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-77- 白熱

 

 太陽が真上に来る頃。

 火焚の屋敷内は今夏で最も暑い空気に満たされていた。

 何人かの使用人と女中が暑さにやられて倒れてしまったそうで、急いで井戸水を汲んでは手拭いを濡らして頭を冷やして回っている。


 ヨネも倒れてしまった。今は使用人達の寝部屋に運ばれて、看病されているらしい。

 私は、暑くは感じるけれど、まだ動けていたから、せめて何かの役に立ちたくて井戸水を汲んでは運んで、汲んでは運んでを繰り返していた。バタバタと動き回る使用人達の中に紛れていたからか、誰も私がいることには気が付いていなかったみたい。

 何度目かの水汲みに外へ出た時だった。


「にゃおん」


 逆光の下で、屋敷の塀の上に立って、こちらを見下ろす白猫の姿が見えた。


「……シロ? シロなの?」

「にゃるぅん」


 私の問いにシロはご機嫌そうに答えて、塀の上から屋敷の外に向かって降りて行ってしまった。


「ま、待って……っ」


 私は咄嗟にシロを追いかけた。屋敷の外に出ると一層と空気が暑く感じられた。空には照りつける太陽があって、地面からはじりじりと熱気が上がってきている。熱に耐性がある私でも、止めどなく汗が流れ出てくるほどに暑い。まるで熱いお風呂に、ずっと浸かっているみたい……。


「にゃるるん」


 屋敷から少し離れた道の真ん中で、シロは立ち止まって私を見ていた。待ってと言ったから、待ってくれていたのかもしれない。


 でも、私が近付こうと一歩踏み出すと、シロはささっと走って行ってしまう。けれど、少し走って行った先で立ち止まって、私を見てくる。

 まるで、こっちへ来いと言われてるようだった。


「シロ……? 何処へ行くの……?」

「にゃあ~ん」


 シロが言いたいことは分からなかった。にぼしを欲しがっている時の様な声にも聞こえる。つまり、シロは今、ご機嫌と言うことなのだろうか……?

 私はシロの後を追い続けた。シロは時々振り返っては、私が着いて来ているか確認しているようだった。


 目的地が何処かも分からないまま朱町(あけまち)を歩いて行くと、何処からも人の声が聞こえてこないことに気が付いた。蝉の声すら、まともに聞こえてこない。少し怖く思いながら、シロが歩いていく先を着いていくと、道中で泣いている子供の姿を見つけた。


 すぐ傍には母親らしい人が地面に倒れ込んでいて、子供はしきりに母親を揺すっては「起きて」と言って泣いていた。


 その光景が見ていられず、私はその親子に近付いた。子供を慰めながら、母親の容体を確かめる。顔から首にかけて真っ赤に染め上がっていて、額に手を当てて体温を確かめたら、とても高くなっていることが分かった。


 私は近くに井戸が無いか? と見渡したけれど、朱町(あけまち)の地図がまだ頭に入っておらず、すぐに見つけることは叶いそうにない。けれど、このまま親子を放っていったら、親子共々、この暑さにやられてしまう。命を落としてしまうかもしれない。

 何とか暑さから親子を助けてあげられないものか――そう思った時。


 私は太蝋さまの話を思い出した。私が仕立てた手袋で太蝋さまと柿丸が助かったと言う話を。


(同じことができるかしら……)


 親子の周りに結界を張れば、もしかしたら、この猛暑から救い出すことができるかもしれない。それには、太蝋さまの手袋の様な媒体が必要になる。


(……少しの布で事足りるのなら)


 私は着物の裾を引き破って、手に握り込んで霊力を流し込んだ。そして、親子を猛暑から守る結界を張りたいと願いを込める。

 すると、私の周りに薄い絹の様な膜が出来上がった。太陽の熱や、地面の熱を一切感じない。これなら、親子を暑さから救えるかも。


「これを持っていて」


 そう言って、私は子供に端切れを渡した。その端切れを中心に小さい結界が広がっている。子供は不思議そうに結界を見つめていた。

 私は子供に「井戸を見つけてくるからね」と声を掛けて、一度、その場を離れた。幸いなことに、すぐ傍に井戸を見つけることができて、私は手拭いを濡らして親子の元に戻ることができた。

 母親の額や首を濡れ手拭いで冷やしていると、シロの声が後ろから聞こえてきた。


「にゃあん」

「あ……シロ……。待っていてくれたの?」

「にゃうん」


 私の問いに答えると、シロはまた歩き出してしまった。追いかけて行きたいけれど、母親の容態が気になって動けない。けれど、幸いなことに母親はすぐに目を覚ました。私が張った結界を見て驚いていたけれど、濡れ手拭いを渡しながら「火蝶の結界です」と言ったら、なんとか信じてもらえた。


 それから、私は親子に日陰に行く様に言って、シロを追いかける為にその場を後にした。少しは姉様の様に振る舞えただろうか。

 再びシロを追いかけていくと、日向に倒れている老人を見つけた。手に水筒を持っているところを見るに、水を汲みに行こうとして倒れてしまった様だった。


 何とか老人の腕を肩に回して、日陰へ運んだら、今度は水筒を持って井戸を探した。老人が倒れていた先に向かったら、井戸はすぐに見つかった。水を汲んで戻り、老人に飲ませたら少し快復してくれた。


「にゃおん」

「…………シロ……」


 老人を助ける為に足を止めていたら、またシロに話しかけられた。

 早く来い……と言っている様に聞こえる。

 急かされる意味も、何処へ向かおうとしているのかも分からない。

 けれど、私はまたシロを追いかけて歩き出していた。

 ただ、このままシロと別れて、屋敷へ戻ったら、二度と会えない予感がした。

 首輪を拒絶された時よりも、ずっと強い予感だった。

 でも……。


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