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-6- 祝言


 火焚太蝋と火縄八重の祝言が内々に執り行なわれた。


 場所は火焚当主が運営している【火蝶かちょう神社】。

 帝都にある火山の麓に座し、日々、火ノ本の安寧を祈っている場所だ。


 火焚当主が神主を務め、神社に属している巫女と共に、霊山である火山を祀っている。

 平常時は神社としての運営も行なっており、祈祷や神前式、祭事も執り行っている。

 参拝客も多い。特に豊穣祈願や、家内安全といった理由で参拝されることが多いらしい。


 この日の八重と太蝋の神前式の出席者は、火焚当主と八重の両親のみ。

 火蝶の本家長男の祝言とは思えないほど質素であった。

 用意された白無垢を身に纏い、八重は手元に視線を落として物思いにふける。


(この白無垢も、本当なら姉様が着ていたんだわ……)


 巫女となった姉の花嫁姿を想像し、八重は切なく、申し訳ない気持ちになって目の縁に涙を浮かべた。

 姉の千重と太蝋の祝言だったら、出席者で席が埋まっていただろうに。

 人柄も、能力も、人望に至るまで千重と違いすぎる現実を突きつけられるような祝言に胸が詰まる。

 それすらも駄目なことのように感じてしまう。


 ちらりと錦帽子の隙間から右隣を覗くと太蝋の膝下が見えた。

 冠婚葬祭に於いて軍人が着用する儀礼服を完璧に着こなし、堂々と前を見据えていることが分かる。

 互いに顔を見合わせられない錦帽子の存在が、今の八重には防波堤のように心強く思えた。

 萎縮し、花嫁に相応しくない暗い表情を浮かべる自分を見られずに済む。


 太蝋の手に盃が渡され、神社の巫女が神酒みきを注いだ。

 太蝋が神酒を口した後、八重に手渡される。

 小さい盃に注がれた神酒の水面には、似合わない赤い口紅を付けた辛気臭い自分の顔が映っていて、思わず溜息が漏れた。


 祝言の儀礼に則り、盃を口元で傾けると神酒が舌と喉を刺激する。

 喉が焼けるような感覚に咳き込みそうになるのを必死に堪え、八重は太蝋に盃を返した。

 錦帽子の隙間から太蝋がぐっと盃を傾ける仕草が見えて、また一つ劣等感を覚える。


 次なる盃を巫女から手渡され、八重は手元の盃を見ながら、先ほどの酒のからさを残り三度も味わわなければならないことに気が滅入った。

 先ほどよりも一回り大きい盃に注がれた神酒を口に含んだ瞬間、眉間に皺が寄る。

 あと二回の辛抱だと唱えながら、八重は太蝋に盃を手渡す。


(水を飲みたい……)


 口の中に残る酒の味を洗い流したい。

 初めて口にする酒に悪酔いしそうで、八重は口元を拭う素振りを見せながら、漏れでそうになる吐息を飲み込んだ。


 太蝋から戻ってきた盃を受け取り、残っている酒を見て気が重くなる。

 八重が残した量と変わっていないように見える。

 しかし、先ほどの太蝋と同じように三口目の酒は八重が全て飲み干さなければならない。


 一気に飲み込んでしまおう。そう覚悟を決め、八重は盃に口を付けた。

 くっと顎を上げると、酒がするすると口に入ってくる。慣れない辛味に涙が出そうになった。


 何とか堪えることに成功し、残った酒も全て飲み切ると八重は巫女に盃を返す。

 あと一回、酒に耐えれば終わる。


 ぽわぽわと顔に熱が灯り、錦帽子を被っているのも辛くなってきた。

 太蝋の手元に一際大きい盃が渡され、神酒が注がれているのを見て八重は心の中で呟く。


(あぁ……そんなに注がないで。もうこれ以上、飲みたくない)


 八重の願いが巫女に通じる筈もなく、盃にはなみなみと神酒が注がれてしまった。

 太蝋が少し飲んだ後、八重に手渡され、注がれた量とそれほど変わらないように見える酒の水面に泣きそうな女の顔が映る。

 祝言に喜んでいる様子は何処にも見られない。


(姉様の代わり。私は姉様の代わり。姉様の代わりに、私が応えないと。お務めを果たさないと)


 本来この席に座る筈だった姉の代わりを果たすことこそ、残された自分の務め。

 そう言い聞かせながら八重は恐る恐る盃に口を付け、ぐいっと傾けた。


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