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-86- お目付役

 

「フニャアッ!!」

「ぐあっ!?」

「え……っ!?」


 私の視界に映るは真っ白な影。炎を宿さない、白い影。細くて長い尻尾が逆立って、狸の尻尾のように太くなっている。

 シロが太蝋さまの頭の上に乗り掛かっていた。


「ニャッ! ニャアッ! ニャニャッ!!」


 しかも、その上で容赦無く太蝋さまの頭を叩いている。まるで太蝋さまの炎を気にする様子もなく。


「痛っ……! なっ……! 何をするんだ! 痛い! やめろ!」


 自分の頭の上に乗り続けているシロを追い払うように、太蝋さまは身を起こした。すると、シロは私の顔の横に降り立ち、太蝋さまに向かって威嚇し始める。


「フシャァーーー!!」

「貴様……ッ。そこまでして、私と八重の時間を邪魔したいか……?」

「フゥウウーーー!!」


 怒れる太蝋さまに向かって、一切怯むことなくシロは威嚇し続けている。

 まるで、私を守ろうとしているみたい……。


……もしかして、本当にそうなのかしら?

 私が太蝋さまに酷いことをされていると勘違いして……?

 私は慌てて起き上がって、威嚇するシロを抱き抱えて言った。


「だ、大丈夫よ、シロ。痛いことをされていたわけじゃないもの」

「……にゃ~あ?」

「ほ、本当よ? ちょ、ちょっと、驚いてしまっただけで……」

「……ふにゃあ」

「心配させてごめんね。守ろうとしてくれたのね? ありがとう」

「にゃふんっ」


 そうやってシロを説得したら、納得してくれたようでシロは逆立てた毛を直すために、腕を毛繕いし始めた。私に抱えられたままの状態で。

 何故だか……妙に得意げな顔をしている気がする……。


「見せつけてるつもりか……?」


 怒りに満ちた声色で太蝋さまが呟いた。よほどシロの行動に腹を据えかねたみたい……。ど、どうしよう……。

 太蝋さまの気を鎮めるために何と言えば良いか考えていると、私の腕の中からシロが取り上げられてしまった。


 首根っこを捕まえられて、シロは奇麗に身を丸めている。しかし、太蝋さまを見る目は反抗的だった。

 このままじゃ、シロの身が……!


「夜に、私の部屋に立ち入るな。昼は致し方なく譲ってやるのだから、夜くらいは分を弁え――」

「ふにゃあぁ~~ぅ」


 シロは大きなあくびをした。まるで太蝋さまの言葉が響いていないみたい。

 でも、昼は譲るって……一体、何のことかしら……。

 夜は太蝋さまの部屋で眠ってはいけないと言うこと?


「この……ッ!」


 怒りを滲ませながら太蝋さまは部屋の障子を開けて、シロを放り出してしまった……! 床に落ちて怪我をしてしまう……!


 けれど、私の心配とは裏腹に、シロは見事な着地を見せてくれた。そして、憮然とした態度で太蝋さまを見上げている。


「邪魔をするな! 良いな!?」

「フンッ」


 シロは大きな鼻息を吐いて、その場から立ち去って行った。

 廊下の方へ出したから遠くへ行ってしまうことはないと思うけれど……。


 シロの行先を心配していると、太蝋さまは大きな溜息を吐きながら障子を閉めた。小声で何事かを呟かれていたけれど、聞き取れたのは「お目付役が――」と言う言葉だけだった。


 少しの間、愚痴らしいことを呟かれた後、太蝋さまは私の元まで戻ってきて、胡座をかかれた。何処となく気まずそうに後ろ首に手をやっている。


「……驚かせたのか?」

「……え?」

「シロに言ってただろう。……驚いただけだと」


 怒れるシロを落ち着かせようとして言った言葉の中に、本音が混じっていたらしい……。それを太蝋さまは聞き逃さなかったみたい。


 何と答えるべきか悩んで、太蝋さまを見つめていると部屋を照らす光度が下がっていることに気が付いた。私の手元は月明かりの方がよく照らしている。

 それでようやっと、私は太蝋さまの炎が小さくなっていることに気が付いた。


 太蝋さまは居心地が悪そうにしていて、落ち着かない様子だった。そわそわとしながら指で膝を叩いている。私の答えを緊張しながら待っているようだった。


(……太蝋さまでも、こんな時に緊張されるのね……)


 珍しい光景を見た気がして、私は肩の力を抜いた。随分と身体が強張っていたことに今更ながらに自覚する。


「少し……驚きました。口付けだけだと、思っていたので……」


 私の答えを聞いて、太蝋さまは小さくなった炎を更に小さくさせて、しょんぼりと肩を落とした。


「あ~……そうか……。そうだな……。気が逸った……。すまん……」

「あっ、いえ、その……っ」


 太蝋さまに謝られて、私はどう言葉を返して良いものか悩んだ。

 目の前で胡座をかいて反省して落ち込んでいる太蝋さまを見ていると、何だか――


「……ふふっ」

「……? 八重……?」


――……何だか、とても可愛らしい。

 これ以上、太蝋さまには落ち込んでほしくない。

 いつものように、堂々とした炎を宿していてほしい。


「驚いたけれど……嫌では、なかったので……」


 言うのは恥ずかしかったけれど、ちゃんと伝えなければと思えた。

 太蝋さまに触れられることは嫌ではない、と……。

 すると、太蝋さまの炎がいつもくらいの大きさに戻った。私の手元を、よく照らしている。

 太蝋さまは私との距離を詰めて、私の手をきゅっと握って言う。


「なら……続きをしても、構わないか……?」


 また緊張した空気が太蝋さまの周りに漂っている。私の答えによっては、また落ち込まれるのかも。

 私は思い切って、太蝋さまの頬に口付けをした。初めての試みだった。

 思っていたよりも、自分から口付けをするのは恥ずかしかった。

 でも、これから答える内容を裏付けるには、そうするのが良いと思えた。


「はい……。私も、お応えしたいです……」

「……そうか」


 私の答えに太蝋さまは短く答えて、再び私の唇を塞いだ。

 そして、ゆっくりと二人で布団に落ちていくのだった……――


  △ ▽ △


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