表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/88

-75- 熱波の兆し

 

 台風災物(さいぶつ)討伐作戦の事後処理を終えて、一日と言う短い休日を終えた太蝋は、事務室に到着して早々に斬島に問う。


「斬島。暑蜴(しょかげ)の目撃情報は上がってきていないか?」

「え? 暑蜴ぇ? しょぉんな影の目撃報告は上がってきてないと思いますけどぉ」

「ふむ……」


 斬島の答えを聞き、微妙な駄洒落に反応する様子も見せずに太蝋は一考してから、もう一つ質問を重ねる。


「では、熱猫(ねつびょう)は?」

「……。そっちも無いと思いますけど……まさか、熱波発生の兆しでも見つけたんですか?」


 あまりに真剣な様子で問うてくる太蝋の雰囲気に当てられて、斬島は眉根を寄せて問い返した。それに対し、太蝋は「いや……」と言い淀み、昨日の八重を思い出す。


 火焚の屋敷を訪れる野良猫。それを飼っても良いと言った時の八重の目は、きらきらと輝いていた。

 よもや、よりにもよって白猫だとは思わなかったのだが……。


「目の色が定かじゃない。それに、熱猫が出現していたら、私が気が付かなかったなんて妙だ……」

「はい? 一体全体、何の話をしてるんですか?」


 何故、八重に白猫の目の色を聞かなかったのか。

 あまりに八重が楽しそうにシロの話をするものだから、うっかり重要な情報を聞きそびれてしまった。


 それが明確な失敗だったと思えば思うほど、八重の白猫がただの猫であることを願ってしまう。


 いくら、猫の手を借りたいと思うほどに忙しい夏とはいえ、その夏の時期に猫の姿をした災物(さいぶつ)の発生は認めたくない。

 強烈な熱風を巻き起こす災物――熱波災物・熱猫(ねつびょう)の発生は……。


(もし、八重の言うシロが熱猫だとしたら……)


 太蝋は、八重が気に入っている白猫のシロを、討伐しなければならない。

 帝都を灼熱地獄に落とす前に――

 

  △ ▽ △


 太蝋さまからシロを飼っても良いとお許しを頂いた。


 本当にシロが飼い猫になってくれるかは分からないけれど、あの子に贈りたいものがある。赤い首輪だ。きっと、あの白い毛皮に良く映える筈。

 けれど、私の手元に残っている絹糸は染色されていない、本来の純白な絹であって赤くは無い。別で赤い糸を購入する必要がある。


 そんな話をしたら、その日の昼間に太蝋さまが呉服屋の結ゐ処へ再び連れて行って下さった。そして、そこで赤色の染料を買わせて貰った。染料を扱う問屋から仕入れた染料を買わせてくれたのだ。


 本当なら紐や着物、それに付随する小物を買って貰う方が儲けになるのだけれど……と言いながら、結川さんは私が持参してきた絹糸を見て、これ以上の糸は無いと評価してくれたらしい。それを染めた方が良い物が出来る、と。


 火縄の実家で作られている絹糸を褒められて嬉しかった。その上、染料の扱い方まで教えてくれた。私が作り手だと言ったら、(こころよ)く思ってくれたらしい。


 それから、私はお義母(かあ)様に帯留めを贈りたくて、帯紐も編もうと思っていると話した。その帯紐に合う帯留めを買わせてほしい、とも。これには結川さんも喜んでくれた。そして、太蝋さまからお義母様の好みを聞いたりしながら、帯留めを選んで買わせて貰った。


 最後に店を離れる時に結川さんは「出来上がったら、是非拝見したい」と言ってくれた。私が作る物に興味を持ってくれたらしい。

 何だか太蝋さまは呆れた様子で溜息を吐かれていたけれど……長い買い物に付き合わせてしまったからかしら……。


 屋敷へ戻った後、私は早速絹糸を染料で染めることにした。お義母様の帯紐には普通の絹糸に、朱色の絹糸を混ぜるつもりで。シロへ贈る首輪は、もっと濃ゆい赤色――真紅色になるように染料を混ぜた。


 実家にいた時も、糸を紡いだり、布を織ったり、着物を仕立てたりしてきたけれど、染色作業は初めてだった。火縄の絹糸は、そのままの色で出荷されて、必要であれば染色職人に染めて貰っていたから。

 思い通りの色に染まってくれるか不安だったけれど、初めてにしては随分と奇麗な赤色に染められたと思う。これなら、お義母様にも、シロにも胸を張って渡せそう。


 私は絹糸を染色する傍で帯揚げへの刺繍も行ない、シロへの贈り物の首輪をどんな編み方をしようか胸を躍らせながら考えた。

 刺繍をして、染色して、また刺繍をして、染色した糸を乾かして……。そうやって過ごしている内に、あっという間に一日が過ぎていく。そんな一日が、とても心地良いと思えた。


 真紅色に染まった絹糸を、私は猫用の首輪に仕立てるために編み込み始めた。刺繍は一度、お休み。太蝋さまの手袋を作った時の様に、急いで作り上げてしまいたかった。次にいつ、シロがここへ来てくれるか分からなかったから。


 染色から首輪に仕立てるまでに約二日。少しだけ元の絹糸を混ぜながら矢羽編みをして、丈夫な平紐になる様に編み込んだ。


(これを着けたあの子が、長生きしてくれれば嬉しいのだけど……)


 飼い猫になってくれたら、野良猫よりも長生きさせてあげられるかもしれない。そんなことはあの子は望んでいないかもしれないけど、私は長生きしてほしいと思っている。そして、幸せになってほしい。


 あの子への贈り物を用意し終えた後、私は再び帯揚げへの刺繍を施しながら、シロが来てくれるのを待ち望んだ。

 そして。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ