-81- 傾城傾国の猫
朱町・雀通り。
数多くの人々が行き交う大通りが、今は静寂に包まれている。
雀通りの端から端まで陽炎が浮かぶ酷暑の中、第一炎護中隊はこの暑さを引き起こしている原因――熱波災物・熱猫を取り囲んでいた。
中隊一個が熱猫を取り囲み、討伐しようと挑むも、殆どの隊員は熱猫が放つ威嚇だけで倒れてしまった。威嚇するだけで大量の熱風を周囲に撒き散らすのだ。その暑さに充てられて、気を失ってしまっている。非常に危険な状態だ。
「――熱にうなされて寝込むなんて、風邪の時だけで充分なんだけどなぁ」
軍刀を構えながら、斬島は苦笑を浮かべながら言った。
その軍刀すら溶かされてしまうのではないか、と思うほどの熱が熱猫の周りに充満している。もはや、正常な夏の気温など、とっくに通り越していた。このままでは、朱町は熱猫の力によって全滅させられてしまう。
太蝋は手袋を外しながら、熱猫をどのようにして捕らえるべきか考えを巡らせ、斬島に指示を下す。
「熱猫の気を引け。その間に私が網を投げる」
「あの美猫ちゃん、こっちにお熱になってくれますかねぇ」
「度々、人を誑しこんでるんだ。猫も誑し込んでこい」
「また人聞き悪い言い方するなぁ!」
斬島は熱猫に正面から斬り込んだ!
それを合図に小隊長格の隊員達も一斉に熱猫に斬り込んでいく!
すると。
「あっちぃいいぃ!!」
熱猫の傍に寄るだけで灼熱に晒され、斬島は堪らずに声を上げた。その場にいるだけで全身を火傷しそうだ。
それでも、太蝋の指示を熟すべく、斬島は熱猫に向かって軍刀を振り下ろした!
しかし……!
「げげっ!? 嘘だろ!?」
熱猫に振り下ろされようとしていた軍刀の刃が、熱によって溶かされてしまった。鋼鉄の軍刀が、まるで水飴の様に溶けていくではないか。
それは他の隊員達も同じだった様で、全ての軍刀がドロドロに溶かされていってしまっている。鋼鉄が溶ける熱など、人間が耐えられる訳がない。
「フシャーーーーーッ!!」
熱猫が渾身の威嚇を繰り出した。その瞬間に周囲に高熱の熱風が吹き荒れる。
隊員達は辛うじて自身の霊力で対抗した為、溶ける様な惨事は逃れたが、周囲に置いてあった鋼鉄製の品々が軒並み溶けていってしまった。
「何で熱波の災物が焔狛並みの力、持ってんだぁ!?」
斬島が驚愕して叫ぶ。その原因が八重にあるとは知らずに。
軍刀を使う隊員達が攻撃手段を奪われ、霊力で対抗することしかできなくなった。このままでは熱猫を止めることはできない。最悪の事態を招いてしまう。
「おいたはそこまでだ! シロ!!」
そう叫び、太蝋は熱猫の死角から網を投げ込んだ。根付紐を媒体とした太蝋の霊力が込められた特製の網である。大抵の災物は、この網の熱に力を阻まれて身動きが取れなくなるのだが――
「ニャアァアァアアッ!! フゥウゥゥーーッ!!」
捕らえたと思った瞬間、熱猫は全身で怒りを露わにし、毛を逆立てて強烈な熱風を噴き出した。その熱は、火蝶の血を継いだ太蝋の霊力すら凌ぐほどの物となっていた。霊力の網は、見るも無惨な姿に溶かされてしまった……!
媒体となった根付紐の一部もどろりと溶けてしまっている。
「くっ……! 駄目か……!!」
「退却ぅー!!」
捕獲作戦が失敗に終わり、斬島が即座に退却の指令を周囲に伝える。
隊員達は即座に熱猫から距離を取り、それぞれに負った怪我の確認に入った。その間も熱猫が他へ逃げ込まないように、余力が残っている隊員が遠距離から攻撃を仕掛け続けた。
しかし、熱猫はそれらの攻撃を鬱陶しそうにしながら、尻尾や手で軽く跳ね除けている。
その姿は人々を死へ招く災害の形、そのものだった。
「火と火の相性は最悪だな」
熱猫を睨みつけながら、太蝋は忌々しそうに呟いた。火で火を制覇することは難しい。必ず、どちらか片方が飲まれてしまうからだ。火を消してしまう水や風よりも厄介な相手なのだ。
「隊長の網を以ってしても捕らえられないんじゃ、捕獲は難しいですよ!! 見てくださいよ!! 俺の軍刀、またドロドロに溶かされちゃったんですよ!?」
斬島は鍔元まで、すっかり溶かされてしまった軍刀を太蝋に見せながら、悔し涙を目の縁に滲ませた。支給の武器とは言え、自身が使っている刀を無惨に溶かされてしまっている姿を見るのは、剣の道を歩く者としては悔しいものがあるのだろう。
「鋼鉄の檻を用意したところで無駄という訳だな」
「大隊が集結しても捕獲できるかってところじゃないですか!? アレ、焔狛並みですよ!! 神様に太刀打ちするようなもんじゃないっすか!!」
「落ち着け、斬島。あいつは熱波の災物だ。噴火とは違う」
「火蝶の隊長が捕らえられないのに、どうしようって言うんですかぁっ!?」
「……ッ」
斬島の言うことには一理ある。火蝶の霊力を吸収して勢力を増した熱猫は最早、火ノ本を揺るがすほどの災害――噴火の災物に匹敵するほどのものとなっている。
これを討伐するには、国を揺るがすほどの力が無ければ――不可能だ。
――そう。国を揺るがすほどの力が無ければ。
「討伐できないなら、封印するしか手立てはないわね」
絶望に暮れる第一炎護中隊の前に、巫女姿の女が姿を現した。
その人物を見て、太蝋は驚愕して声を上げる。




