-47- 霊力の形
太蝋から貰った絹糸が、絽織りの立派な一反となった。
完成した絹を前にして、八重とヨネはそれぞれに茶を飲みながら、何度目か分からない感嘆の溜息を吐いた。
「奇麗な糸だって知ってたけど、布になったのを見るともっと奇麗って言うか……」
「ふふ、そうね。とても奇麗な絹糸だったもの。ちゃんと織れて良かったわ」
艶やかな純白の絹が夏の光を反射して、きらきらと煌めいている。その姿は芸術品と言う名に相応しく、見ているだけで人の心を癒す効果があるような気さえした。
「奇麗なだけじゃなくて、なんて言うか……あったかそう?」
「え?」
思わぬ言葉がヨネの口から出てきたのを聞き、八重は目を丸くさせた。紗織りと違い、絽織りの絹は密度が高い。とは言え、他の繊維で織られた布よりは断然に通気性が良い。暖かい、と言うよりは涼しさを与えてくれる布の筈なのだが……。
そう不思議に思いながら、八重はヨネの言葉の意味を確かめるために、もう一度完成した絹に目を向けた。じっと見つめる内、とある事実に気が付いて八重はヨネに訊ねる。
「ヨネは絹糸の状態も見ていたけど、その時はどう見えていたの? 今と同じ?」
「まぁ、たぶん? 何か、ぽわぽわした糸だなぁって思ってましたよ」
太蝋が八重の父に頼んで、取り寄せてもらった絹糸は中でも一級品の分類に入る品で、八重の母が精錬作業を行なったものである。
生糸の繊維が切れることなく紡がれた絹糸である上に、火蝶の血筋である母が霊力を込めながら精錬した代物である。耐久性に通気性、加えて耐熱性と防寒性まで持ち合わせている。
絹糸の特徴に加えて、霊力による特別効果が付与されているために、通常の絹糸よりもずっと値が高い。それを一反分贈られたら、驚愕するのも無理はなかった。
そんな絹糸を見た瞬間にヨネは「ぽわぽわしてる」と思ったらしい。それは霊力に鋭くなければ見えないものだ。絹糸に付与された効果――付与した人物の霊力の形を見た、と言うことになる。
「今の絹を見ても、ぽわぽわしてるのね?」
「まぁ……近い感じはしますけど……」
「それならやっぱり、ヨネは霊力が高いんだわ」
「はい?」
火ノ本に於いて、霊力とは生きとし生けるものに備わる力。その量に個人差はあれど、人間も動物も植物も岩だって身に宿すものだ。霊力量が多ければ多いほど、霊力そのものを感知出来るようになるのだが、霊力の形も人それぞれだ。人によっては火のように見え、水や風、土の印象があると言った風に変わるのである。
そのことをヨネに説明した後、八重は目の前にある絹が何故暖かそうに見えるのか解説した。
「私の母様の霊力は、春の日差しの様な温かみがあるの。だからきっと、ぽわぽわして見えるのね。それが見えていると言うことは、ヨネの霊力は相応に高いってことだと思うわ」
「へぇー。人によって違うってことは、奥様も違うの?」
「……私?」
ヨネの問いを受け、八重は思考が止まった。自分の霊力の形は自慢出来る様な物ではないからだ。八重はそっと目を伏せて答えた。
「……私は母様や姉様と違って、大した霊力ではないから……」
「ふうん……」
霊力の形について初めて聞いたヨネには、その反応を返すことが限界だった。今しがた知ったばかりの情報で八重の霊力について深掘りは出来ないと思ったのだ。しかし、別の方向から霊力の形とやらを学んでみれば、ヨネ自身の目で八重のことを判断出来るかも知れない。
「その、姉様? って人は、どんな霊力を持ってたの?」
「! 姉様はね、それはもう凄い霊力の持ち主で――」
家族の話になった途端、八重はパッと表情を明るくさせて話し始めた。姉の千重の霊力は夏の太陽のように情熱的で、火蝶の力の使い方も誰よりも素晴らしかったと自慢する。
それらの話を聞きながら、ヨネは八重が織り終えたばかりの絹に再度目をやりながら思う。
(春の日差し……って言うよりは、冬の布団のあったかさって感じなんだけど)
糸の状態だった時の絹は確かに春の日差しだった。けれど、一反の絹となった物を見ると、暖かさの種類が違う様に感じる。
まるで自分に自信がない八重のような雰囲気を感じるのだ。
八重が言うように、自分は目が良いのかもしれない。そう思いながら、ヨネは八重の姉自慢の話を聞きながら弟達のことを思い出すのだった。
「――そういえば、今日は来てませんね。アイツ」
八重の家族自慢に終わりが見えてきた頃、ヨネは窓から見える竹林の方を見ながら言った。ヨネの言葉を聞き、八重は困ったように笑って同じように窓の外を見る。
「あの子、ここが苦手みたい。機織りの音が耳障りなのかもしれないわね」
「あたしは聞いてたら眠くなるんだけどなー。奥様の機織り音、丁度良い子守唄に聞こえるんですよ」
「そ、そうかしら?」
褒められているかは分からないが、悪い気はしない。そんな風に思って、八重は照れ臭そうに微笑んだ。そして、気まぐれな友達に今度はいつになったら会えるかを思うのだった。




