-62- キリッと締まる
みんみん。じーじー。
忙しなく蝉の声が響く真夏の昼間。
とある人物に屋敷へ招待された太蝋は、八重とヨネ達を伴って馬車に揺られていた。目的地は帝都の北・北天町にある。皇帝が座する皇居があり、富裕層の屋敷が立ち並ぶ街だ。
馬車に揺られること、一時間が経過した頃。目的地である屋敷近くの道で馬車から降りることにした。すると、その姿を見つけた男が声をかけてきた。
「隊長、お疲れまでっす! 今日のあつもなついですねぇ!」
夏が暑い、を変な物言いで表す男――斬島だ。
「開口一番、くだらんことを――」
そう言ったところで太蝋はハッとして口を噤んだ。太蝋の手を借りて、馬車から降りようとしている八重に、今の自分を見られたのは拙い。人に悪態をつく姿を見せてしまうなんて、八重に軽蔑されかねないではないか。
しかし、八重はまるで気にしていない様子で、太蝋に見上げられていることに不思議そうにきょとんとしている。一先ず、悪印象は持たれていないようだ。
不自然に言葉を途切らせた太蝋を見て、何やら勘付いたらしい斬島は意地悪げな笑顔を浮かべながら近付いてくる。
すると。
「斬島さんっ!」
「およ? あ、ヨネちゃんじゃないか~」
御者の隣に座っていたヨネが斬島に無遠慮に話しかけた。そして、更に無遠慮な要求をする。
「降りるの手伝って!」
「良いよ~」
「じゃあほら、豆吉、あずき、斬島さんに降ろしてもらって。田一は自分で降りられるよね? 気を付けてよ?」
テキパキと弟妹達に馬車を降りる手順を伝え、ヨネは手荷物を持ったまま身軽に馬車を降りた。その横で幼い弟妹は斬島に抱えられて馬車から降りている。田一と呼ばれた上の弟は自力で馬車を降り、降ろしてもらった弟妹の手をしっかり繋いだ。
「いやぁ、ちっちゃい子が四人もいると賑やかだなぁ」
「斬島さん。あたし、ちっちゃくないんだけど」
「あ、ごめんごめん。ヨネちゃんは立派なお姉さんしてるもんね~」
「子供扱い!!」
失言を誤魔化すついでにヨネの頭を撫でようとした斬島の手を、ヨネは素気なく叩き落とした。手を叩かれた斬島は「ヨネちゃんが冷たい……」と被害者面をして、ヨネの弟妹達に慰められている。
その傍では太蝋が御者に運行賃を手渡しており、御者は金を受け取ると会釈して、その場を離れていった。
馬車を見送ったあと、太蝋は自然と八重の手を取って先を歩いていく。
「子供より子供な男は置いておいて、梅本邸に向かうぞ」
「ちょちょちょっ! 俺も招待されてる筈でしょう!? って、その前に奥様に挨拶させてくれませんかねぇ!?」
今日が互いに初対面である八重と斬島。ここに到着するまでの馬車の中で、斬島について話は聞いていたが、想像以上に賑やかな人だと八重は思った。と同時に夫の部下たる斬島には、きちんと挨拶をしなければならないと言う使命感が湧く。
八重はするりと太蝋の手から抜けて、斬島の方へ向いて軽くお辞儀をしながら挨拶をした。
「は、初めまして。火焚太蝋の妻、火焚八重と申します」
少しつっかえながらも、自分が何者であるかしっかりと伝えることが出来て、八重はホッと胸を撫で下ろした。あとの問題は、斬島がどんな反応を返してくるか、だが――
「ご丁寧にありがとうございまっす! 私、斬島道行と申します! 奥様のお噂はかねがね! あの火焚太蝋が骨抜きにされるほどの良妻と聞き及んでおりまして、本日はお会いできて大っ変嬉しく思――」
「余計なことを言う男は、この先要らんかもしれんな」
「事実しか言ってないじゃないっすか! ウチの隊内じゃ「いつ隊長の芯が抜けて、火が点かなくなるか」って言う賭けをしてるくらいで……」
「〝骨抜き〟を私の糸芯に喩えるんじゃない。その賭けとやらも、どうせお前一人しか参加してないだろう」
「「半年以内に抜けると思う」に賭けてます!」
「ほう……? その賭けが外れた時の見返りがどうなるか……見ものだな?」
「代わりに俺が骨抜きされちゃう……とか!?」
「私自ら、物理的に抜いてやっても構わんが?」
「え、怖っ」
唐突に始まった太蝋と斬島による漫才は、斬島に恐怖を残す形で終幕した。だが、そんな二人のやり取りを見ていた八重は思わず、くすくすと笑い漏らしてしまった。太蝋の毒舌に懲りることなくトボけた返しばかりする斬島。こんなに意地悪げに会話する太蝋の姿を見るのも八重には珍しい。それも楽しそうに見えるのだ。
「ふふっ。斬島さん。これからも太蝋さまを、よろしくお願い致します」
深々と頭を下げて、丁寧に言う八重を見て、斬島は真剣な顔になって背筋を伸ばした。そして、軽く頭を下げる敬礼の姿勢で返答する。
「お任せされました。私は、奥様と同じく火焚太蝋を支える者として、奥様に敬意を表します。隊長をよろしくお願い致します!」
最後ににかっと眩しい笑顔を浮かべ、八重に向かって敬礼した。軍人らしい完璧な敬礼に、八重のみならず、ヨネや弟妹達も見惚れたようだ。
真面目に応対しようと思えば出来る姿を見せた斬島に、呆れの溜息を吐きながら太蝋は「行くぞ」と声を掛けた。
そして、目的地に向かって全員で歩き出したのだった。




