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-80- 苛烈な熱風

「そ……んな、こと……あの子は、普通の白猫で――」

「目が赤かったのだろう?」

「それは……」

「白い体に赤い目は災物に共通する特徴だ」

「で、でも……あの子は、ずっと……ずっと、普通の猫でした。にぼしが好きな普通の――」


 信じ難い気持ちで、これまでシロと過ごしてきた日々を思い出しながら、私は必死に太蝋さまにシロは普通の猫だと証明しようとした。

 けれど――


「八重。今の状況を誰が――何が引き起こしたか、お前になら分かるだろう?」


 認めたくない思いで私は弱々しく首を横に振った。

 けれど、太蝋さまに両頬を両手で包み込まれて、首を振れなくなる。


「シロは熱波の災物――我々が討伐しなければならない存在だ」


――くらくらする。


 充満する熱以上に苛烈な真実に目が回る。頭が理解することを拒絶している。


 けれど――私は見て来てしまった。

 この熱波に苦しめられている親子を。日向で倒れ込んでいた老人を。

 きっと、この朱町(あけまち)のあちこちで、同じ様に苦しんでいる人達がいる。


 その原因を作ったのは――


「中隊長。お話中のところ、失礼致します」

「……。構わない。どうした?」

「先ほど、第一小隊長の分隊が合流しました。そちらの報告によりますと、熱猫(ねつびょう)は雀通りに向かっているとのこと。また、付近に暑蜴(しょかげ)の姿は見られないそうです。恐らく、この災害を引き起こしている災物は熱猫一体のみと思われます」

「熱猫だけ、か……」

「妙、ですね」

「あぁ。三週間前から出現していたにも(かか)わらず、これまで熱波を引き起こさなかったことも含めて、妙だ。意図的に潜伏していたと思われる。その間、暑蜴を吸収していたにしても、これほどの勢力を一体のみで引き起こすとは――」


 太蝋さまと風間さんの会話を聞いていて、私はシロと出会った日のことを思い出した。

 確か、あの時シロは白い身体をした赤い目の蜥蜴(とかげ)を食べていた。


 白い体に赤い目が災物の特徴であるなら、あの蜥蜴も……?


「た、太蝋さま……」

「ん? どうした?」

「シ、シロは……蜥蜴を食べて、勢力を増すのですか……?」

「……見たのか? 白い蜥蜴を」

「は、はい……一度だけ……。シロと出会った時に……」


 質問に答えると「一度だけ?」と怪訝そうに太蝋さまが言った。


「今になって暑蜴(しょかげ)の目撃情報が出てくるとはな……。だが、それ以外で目撃情報が上がってきていないとなると、熱猫は片っ端から暑蜴を吸収していたことになる」

「しかし、それでは説明がつかないほどの勢力です。気温計は既に四十度を越えています」

「まさに度を越しているな。過去の熱波でも、これほどの気温になった試しは無い。暑蜴の霊力のみを吸収しただけで、これほどの勢力になるとは――」


……シロは霊力を吸収して、これだけの暑さを引き起こしたの?

 白い蜥蜴を食べていたと言うことは、それで霊力を吸収していたってこと……。

 それなら……まさか……。


「……っ。太蝋さま……っ」

「なんだ?」

「こ、これを、食べても、シロは強くなってしまうのでしょうか……?」


 私は袖元から、にぼしが入った布を取り出して太蝋さまに見せた。

 味噌汁の出汁を取り終えた後のにぼし。私はそれに霊力を込めて、再び乾燥させて、煮干しにしていた。その時に、にぼしが霊力を持っていたなら――


「これは……! ……八重が用意したにぼしか?」

「か、乾燥させる時に、火蝶の力を使って……」


 私の答えを聞いて、太蝋さまは剣呑な雰囲気を(まと)わせ始めた。シロと関わるなと言われた時とは比にならないほどに、怖い。今すぐ、太蝋さまの火で燃やし尽くされてしまいそう。


「……八重の霊力を吸って、勢力を増したようだ」


 頭を抱えて太蝋さまが呟かれる姿を見て、私は息を飲んだ。


 つまり、この状況を引き起こした原因は――私だ。


 私が熱猫であるシロに霊力を分け与えて、強力な災物へと育ててしまったのだ。

 暑さで倒れてしまったヨネも。暑さで苦しんでいた親子も。水を飲めずに苦しんでいた老人も。朱町(あけまち)に住まう人々が今、暑さで苦しんでいるのも、全て――


「ごめんなさい」


 地面に伏して謝ることしかできない。


「私の所為です。私が、災物が何たるか知らず、シロ可愛さに迂闊な行動を選択してしまったばっかりに。何も……何も知らなかった。私は何て罪深いことを……っ。沢山の人を苦しめる原因を作ってしまった……っ。ごめんなさい……っ。ごめんなさい……っ! うっ……。ひぅっ……。ごめんなさ――」

「もういい」


 頭上から太蝋さまの無情な声が響く。

 私がシロを甘やかしたばかりに、こんなことに。

 こんな大事を起こしてしまった私は、きっと、地獄へ堕ちるんだわ。

 太蝋さまに見放される。両親にも会わせる顔がない。誰とも、もう関わっては――


「八重」


 優しい声で太蝋さまが私の名前を呼んだ。

 気が付けば、私は太蝋さまの腕の中に居た。

 歪む視界の先には、太蝋さまの軍服に取り付けられた数々の記章が映っている。

 頭上から太蝋さまの声が響く。


「シロは災物(さいぶつ)だ」


――シロは熱波を引き起こす災物だった。


「討伐しなければならない」


――太蝋さまは災物を討伐される任務に就かれている。


「お前が、気に入っていた猫を、私は殺さなければならない」


――殺さないで。

 シロを、殺さないで。

 お願い。

 可愛いあの子を――


「……熱猫(ねつびょう)を……討伐、してください」


 シロと呼べば、本音が溢れる。そんな予感がした。


「……分かった」


 太蝋さまは短く答えて、一層強く私を抱き締めた。

 溢れる涙は全て、太蝋さまの軍服に吸われていった。

 太蝋さまは私に何か言い残して、シロを――熱猫が居る雀通りへ向かわれていった。

 私は、風間さんの保護を受けながら、火焚の屋敷に戻ることになった。



――ごめんね。

 ごめんね、シロ。

 私のせいで。

 守ってあげられなくて、ごめんね。

 貴女は、私に癒しと勇気をくれたのに。

 私は――


 なんて愚かなんだろう。



  △ ▽ △


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