-82- 火蝶当主
「火焚当主……!?」
「……はぁ。せめて、母上って呼んでくれないものかしらね。うちの愚息は」
現れた巫女は太蝋の実母であり、火焚家当主――火焚玲子であった。
守護の力を有した火蝶一族の中で、最も強力な霊力を持つ火蝶である。
その凄まじい力で、とある少女の身体に病鼠を封じた一件は記憶に新しい。
火蝶の守護の力とは、何者をも守る力。力を転じれば、それは封印の力にもなる。
「剛田さんからの電報を受け取ってね。今回は炎護隊の手に負えないから、火蝶の力を貸してほしいって頼まれたのよ」
「大隊長から?」
「えぇ。何でも、今、炎護隊は忙しいそうじゃない。第二は疫病討伐に遠征。第三は竜巻調査で吾妻町に出ずっぱり。本隊は基地で熱波対策にてんてこまいだそうよ」
「そんなことまで……。火蝶と言えど、仮にも民間人だぞ……」
「仕方ないわよ。あの子は特別な熱猫ちゃんになってしまったもの」
そう言って、当主は自身の周りと炎護隊の隊員全員に結界を張りながら、熱猫の元へ近付いていく。
袖元から何かを取り出す仕草をすると、当主の存在を警戒していた熱猫が強烈な威嚇を放った!
「フシャアァァーー!!」
鋼鉄を溶かすほどの熱風が当主を襲う!
「あら、駄目よ。女の子がそんな顔しちゃ」
しかし、当主の周囲に張り巡らされていた結界が、熱猫の熱風を弾き飛ばした!
これまでに対峙してきた人間と、まるで違うことを察し、熱猫は身を縮こまらせながら立て続けに威嚇を放った。しかし、それらも全て結界によって阻まれてしまう。
――熱風が効かないのであれば、自慢の爪で攻撃してやれば良い。
そう考えた熱猫は鋼鉄も溶かして切り裂くほどの熱量を持った爪を、当主に振り翳した!
「あら、素敵な爪。丹念にお手入れしてきたのね。素晴らしいわ。けど、人間には、ちょっと痛いかしらね」
当主はそう言って、軽く熱猫の攻撃をいなした。そして、高熱を宿している熱猫の胴体を両手で掴み上げる。
「にゃあっ!?」
「まあ~。とても奇麗で手触りの良い毛皮ねぇ~。きっと、美味しいものを沢山食べてきたのね? 蛇とか、蜥蜴とか、にぼしとか」
全く態度が崩れない当主を前にして、熱猫は恐ろしいものを前にしたかのように尻尾を腹に巻きつけた。耳もへたりと横になっている。
「三味線にしたら、良い音を出してくれそう、ね……?」
「にっ、にゃあああぁぁあっ!!」
「まあまあ。そんなに驚かないで頂戴。ちょっとした冗談よ~。可愛い娘のお気に入りだもの。三味線になんてしないわぁ~」
当主と熱猫の一連のやり取りを見ていた第一炎護中隊の隊員達は、あまりの恐ろしさに冷や汗をかいていた。……無論、恐ろしいと思ったのは熱猫ではない。
「……た、隊長の舌戦の強さは、お母様からきてるんですね……」
あまりの出来事に身震いしていた斬島は、震える声で太蝋に言った。
太蝋は母親が熱猫と対峙している光景を、呆れた様子で見ている。
「馬鹿を言うな。私はあそこまで意地悪くないぞ」
「ははぁ……自覚がおありでない、と……」
「何……?」
「イエ。ナンデモナイデス」
肝が冷える様なやり取りを見た後では、その血を継ぐ男からの毒舌など聞きたくもない。親子揃って恐ろしい言葉を使うのは目に見えていた。
そうこうと後ろでやり取りをしている内に、当主と熱猫のやり取りも進んでいた。
「熱猫ちゃん……いえ、シロちゃんと呼ばれてるのよね?」
「!?」
「貴女を大事に大事に想ってる子は私の娘でね? この首輪も貴女に長生きしてほしいと言う想いを込めて作ったそうよ」
そう言って当主は熱猫を抱えたまま、袖元から紅白の首輪を取り出した。首輪の周りには小さな結界が張られており、宙をふわふわと揺蕩っている。
「とても奇麗な出来栄えでしょう? 貴女の為を想って、これだけの守護の霊力を込めて作られた首輪なんて他には無いわ。よほど、貴女を大切にしたいと想っていたのでしょうね」
「…………」
「貴女はどうかしら? 長らく息を潜めていた理由は知らないけれど、少なくとも、あの子の傍に居たから、その力を振るう必要が無かったのでしょう?」
「…………」
「あの子の傍は居心地が良かったでしょう? 貴女に無理強いせず、適度な距離を保って接してくれたでしょう? 貴女の自由を尊重してくれたでしょう? 良質な霊力もご馳走として貰っていたものね?」
「……にゃう」
当主の言葉に熱猫――シロは渋々と言った様子で返事をした。
だらりと尻尾を垂らし、耳もいつも通りにピンと立っている。
熱猫としての姿ではなく、ただの白猫のシロになっていた。
当主はシロに問う。
「今の貴女に与えられた選択肢は二つ。冷たい牢の中に封じられて、霊力を削がれていくか。貴女を想って涙を流す娘の傍に身を置きながら、徐々に天寿を全うするか。……いずれにしても貴女に残されている最期は消滅だわ。どちらが良いかしら?」
冷たい牢か。暖かい腕の中か。
最期を迎えるとすれば、どちらが良いか。
そんな問いへの答えは、一つに決まっていた。
「……にゃおん」
「……そう。分かったわ」
熱猫の答えを聞き、当主は動いた。
朱町を覆っていた熱風は、涼やかな夏の夕方の風へと変わった。
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