-78- シロになる前は
「……暑い…………」
太陽の下を歩き続けて来て、私も暑さにやられ始めている。頭がくらくらして、足元がふらふらする。
シロを追いかけていく速度も、どんどん遅くなっていく。
そんな環境なのにシロはこれまで通り、気高さを思わせる歩く姿を見せていた。
私には、その姿をはっきりと目に映すことも難しくなっているのに。
がくん、と視界が揺れた。
何事か理解する頃には、私は地面にうつ伏せになっていた。熱気を放つ地面に。
「にゃあん?」
「…………シ……ロ……」
「にゃあん」
「………………」
「……にゃおん?」
「……ごめ…………も、う……」
もうシロについていけない。
シロを追いかけていけない。
シロの顔もよく見えないの。
ごめんね。ごめんね……――
――熱猫は八重の手を舐めた。
「……にゃぅん……」
八重からの返事はない。
「…………なぁん……」
灼熱地獄と化した朱町に、悲しげな猫の声が響いた。
「なうぅん」
何度鳴いても、友は返事をしない。
熱猫が最も見たくない光景だった。
△ ▽ △
彼女は人気者だった。
特に――人間の雄に。
彼女が人間の雌である以上、多くの雄を惹きつけるのは誉だったのだろう。
けれど――彼女は全く嬉しそうじゃなかった。
代わる代わる違う雄が来る度に甘い声を出していたけれど、幸せそうではなかった。
ただ――私と戯れる時だけは、とても幸せそうにしていたことを今でも覚えている。
今よりもずっと小さかった私を手元に置いて育ててくれた。
春は一緒に桜を見て、彼女は花弁を浮かべた酷い臭いをした水を飲んでいた。
夏は暑さに嫌気が差しながらも、団扇で風を仰いで寄り添った。
秋は雄が美味しいものを持って来てくれるから、それを二人で分け合って食べた。
冬は寒さに凍えながら、ぴたりと寄り添って熱を分け合った。
どの季節も私達は一緒だった。
彼女が〝家〟を追い出されるまでは。
――たぶん、彼女は何かの病に罹ってしまったのだと思う。
それも、とても悪い病。
家を追い出されてからも、私達はずっと一緒だった。
でも、だんだん食べることができなくなっていった。
あんなに彼女を愛していた人間の雄達は、あっさりと彼女を見捨てたのだ。
なんて薄情か。
なんて傲慢か。
なんて愚かな。
――私だけは、彼女の傍にずっと居た。
これまで、ずっと私は彼女の飯を分けて貰っていた。
だから、今度は私が彼女に飯を食べさせてあげるの。
ほら。大きな鼠でしょう? とても食べでがある筈よ。
ほら。丸々太った蛇よ。トドメを刺すのに苦労したのよ。
ほら。新鮮な蜥蜴よ。尻尾の分、減ってしまったけど沢山獲って来たからね。
だから、ほら。
食べてよ。
ねぇ。
起きてよ。
ねぇ……。
私を見て。
名前を呼んで。
頭を撫でて。
抱き締めて。
……。
あぁ……。眠たくなってしまったのね?
そういえば、私も随分と寝ていない気がするわ。
貴女が寝ているなら、私だって寝てやるんだから。
そうね。一緒に眠りましょう。
ここは暖かい布団の上ではないけれど。
一緒なら、どこでも……――
――……何処へ行ったの?
一緒に寝た筈でしょう?
起きたら一緒に食べようと思っていた獲物も無い。
……また、人間の雄に呼ばれて行ってしまったのかしら。
そんなもの放っておけば良いのに。
貴女が苦しんでいた時に助けなかった存在なんて。
消えてしまえば良いのに。
……そうだわ。
消してしまえば良いのね。
そうすれば。
貴女は自由になれるもの。
△ ▽ △




