-48- 何の変哲もない日常会話
柿丸騒動と絹完成が重なった、この日。八重と太蝋は共に夕餉を食べながら、談笑を交わしていた。尤も、太蝋の方は殆んど愚痴のような物だが。
「――結局、優勝したのは剛田さんだったし、仕事は二時間分遅れるし、明日は遅れた分の仕事をしなければならないのだから、突発的に遊び始めるのはやめてもらいたいんだが……」
ぶつぶつと文句を言いながら焼き魚の骨を丁寧に選り分けている太蝋の姿を見て、八重は思わずくすりと笑ってしまった。こんな風に仕事上で起きた話をしてくれるなんて初めてだったから。
太蝋の仕事の性質上、守秘義務が沢山あって家族と言えど知れないことが沢山ある。軍人と言う立場上、絶対に漏らしてはいけない情報もある。迂闊に仕事で起きたことを話す訳にはいかないのだ。
だが、今回のように仕事とは――全く無いとは言い難いが――関係ない話を愚痴として話してくれるのは貴重である。それも、いつも生真面目に仕事をしているらしい太蝋が、上官への愚痴を言うだなんて。
「とても楽しそうですね」
太蝋自身はきっと心底から楽しかった訳では無いのだろう。だが、側から聞けば楽しい職場の話にしか聞こえない。それを八重に聞いてもらおうと思えるほどには太蝋の印象にも残ったのだから、微笑ましくない訳が無い。
くすくすと笑いながら的外れとも思える言葉を言う八重の姿は、太蝋の中から毒気を抜いた。気の利いた言葉を言われた訳でも無いのに、不思議と心が浮き立つ。しかし、それと同時に一つだけ棘が残ってしまった。
(……どうせなら勝った話を聞かせてやりたかったな)
ベーゴマへの意欲が無かったことに加え、戦闘以外で手先を使うことが苦手な自分にとって、ちょうど良い塩梅で独楽を奇麗に回し続ける糸の回し方など分からなかった。そのせいで初戦敗退と言う結果に終わってしまった訳だが、その当時は厄介なことから抜け出せた安堵しかなかった。
だと言うのに、八重が笑顔になったのを見た途端に勝ちが惜しくなった。勝っていれば、もっと八重を笑顔にさせられただろうか……などと考えてしまう。そこだけが悔しいと思っていたら、八重が控えめな態度で太蝋に訊ねてきた。
「旦那様……その、ベーゴマ? とは、どのように遊ぶのでしょう?」
八重の問いを受け、太蝋は箸を置いて身振り手振りをしながら教えてやろうかと思った。だが、途中で気が変わる。
「今度の休みにでも二人でやってみよう。多少なら私にも教えられるから」
休日の予定をさらりと告げられて、八重はぽっと顔を赤くさせた。
「……はい。ぜひ……」
ただの返事だけでなく、是非にと付け加えられて太蝋の心も浮き足立った。夕餉を口に運ぶ箸も心なしか楽しげに揺れている。
そうして夕餉を食べ進めていくと、八重もこの日あったことを太蝋に報告してみたくなって口を開いた。
「あ、あの、実は……絹が、織り終わりまして……」
控えめな声で言われた報告に、太蝋は箸を止めて八重を見て訊ねた。
「出来たのか。糸は足りたんだな?」
「充分に足りました。少し余ったくらいで……」
「そうか。それは良かった」
余ったくらいで出来上がったのなら、丁度良かったのだろう。きっと、手先が器用な八重なら余った絹糸も上手く使う筈だ。
そう思いながら、太蝋は八重が絹を織っていた光景を脳裏に思い浮かべた。その時の絹が出来上がったのなら、見てみたいと思うのが人情と言うものだろう。
「……見せてもらいに行っても良いか?」
「っ! は、はい……っ」
その言葉を待っていたかのような返事をした八重の微笑みに、胸がぎゅっと締め付けられた。傍へ寄って行って、抱き締めたい衝動を覚える。
何とか堪えて「じゃあ、夕餉の後に」と返し、夕餉を食べ進める。
余計なことを言いそうになる口は食べ物で封じ、余計なことをしそうになる手には忙しなく食べ物を運ばせて封じた。日に日に、八重へ触れたい気持ちが強くなっていっているのを、どうしたものかと悩みながら、太蝋は奇麗に食事を摂る八重を横目に食事を進めるのだった。




