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-66- 小さな約束

 

 絹を織り始めて十日。

 毎日毎日、飽きもせずに同じことを繰り返していたら、絹の完成が見えてきた。もう数日もすれば一反分の絹が織りあがる。


「にゃあ」

「あら」


 夢中になって絹を織っていたら、窓枠に座っていた白猫に声を掛けられた。赤い目の白猫――この前、白い蜥蜴を食べていた子と同じ子だ。

 白猫は何かを要求するように私をじっと見つめている。

 その視線の意味を考えて、私はハッと思い出した。


「あ……。ご馳走、ね?」

「にゃう」


 次に会った時にご馳走すると約束していた。

 まさか、また会いに来てくれるとは思っていなかったけれど、ご馳走目当てでも来てくれたのは嬉しい。本当に何かをご馳走したい。

 けれど……。


「ご馳走……。どうしましょう……」

「にゃ~あ?」


 この子にあげられる物を私が貰えるだろうか……。でも、約束したのなら守らないと。


「……ちょっと、待っていてくれる? 何か……探してくるわ」

「…………」


 私の言葉に白猫は疑わしそうな目で見てくる。本当にご馳走してくれるのか怪しんでいるみたい。


「ご、ご馳走したい気持ちは本当なのよ? 嘘を吐いたつもりはないの」

「……にゃふ」


 白猫は素気なく返事をすると、窓枠に寝そべり始めた。そして、私の方をちらりと見ると目を閉じてしまった。

……たぶんだけれど……白猫は「待ってる」と言ってくれている。あるいは「早く」と急かされているのかも。


 私はすぐに立ち去らなかった白猫に「すぐに戻るから」と言って、機織り部屋を出た。猫のご馳走になりそうなものを持って、早く戻らなきゃ。

 そう思って、廊下を歩き出した時。


「うわぁっ!?」

「きゃっ……!?」

「ちょっ、と……! びっくりするじゃないですか、奥様!」

「ご、ごめんなさい。ヨネさん……」


 絹糸が火焚の屋敷に到着するより少し前に、旦那様に連れられてやってきた新人の女中さん――田村ヨネさん。何かの事情があって火焚の屋敷で働き始めたらしいけれど、私はその事情を知らない。


 ヨネさんが屋敷へ来てから、二週間ほどが経つ。この二週間、私は日中ずっと機織り部屋に居るのだけれど、ヨネさんは時折お茶やお菓子を持って、機織り部屋を訪ねてくる。今回もそうだったようで、ヨネさんの手にはお茶が入った急須と湯呑みが二つに、煎餅が乗ったお皿が乗っていた。


「こっちは大丈夫ですけど、奥様はどうしたんですか? この時間に機織り部屋から出てくるなんて、珍しいじゃないですか。厠にでも行くところだったんですか?」


 厠、と言う単語が出てきて、私は少し恥ずかしく思った。女の子がお手洗いに行くことを、こんなに明け透けに口にできるなんてヨネさんは凄い……。

 けれど、それが違った時の――今のような時だと、恥ずかしさがより一層増してくる。


「ち、違うの。その……あの、ね……白猫が……」

「はい? 白猫? 奥様、猫苦手なんですか?」

「ぃ、いいえっ。猫は好きよ……。だから、その……白猫に、おやつを……」

「猫におやつ? 機織り部屋に猫が来てるってことですか?」

「え、えぇ……そうなの……。前にも来てくれた時に、ご馳走するって約束したものだから……」


 まるで悪戯がバレてしまった子供のように、私はヨネさんの前で肩を縮こまらせた。

 ヨネさんは姉様のように、何でもハキハキと喋る。圧倒されることもあるけれど不思議と話しやすい。こちらの事情を丁寧に聞いてくれるからかもしれない。


 私の話を聞いたヨネさんは「そうですか」と言ったあと、「はい」と言って私の手にお盆を持たせた。緑茶の香りがする急須と、湯呑みが二つに、煎餅が入ったお皿が乗ったお盆。


「あたしが台所に行って何か見繕ってきますから、奥様は機織り部屋で待っててください。あ、お茶飲んでて良いですからね」

「あ……」


 私が何か言葉を返す前に、ヨネさんは歩いて来た廊下をちゃっちゃっと引き返して行ってしまった。

 その後ろ姿を茫然と見送った後、私は言われるままに機織り部屋へ引き返す。


「にゃおん」


 窓枠で寝そべっていた白猫が私に向かって一声出した。ご馳走を持って来たのだと思ったのだろう。

 私はすぐ傍に置いてある机の上にお盆を置いてから、白猫に訳を話した。


「ごめんね。今、持って来てくれるのを私も待ってるの。もうちょっと待っててくれるかしら?」

「……にゃふん」


 白猫はまた溜息のようなものを吐いて、自分の腕に顎を乗せてくつろぎ始めた。早くご馳走を食べたいけれど、もう少しくらいなら待ってやっても良い。……そんな風に言っているように見えた。

 ヨネさんが戻ってくるのを待つこと十分後。


 機織り部屋の扉の向こうから「入りますよー」と言うヨネさんの声が聞こえてきた。私が「どうぞ」と返事をすると同時に引き戸が開いて、ヨネさんが入ってくる。


「料理番に聞いたら、朝ごはんの味噌汁の出汁取りに使ったにぼしなら、持って行って良いって言われたんで貰って来ました」


 そう言ってヨネさんは布に包んで持って来たにぼしを見せてくれた。くたっとなった三匹の小さいにぼし。味噌汁の出汁を取った後のにぼしだけれど、これならご馳走の内に入ってくれるかしら?


「ありがとう、ヨネさん」


 お礼を言ってヨネさんの手からにぼしが入った布を受け取ると、ヨネさんは「どういたしまして」と言って、窓枠で寝そべっている白猫を覗き込んだ。


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