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-5- 姉が繋ぐもの

 心許なさそうに眉尻に下げる八重の顔を見て、太蝋は小さく溜息を吐いた。

 その太蝋の反応が嫌に胸に刺さり、八重は益々暗い顔になる。


「……四年ぶりだな」


 まさか、そのまま話し続けられるとは思わず、八重は太蝋から顔を逸らし目を泳がせながら震える声で答えた。


「は、はい……。さ、査定の儀、以来かと……」

「あぁ、そうだな」

「は、い……」


 近々、祝言を挙げることとなる若い男女とは思えないほどに、その場の空気は重く苦しい。


 二人は初対面ではない。


 千重が巫女になる前、八重は一族のしきたりである【査定の儀】を受ける為に、十四歳の時に帝都を訪れていた。

 その時、付き添い人として姉の千重も一緒だったのだが、狙い澄ましたかのように帝都にある火山が噴火したのである。


 八重を含んだ若い蝶達の査定の儀が終わるよりも前に、千重は火口に身を投げ打ち巫女となってしまった。

 その年の査定の儀が執り行なわれることがないまま、父の桑治郎が迎えに来る日を、見知らぬ土地で耐え忍んでいた記憶しか八重にはない。


 その間、火焚家を含む火蝶かちょうの一族は、千重が巫女になった事実を内外関係なく知らせることに奔走していた。姉を喪った八重に寄り添える余裕がある人物はいなかったのだ。


 太蝋も周囲の人間同様、八重に寄り添うことはできなかった。

 自身の特殊な軍役が理由で、帝都の火山噴火に対応しなければならなかった。

 当時二十歳だった若き士官は、災害発生現場の当事者であったことも加え、八重に気遣う時間的余裕は全くなかったのである。


 そんな悲しい出来事があった日の出会いから、二人は連絡を取り合うことすらしてこなかった。

 千重を喪った悲しみは、二人の関係を良好にするための手段を選択する余裕すら奪ってしまった。

 その弊害が、今まさに現れている。

 そう痛感しながら、太蝋は八重に近況を訊ねた。


「元気にしていたか?」

「え……。あ……その……は、はい……」

「……。実家では、何をしていた?」

「え、ええと……お、お蚕様のお世話と、生糸を――」

「あぁ。変わらず過ごしていたんだな」


 八重は太蝋の口振りを不思議に思った。

 まるで、連絡を取り合ったいなかった四年間よりも以前のことを知られているような……。


(あ……そういえば……)


 八重はふと思い出した。

 千重と太蝋が婚約期間だった六年間、文通していたことを。


 また、そのやり取りの内容を千重はしきりに八重に伝えようとしていたことを。

 婚約者との文通の内容を嬉々として公開しようとする千重と、そんなことをしてはいけないと、何度となく会話したことを思い出す。

 きっと、千重は太蝋との文通の中で、妹である八重のことも少し書いていたのだろう。

 だから、太蝋は知っていたかのような口振りを見せたのだ。


 底抜けに明るく、時に男勝りな苛烈な一面も見せ、弱者の味方であろうと振る舞っていた千重の姿が思い浮かんだ。

 八重はそんな姉に助けられ、時に困らされながら仲睦まじく過ごしていたのである。


 そんな姉の代わりを、これから果たさなければならない。

 自信はないが、何としてでも期待に応えなければ。

 そうでなければ、今以上の冷たい視線を向けられるだろう。


「火縄のお二人から聞いていて知っているとは思うが……」

「っ。は、はい……っ」


 重く抱え込んだ責任感に気を取られていたら、太蝋が何気なく話題を振ってきた。

 急いで応対すべく顔を上げると、何処からか「ふっ……」と空気が漏れるような音が聞こえてきた。

 その直後、太蝋が「ごほん」と不自然な咳払いをしたところを見て、漏れ聞こえてきた音が太蝋の笑い声だと気が付く。

 なぜ笑われたのか分からないまま、八重は太蝋の言葉を待った。


「これから先の時期、私は軍務で忙しくなる」

「は、はい……」

「祝言の翌日から遠征任務が入っている。機関車に乗っていく必要がある場所への遠征だ。一ヶ月は戻ってこれないだろう」

「い、一ヶ月……」


 祝言翌日から早速、婚家に独り残される事実を知らされ、八重は心許なさで手をこまねいた。


「……使用人達には重々言いつけておくつもりだが――」

「っ。だ、大丈夫です……っ」


 八重はこれまでに経験してきたことを振り返り、太蝋の気遣いを遮った。


 両親である火縄夫妻も、火縄家に仕える使用人達を〝言い聞かせる〟ことをしようとしてきた。

 だが、一度、根深く植え付けられた差別意識は、そう覆すことはできない。

 むしろ、言い聞かせようとすればするほど、八重の立場は狭くなっていってしまった。


 その結果、使用人の家族――特に同年代の子供の無邪気な悪意に晒されてきたのである。

 一度広がった差別意識は、中々小さくならないことを八重は身に染みるほど体験していた。

 身を小さくして、存在感を極限までに薄めようとしているのは、八重なりの処世術であった。これ以上、傷付かないための処世術。


 今も目の前の太蝋から嫌悪の目を向けられないかと、冷や冷やしながら背中を丸めている。

 そんな八重を見下ろし、太蝋は困ったように溜息を吐いた。


「八重。お前は私の妻になることで火焚ほたきの一員となる」

「……はい……」

「本家の嫁と言う立場は、軽んじられて良いものではない」

「……っ。はい……」

「ここでは……――」


 萎縮して縮こまっている八重を見て、太蝋は途中で口をつぐんだ。

 今の八重に何を言っても、真の意味で届かない。

 信じてもらえるだけの関係値ではないと思ってしまった。


「いや……。……とにかく……好きなように過ごすと良い」


 それ以外に良い言葉が出てこなかった。

 今、太蝋が八重に伝えたいことで最良の内容だ。

 せめて、好きなように過ごすことで、萎縮せずに過ごしてほしい、と。


「…………はい……」


 しかし、八重の返事は小さく頼りないものだった。

 そうすることこそが、自分の身を守る手段であると示すように。

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