が降りて来た。
バックパックを背負った彼女は僕を見つけると駆け寄って来て、抱きつき「ただいま」って言いそのままキスして来る。
そしてポケットから何かを取り出して僕の口に押し込んだ。
苦い、口に押し込まれた物を吐き出しはしなかったけど、余りにも苦い味に顔を顰める。
「苦いんだけど、なに此れ?」
「チョコレートよ。
地球で5000万年ぶりに収穫されたカカオから作ったチョコレート。
だから貴方に食べて貰いたかったの」