表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/88

-76- 繋ぎ止める物

 

「にゃあん」

「シロっ」


 縁側から声を掛けてくれたシロを私は歓迎した。それを怪訝に思ったのか、シロはじっと私を見上げている。こうして、何かを悟ろうと人を見つめる赤い目には少し緊張する。


「あ、あのね、シロ……」

「……」


 火焚家の屋敷で飼い猫として暮らしてみない?

……と訊ねるのに、私は躊躇してしまった。これまで、自由気ままに振る舞っていたシロの姿が脳裏を掠めていったから。

 だから、私は先に首輪を取り出して、シロに見せた。


「貴女に贈り物をしたくて……これなのだけど……」


 白い絹糸と、真紅の絹糸が織り混ざった首輪を前にして、シロは――


「フシャー!!」

「……シロ?」


 これまでに見たことが無い顔を見せた。口を大きく開いて、牙を見せ、耳をピンと後ろに張って、大きな声で威嚇音を出している。


「あ……」


 シロは望んでいない。

 人に囲われることを望んでいないのだ。

 首輪なんて以ての外で、私と関わってくれていたのはご馳走が食べられるから。


「そう、ね……。貴女には奇麗な白い毛並みがあるもの……。こんな……小さい首輪で着飾らなくても……っ」


 シロへの謝罪の言葉を口にする前に、シロは黙ってその場を立ち去っていってしまった。よほど、腹に据えかねたのだろう。

 丁度よく昼寝ができて、たまににぼしが貰える場所だったのに、そこの人間に首輪を嵌められるなんて……嫌だったに違いない。


「ごめんね……。ごめんね、シロ……」


 もう、ここへは来てくれないだろう。そう予感がした。

 私は、せっかく繋いだ大切な縁を、首輪と言う(かせ)一つで千切ってしまった。とても……とても、大切に思っていた縁だったのに。


……赤い首輪を布で包んで、私は襟元に忍ばせた。使われることは無いと分かっていても、すぐには捨てられそうになかった。


 せめて、この悲しい気持ちが晴れるまで持っておきたい。

 シロへの気持ちが篭った組紐を――


  △ ▽ △


 シロが現れなくなってから数日。


 ここ最近の気温は随分と高い。朝餉の早い時間でも汗ばむほどの気温だ。

 熱に耐性がある私でも暑いと感じるのだから、きっと他の人たちはもっと暑い筈。八月も下旬に入ったと言うのに、厳しい暑さが続いていて、少し不安になる。


「――八重。例の白猫についてなんだが……」

「はい。なんでしょう……?」


 太蝋さまにはシロに首輪を渡せなかったこと、この数日姿を現していないことを話せていない。話してしまったら最後、本当にシロが現れてくれなくなるような気がして。


「目の色について聞いてなかったと思ってな」

「目の色……?」

「あぁ。何色だったか、分かるか?」


 それは勿論。何度もあの赤い目で見つめられてきたもの、忘れる筈がない。


「赤です。猫にしては少し変わった色ですけど、とても奇麗で――」


 私が答えた途端、太蝋さまが(まと)う空気が変わった。

 とても――怖い。


「赤い目をした白い猫……なんだな?」

「は、はい……」

「……そうか」


 嫌に心臓が早鐘を打つ。まるで怒鳴られることを恐れる子供みたいに居心地が悪い。

 すると、太蝋さまは「八重」と私の名前を呼んで、神妙な雰囲気で言う。


「もう、その白猫とは関わるな」

「……え?」


 数日前まで、飼って良いと言って下さっていたのに……どうしてだろう?

 でも、今の太蝋さまの前では、そんな疑問は口にできなかった。一度、余計なことを言えば、もっと酷いことになりそうな予感がしたから。


「……シロ、なら……もう、何日も来ていなくて……」

「何?」

「首輪、も……嫌がられてしまいました……」


 ついに悲しい事実を口にしてしまったことで、視界がだんだんと滲んでいく。こんなことで泣いてしまったら、太蝋さまを困らせてしまう筈なのに。せめて、涙が零れない様に気を張ってみたが、結局は手元にぽたぽたと落ちていってしまった。


 すると、太蝋さまは「そうだったのか……」と言って、私の手を取った。手の甲に落ちた涙を拭いながら、太蝋さまが私に訊ねた。


「首輪はどうしたんだ?」

「……っ、まだ……手元に……」

「そうか。なら、私が貰おうか」

「……え?」


 太蝋さまの発言に驚いて顔を上げると、太蝋さまは困った様子で炎を揺らめかせて、私の目の下を親指で撫でてくださった。視界の下に溜まっていた涙が、太蝋さまの指で拭われていく。


「首は無理だが、腕になら着けられそうじゃないか? せっかく八重が作った物なのに、使わないのは勿体無いだろう」

「そっ、そんな……っ。シ、シロに作ったものを、太蝋さまに差し上げるなんて……っ」


 勿体無いからと言って、他の人への贈り物にするなんて失礼としか思えない。そんなこと、シロにも太蝋さまにも申し訳ない。


「ひ、必要だとおっしゃるのでしたら、別に作りますから……っ」


 せめて、そう言うのが精一杯だった。すると、太蝋さまはフッと笑い声を漏らして――


「私用の首輪を作ってくれるのか?」

「えっ……!? ち、違います……っ! う、腕輪の方です……!」

「そうか。八重が嵌めたいと言うなら、嵌めてみても良かったんだがな」

「そ、そんなこと、言いません……」

「じゃあ、私がお前用に首輪を用意してみようか」

「……っ!?」

「冗談だよ」


 そう言って、太蝋さまは自分の席へ戻られた。

 いつの間にか、私の涙はすっかり引っ込んでいた。あまりに驚くことが重なり過ぎて、泣くことも忘れてしまっていたらしい。


……それも、太蝋さまの狙い通りだったのだろうか? 私の涙を無くすための冗談だったのだろうか?

 いや、きっとそうだったんだわ。そうでなければ、首輪を嵌めたり嵌められたりなんて話、普通の会話ではあり得ないもの。太蝋さまも冗談だと言っていたのだし、それを信じることにしよう……。


 太蝋さまには、腕輪よりも手袋を用意したい。そろそろ、お義母(かあ)様宛の帯揚げの刺繍も終わるし、帯紐も出来上がっている。どちらも揃ったら、お義母様にお渡しして、それから太蝋さまへの手袋をまた一組仕立てよう。


……そんな風に次の目標を考えていなければ、シロのことを思い出して悲しくなりそうだった。


  △ ▽ △


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ