-35- 封じる病
疫病災物の調査結果、朱ノ里の長屋に現れた病雀は百羽ほどで打ち止めとなった。
発見された病鼠は一匹のみ。
――尤も、この発見された一匹だけの病鼠が厄介な災物憑きだったのだが。
「――本当にヨネちゃん、隊長の家で働かせ始めたんですね」
「目の届く場所に居てもらわなきゃ病鼠の核を壊していけないからな」
ヨネを八重に預けた後、太蝋は疫病災物の事後処理を行なう為に基地へ戻っていた。
事務机に座り、斬島と共に書類作成に勤しみながら会話を続ける。
「良かったですよ。ヨネちゃんごと討伐ってことにならなくて」
「火蝶の神社が在る帝都で起きたのが、ヨネにとっては不幸中の幸いだっただろうな」
「いや~、火蝶の守護の力、本当に凄いっすわ。まさか、ヨネちゃんの身体に病鼠を封印するとは……」
「核の位置がヨネの心臓付近だった以上、そうする他にヨネを生かしておける方法が無かったからな。これから少しずつ破壊していくしかない」
斬島に病鼠の気を引かせている間に、病鼠の霊核の位置を探り、破壊する隙を窺っていた太蝋。
しかし、病鼠の霊核はヨネの心臓に近い位置に陣取っており、無理に破壊すればヨネを殺しかねなかった。
それこそが最も手っ取り早い方法ではあったが、最善ではない。
八重が気にかけていた少女を見殺しにしたら、八重に顔向けできないと思い、太蝋は別の手を打つことにしたのだ。
それが病鼠の霊核をヨネの身体に封印し、表に出て来れないようにすることだった。
火蝶の守護の力を用いて封印された病鼠は、よほどの事がない限り、表に出てくることはない。
実質、病鼠に取り憑かれたままのヨネだが、ヨネ自身は霊力が高い為、疫病の被害を受けることはなく、封印が正常に作用している内は周囲の人間も影響を受けずに済む。
あの状況下で封印と言う判断を下した太蝋を評価しつつも、斬島はヨネの中に未だ居座り続けている病鼠への怒りを覚えた。
「早いところ、あのクソ鼠の核、ぶっ壊してくださいよ」
よほど病鼠が気に食わなかったらしい。怒る斬島に太蝋は言った。
「そうしたいのは山々だが、無理に破壊を進めるとヨネを苦しませかねない」
「あ~、も~! 何処までヨネちゃんを苦しめりゃ気が済むんだ、クソ鼠ィ!」
頭を掻きむしりながら言う斬島を見て、太蝋は溜息を吐いた。
「お前は本当に女贔屓だな」
「人聞きが悪い言い方だなぁっ! 男前って言ってくださいよぉ!」
「女は乳だ尻だと言ってる男の言葉とは思えんな」
「女体の柔らかいところに惹かれるのは雄として当然でしょうよ!」
呆れる太蝋の目の端で斬島が両手をわきわきと動かしている姿が映る。実にイヤらしい手付きだ。
言い訳もせず、明け透けに男の欲望を体現する斬島の言い分に呆れるものの、全く理解できないほど太蝋も淡白な男では無い。
少なくとも、八重の胸に惹き込まれた確かな記憶がある。頬や手と言った部分にも。
「女には優しく、ね……。全くお前の言う通りだよ」
「はい?」
話が繋がらないことを斬島は怪訝に思った。太蝋は提出書類に署名しながら言った。
「病鼠に言ってただろう。『乱暴に扱うな』『嫁を大事にしろ』『幸せにできないで旦那を名乗るな』」
「そりゃ言いましたけど、隊長に言った訳じゃあ――」
少し照れくさそうに笑いながら言う斬島に対し、太蝋は何の言葉も返せず、ただただ提出書類の決済をしていっている。
挙動こそいつも通りだが、頭の炎が申し訳なさそうに小さくなっているのを斬島は見逃さなかった。




