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-39- 二人を繋ぐ糸の色は


「――あ、あの……旦那様……」

「ん?」

「絹が織れたら、その……何か縫いたいと思ってるのですが……」

「織るだけじゃなく、縫えるのか?」

「は、はい。一通りの物は縫えます……」


 生糸を紡ぎ、絹糸を織って絹を作るだけに留まらず、実用品を縫うことまで出来るとは。

 八重の徹底した手芸達者っぷりに太蝋は感嘆した。

 実の母親である火焚当主は、針に糸を通すことすら困難を極めていたものだ。

 その姿を幼い頃から見ていた太蝋にとって、縫うまで出来る八重には感心しか浮かんでこない。

 すると。


「そ、それで、その……よ、良かったら……っ、旦那様とお義母様に、何か差し上げたいのですが……っ」

「え?」

「た、ただ、旦那様には何が宜しいのか分からなくて……。何が良いでしょう……?」


 同性である当主には、自ずと贈っても大丈夫そうな物は浮かぶものの、普段は洋風の軍服を着込んでいる太蝋には、何を贈って良いものか分からなかった。

 絹を織りながら考えてみたものの思い浮かばず、本人に訊ねてみることにしたのだ。


 太蝋は贈ったものが別の形になって自分の手元に戻ってくるらしいことに驚いて、一瞬だけ思考が停止した。

 何とか思考を再開させ、太蝋は八重に言う。


「……自分のことに使って良いんだぞ?」


 太蝋の言葉を聞き、八重はしゅんと肩を落とした。


「あ……。やっぱり、ご迷惑――」

「くれると言うなら遠慮はしないが」


 曲解した八重を見て、太蝋は慌てて受け取ることを告げた。

 それを聞いて少しだけ嬉しそうな雰囲気を漂わせる八重の姿が胸に刺さる。

 そのことを誤魔化す意味合いも込めて、太蝋は咳払いしてから考えを口にした。


「そうだな……。せっかくなら毎日、身に付けられる物が良いな」

「ま、毎日……?」


 贈りたいとは言ったものの「毎日身に付けられる物」と言われるとは思わず、八重は恐縮して肩を強張らせた。


 しかし、太蝋が望むなら出来る限り応えたい。

 悩んで顎に手を添える太蝋の姿を見上げながら、八重はその手元の物を見ながら言った。


「手袋は如何でしょうか……?」

「手袋か……」


 八重の提案を聞き、太蝋は白手袋を身に付けている自身の手の平を見ながら思案した。


 日頃から手袋を使っている太蝋だが、緊急事態になると手袋を投げ捨てることがある。

 雑に扱うのが常になっている為、予備の手袋を持ち歩いていて、消耗品と化しているのだ。

 最早、癖となってしまっている為、手袋を貰っても同じ扱いをしてしまいかねない。


 悩みに悩んだあと、太蝋は事情を言うことにした。


「確かに手袋は毎日身に付けてるんだが、任務中に無くすことも多くてね。毎回、予備を持ち歩いてるほどなんだ。せっかく作って貰っても、癖で無くすかもしれない」


 まさか、投げ捨てるかもしれないとは言えず、言葉を濁した。

 これを聞いた八重が、太蝋への贈り物を諦め、自身のことに絹を使った方が良いと考えて直してくれないか、とも思いながら。

 しかし。


「……予備……が、増えるのは邪魔でしょうか……?」

「え?」

「あ、いえ、その……手袋なら、何組か作れるくらいの布は出来ると思うので、予備を……」


 事前に無くされる可能性を聞かされても尚、八重は贈ることをやめようとは思わなかったようだ。

 頻繁に無くしてしまうなら沢山用意すれば事足りるかもしれない。

 しかし、既に予備を持ち歩いている太蝋の邪魔にならないだろうか?

 贈り物はしたいが、邪魔にはなりたくない。

 そんな八重の考えが心許無い寂しげな顔や、辿々しい言葉使いから感じ取られる。

 だが、一度決めたことは曲げないらしい強情さも感じた。


 太蝋はフッと笑い声を漏らし、頭の炎を優美に揺らめかせる。


「それは有難いな。気兼ねなく日常使い出来そうだ」

「っ! では――」

「うん。手袋を何組か頼むよ」

「かしこまりました」


 贈り物を決められたことに安堵した様子の八重を見て、太蝋もまたホッとした。

 自分のことに使って欲しいと思ったのは本心だ。

 だが、八重から贈り物を貰えることが、じわじわと嬉しさを呼ぶのも間違いなかった。


「楽しみだ」


 噛み締めるように太蝋が言うと、八重は目を見張った。

 まるで言われるとは思っていなかったと語るように。

 すると。


「……頑張ります」


 八重は照れ臭そうに微笑んだ。

 仄かに赤くなった頬にまつ毛の影を落ちていて、やけに奇麗だった。

 抱き締めたい衝動を覚えて、太蝋は拳を握り込む。


(あぁ……――この顔も、駄目だな)


 今、見るまで知らなかった八重の笑顔は、思いの外に太蝋の心を揺さぶった。

 また見たいと願ってしまうくらいには魅力的だった。


 太蝋は思った。八重に絹糸を贈って良かった、と。

 贈った絹糸が自分の元に戻ってくるとしても、八重が喜んで絹を織っているなら贈った価値はある。


 いや――物以上のお釣りは既に返ってきている。


 夏の陽射しに照らされ絹を織る八重の姿こそが、太蝋にとって価値ある物だったのだ。

 


   第二章【恋の病に薬なし】 完

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