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-71- 癒しの裏で

 

 それから、私は旦那様の手袋作りを再開した。大まかに裁断した絹を、型紙通りに切り分け、糸の準備を終わらせたら丁寧に縫っていく。


 旦那様は帝国軍に所属している軍人さんで、災物(さいぶつ)対策に当たる部隊の一つを率いているらしい。旦那様の体温で人を火傷させないために、仕事中にも欠かさず手袋を着けているとのことだった。仕事中に無くしてしまうこともあるそうで、予備を持ち歩いているともおっしゃっていた。


……そうせざるを得ないほどに、旦那様は日々過酷な環境に身を置かれているのだろう。軍人、と言う役割を担う方々は総じて、命の危機を覚悟しながら御国のために働いていると聞く。


 旦那様もきっと、そう。いつやってくるかも分からない災物から、御国と人々を守るために身を削ってらっしゃる。

 そんな方が使われる予定の手袋。最初からいい加減に作るつもりは無かったけれど、しっかりとした作りの手袋に仕立てて贈りたい。

 手袋だけで旦那様の命を守れるとは思えないけれど、せめて、少しでも旦那様の憂いを減らせたら嬉しい。それだけでも役に立てたら……。


「にゃるぅん」


 縫製に夢中になっていたら、シロが目の前に座って甘えた声で話しかけてきた。この声は……にぼしを欲しがっている時の声だわ。


「ふふ。にぼし、ね?」

「にゃうん」

「分かったわ。今、あげるから――」


 そう言って、私は手袋作りを一時中断してシロににぼしをあげながら休憩をとった。にぼしを食べて満足したシロは、身体を伸ばして丁寧に解したと思ったら、また縁側で昼寝を始めていた。そんな姿を少しの間眺めたあと、私は手袋の縫製作業を再開した。


 こうして、時々シロに相手をしてもらっていると、自分は常に色々と考え込み過ぎてしまっていると気が付く。そのせいで息苦しさを覚えていることも。

 シロと触れ合っていると肩の力抜ける。息がしやすくなる気がする。好きな手作業に没頭している時とは違った感覚。


 私はシロと言う存在に癒やされているのだと実感した。


  △ ▽ △

 

 災物(さいぶつ)対策炎護(えんご)大隊庁舎。第一炎護中隊事務室にて。

 その日、太蝋は真新しい手袋を身に着けて、大隊長の剛田から下された指令の段取りを組むために頭を悩ませていた。


「――民間人を災物調査の場に連れて行くなど、言語道断だと何度も言ったのだが……」


 深い溜息を吐いて、太蝋は剛田が下した指令の内容に対する不満を愚痴として零した。それを隣で聞いていた斬島は指令書の内容に目を通しながら、作戦概要について意見を述べる。


「とりあえず、柿丸には「萬治(まんじ)がいる可能性が高い場所に一緒に調査へ行こう」って言っておいて、安全圏に置いておくしかないんじゃないですかね。調査隊を二つに分けて、柿丸を連れて歩く方は隊長が指揮した方が良いかと」

「……そうだな。となると、もう片方の調査隊はお前に一任する方が良さそうだ」

「つまり、川の上流――山登りしてこいってことですよね」

「そう言うことになるな」

「うわー! 嫌だー!!」


 有用な意見を述べたかと思えば、より疲れそうな方を任されることになった途端に斬島は心底から嫌そうに顔を(しか)めて、天を仰いだ。この緩急の強さが斬島らしい。少しだけ気が和らぐのを感じながら、太蝋は自嘲気味に言った。


「大隊長が嵐亀(あらしがめ)発生を予感したとは言え、まさか、第三隊からの引き継ぎになるとはな……」

「第三隊も申し訳なさそうにしてましたねぇ。元は風蛙(かぜかわず)の発生数を調べるために、第三隊が進めていた作戦でしたし。柿丸の一件がなければ、今頃は第三隊で風蛙の調査。第二隊で討伐作戦が進んでただろうに」

「あぁ……。本当に、この時期は災物(さいぶつ)発生間隔が短すぎる……」

「まさに、猫の手も借りたいって感じっすねぇ~」

「今の時期に猫は勘弁願いたいな……」


 太蝋と斬島は互いに災物対策件数が上がる夏への憂鬱を思いながら、溜息を吐いた。八月も中旬。もう一ヶ月もすれば残暑となるが、その間、全く気が抜けない。秋冬になれば安心かと言えば、そうでもないのだが。要は、年中通して心から休まる日など無いと言うことだ。


 風蛙調査及び亀の萬治(まんじ)捜索の作戦を指揮することとなった太蝋は、その指令書に判を押しながら、次なる資料に目を通して、がっくりと肩を落とす。


「あ~~……そう言えば、吾妻町近辺で竜蛇(たつへび)の目撃情報があったと、大隊長が言っていたな……」


 そう言って疲れた様子を見せる太蝋の手元から、斬島はするりと資料を抜き取って目を通した。


「『現在の目撃通報件数は約三十件。そのいずれも第三炎護中隊所属の第二小隊が調査へ向かったが、目撃された近辺で竜蛇の姿は発見できず。目撃情報は少ないが、姿が見られない要因として既に竜巻頭災物(とうさいぶつ)渦鼬(うずいたち)の発生が進んでいる可能性も――』」


 資料の内容を途中まで読んで、斬島は渋い顔をしながら太蝋の目の前に資料を戻した。そして、己の中に浮上した最悪の事態を口にしてしまう。

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