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-55- 嵐を呼ぶ蛙

 



 帰らねば。

 私を頼りにしてくれている、あの子の元へ。

 私を友と慕ってくれている、あの子の元へ。

 私を大切に扱ってくれる、あの子の元へ。


――帰らねば。

 寂しがりで強気なあの子の傍には、私が居てやらねばならぬ。

 今、帰る。帰るからな。

 だから、泣かずに待っていろ。

 柿丸。


 

  △ ▽ △


 一四二〇(ひとよんふたまる)。十四時二十分。

 嵐亀あらしがめが夕陽町沿いの山間の中から姿を現した。


 白い甲羅に白い頭、眠たげな目は火のように赤く、神々しささえ感じられる姿をしていた。

 ゆったりとした足取りで、しっかりと地面を踏み鳴らし、周囲に雨風を振り撒いている。嵐亀が通った後の山は、木が薙ぎ倒されて山肌がすっかり見えてしまっている。土砂崩れが起きるのも時間の問題だ。

 既に甚大な被害を出している嵐亀は、人が走る程度の速さで帝都方面を目指しており、このまま帝都への侵入を許せば、とてつもない被害が発生することは明白だった。


 現時点で夕陽町の田んぼへの被害も気になるところだが、ここで押しとどめなければ作物以上の被害が出てしまう。いくつもの人の命が奪われてしまうだろう。

 そんな危険な状況を生み出し続けている嵐亀に向かって、叫ぶ少年の姿があった。その膝下で叫ぶ少年の姿が。


萬治まんじー!! ボクだよ! 柿丸だよー!!」


 雨風に紛れて聞こえそうにもない声だったが、その声は確かに嵐亀に届いていたようだ。嵐亀が帝都へ進んでいく足を止めたのだ。

 自分の声に反応した巨大な白い亀。確かに姿形は随分と変わってしまったが、目の前にいる亀は間違いなく友達の萬治であると、柿丸は確信を持っていた。


 どうして、こんなにも巨大になってしまったのかは分からない。だが、萬治は生きていた。柿丸の友達である萬治は、生きていたのだ。


「お前、すごいなぁっ! 山みたいに大きくなったじゃんか! すっごいカッコいいよ!!」


 嬉しそうに話しかける柿丸。そんな柿丸に対し嵐亀は何も言わず、ただただ悠然と立ち尽くしていた。それが何を意味するか、友達の柿丸には分かっていた。褒められて喜んでいるのだと。


「置いて行っちゃってごめんなー! ずっと探しに行きたかったんだ! でも、お父さんとお母さんが――」


 嵐亀に語り掛け続けようとしていた柿丸の視界が大きく揺らいだ。何事か理解する頃には、嵐亀の膝下から顔が見える位置へと移動してしまっていた。

 嵐亀の顔は見えるが明らかに距離は遠くなっている。


「呑気に嵐亀と話してるんじゃないぞ。アレは台風の災物だ」


 頭上から聞こえてきたのは萬治の捜索をやめた人物。蝋燭ろうそく頭の男・火焚太蝋だった。柿丸が嫌いだと言い放った相手その人だ。

 太蝋は柿丸を片腕でしっかりと抱き込み、嵐亀の動向を見るべく警戒態勢をとっていた。そんな太蝋の腕から逃れようと、柿丸が暴れ始める。


「離せよ! やっと萬治を見つけられたのに! 今、萬治と話してたのに!」

「何を言っても無駄だ! 柿丸、あれはもう――」


 太蝋が柿丸に真実を告げようとした次の瞬間。

 げこっと言う鳴き声が太蝋と柿丸の周りを包み込んだ。

 白い体に赤い目の蛙。その集団が太蝋達を取り囲んでいたのだ。


「っ! 風蛙かぜかわず……ッ!」


 急いで手袋を外し、風蛙を攻撃しようと身構えたが遅かった。

 百匹はいるであろう風蛙達が一斉に太蝋に飛び付いた!

 風蛙が太蝋の身体に着地する度に小さな風が巻き起こり、それが数を揃えれば強風となる。


「ぐっ……!!」


 強烈な風圧に抑え込まれ、太蝋は柿丸を抱えたまま地面に伏せた。

 太蝋の身体に張り付いた風蛙達は何度も飛び跳ねては着地を繰り返し、風を巻き起こしては太蝋を追い込んでいっている。周囲に強風が起き続けていて、段々と呼吸を奪われていくのを感じた。


(このままでは、柿丸が……!)


 多少の息苦しさは太蝋ならば耐えられる。だが、普通の子供である柿丸は只では済まないだろう。何としてでも、この状況を打破し柿丸を安全な場所へ連れていかなければならない。

 だが、柿丸の上に覆いかぶさって、風蛙の攻撃から守ってやる術しか取れず、太蝋は泥に塗れていく手袋を何とかして外せないものかと考えを巡らせた。


 すると。


――ギッ! ギギッ! ギー……ッ!


 太蝋の身体に張り付いていた風蛙達が、突如として悲鳴を上げて消滅したのだ。百匹はいたであろう風蛙の姿が一体も見当たらなくなっている。

 山間部隊か、下流部隊の何処からか増援が来たのかと思いきや、周囲には誰の姿も見られなかった。


 一体何が起こったのか。それを理解するには時間が足りない。

 太蝋は柿丸を抱えて、嵐亀から遠ざかる為に川の下流――帝都の方に向かって走り出した。


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