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-58- 帰る先に待つは

 

 突発的に発生した台風災物討伐作戦の事後処理を終え、太蝋は疲れ切った身体を引き摺って火焚の屋敷へ帰還した。

 あまりの疲労に基地の宿舎で休もうかと思うほどだったが、どうしても足が火焚の屋敷に向かってしまった。

 その理由など一つしかない。会いたい人がそこに居るからだ。


「――旦那様……っ! だ、大丈夫ですか……!?」


 玄関の式台に腰掛けて、ぼうっとしていたところへ八重の心配そうな声が響いてきた。疲れ切って回らない頭で何とか八重の問いかけに答える。


「うん……まぁ……大した怪我はしてないよ……」

「えっ……!? け、怪我をされたのですか……!?」

「あー……いや……軽い打撲くらいで……済んだから……」


 いつもキッチリとした口調で話す太蝋が、心ここに在らずと言った様子で話す姿は八重にとって異常事態にしか思えなかった。


(きっと、とても疲れることがあったんだわ)


 そう思い、八重は辺りをキョロキョロと見回した後、少し離れた廊下を歩いていく女中を捕まえて精一杯に話した。


「だ、旦那様がお戻りになられました。急いでお風呂の準備と、お夕飯の支度をするように言って貰えますか……?」


 いつものように頼りない態度で言う八重の要求に女中は眉を顰めたが、その背後に映っている玄関口には確かに太蝋の姿があった。八重の言うことを聞いておかなければ、後々自分に災いが降りかかると直感し、女中は急いで「かしこまりました」と返ことをして、足早に立ち去っていく。


 その姿を見送った後、八重は太蝋の元に戻って状況を話した。


「今、お風呂の準備とお夕飯の準備をお願いしました。準備が出来るまで、お部屋で休んでいましょう?」

「……うん」


 八重の話に一言だけ返答し、太蝋はふらふらな状態で立ち上がった。今にも倒れそうなほどにふらふらしているが、太蝋は誰の肩も借りずに自分の部屋まで歩いていく。八重は心配しながら、その後を着いて行って一緒に部屋へ入った。


 部屋へ入ってすぐ、太蝋は泥に塗れた制服の上着を脱いでその辺に放り投げた。それから、部屋の適当なところにごろりと横たわってしまった。

 八重は脱ぎ捨てられた上着を拾って畳んで畳の上に置くと、次は座布団を持って太蝋の傍に膝をついて言った。


「旦那様。せめて、座布団を枕代わりに……」


 半分に折った座布団を太蝋の頭の下に差し込む準備をしながら言うと、太蝋は気だるげに「んー……」と反応した後、座布団を持つ八重の手を取って言った。


「枕なら八重の膝が良い……」

「……え?」


 思っても見ぬ言葉が太蝋の口から出てきたことに八重は目を点にして驚いた。それから一拍の間を置いて、太蝋自身も発言の意味に気が付いて、重だるい身体を目一杯急いで起き上がらせて言い訳しようと口を開く。


「い、いや、今のは――」

「私の……膝で宜しければ……」


 向けた視線の先では、八重が正座をして太蝋の枕になる準備を整え終えていた。顔を赤らめながらも、考えなしに言われた太蝋の要求に応えようとする姿が健気で愛おしい。


 まさか、膝枕の許しが出るとは思わず、太蝋は「あー……」やら「いや……」などと口籠りながら、甘えて良いものか悩む姿を見せる。


 だが、考えなしに言ったと言うことは、心から望んでいることに他ならず、結局、太蝋は甘える選択を取ることにしたようだ。

 八重の太腿に頭を乗せると、甘い香りと柔い感触が同時に堪能出来て、疲れた脳と身体に甘美な休息を与えてくれた。そのことに妙な感動を覚えながら、太蝋は少し恥ずかしげにしながら言う。


「疲れてて……すまない……」


 頭の炎が小さく揺らめく。妙な我儘を言ってしまった言い訳は、それしか口にすることが出来なかった。本当に脳も身体も疲れ切っているようだ。

 そんな太蝋に対し、八重はただ静かに――


「大丈夫です」


 と言って、枕に徹し続けた。

 何があったかなんて聞かない。聞いたところで答えてもらえることではないかもしれないし、今の太蝋が真面に会話出来るとも思えなかった。

 ただ、今は休んで欲しい。普段よりも一層、忙しくしていたであろう太蝋の心身が、自分如きの膝枕で休まると言うなら、いくらでも貸し出したい。

 どれだけ痺れようと。身動きがとれなくなろうとも。


「あぁ……そうだ……」

「?」


 少しの間、無言で休んでいた太蝋が何かを思い出した様子で口を開いた。

 そして、すっかり茶色に染め上がってしまった手袋を手から外し、それを八重に見せながら申し訳なさそうに言った。


「早速、汚してしまった……すまない……」


 太蝋に見せられた手袋を八重はごく自然に受け取っていた。あれだけ純白だった絹の手袋の様相がすっかり変わってしまっている。元々が絹だったとは思えないほどの汚れっぷりだ。

 八重はそれを見て、今日太蝋が経験したことがどれほど壮絶だったのか垣間見た気がして、胸が締め付けられた。贈り物を汚してしまった罪悪で太蝋は申し訳なさそうだったが、そんなことは問題にもならない。


「ご無事で、何よりです」


 汚れに汚れきった手袋を両手で包み込んで、胸元できゅっと抱き締める八重。その姿を見上げる形で見ていた太蝋は、妙に泣きそうになった。しかし、今でさえ情けない姿を見せているのに、これ以上に無様な姿は見せたくない。

 太蝋は意地でも涙を堪え、手袋を持っている八重の手に手を重ねて言った。


「お前のお蔭で助かったんだ。ありがとう」

「え……?」


 一体、何のことを言われているのか分からず、八重は戸惑った様子で首を傾げた。そんな八重を見て、太蝋はフッと笑い声を漏らして詳細を語る。


「もう駄目かと思った時に、その手袋が媒体となって小さな結界を張ってくれたんだ。そのお蔭で私と一人の子供が救われたんだよ」

「…………そんな……」


 手袋が結界の媒体となった。守護の力を強く持つ火蝶の一族では、珍しくもない話だが八重にとっては信じ難い話だった。まさか、自分の霊力が人の命を救うほどの強力な結界を張るだなんて思えなかった。


「そんな大層な力、私には……」


 火蝶の当主は勿論として、実母や姉の千重ならまだしも、自分の霊力で引き起こされたとは信じられない。当惑する八重を見上げ、太蝋は怪訝そうな様子で言った。


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