-31- 地を這う雀
「――ヨネちゃんは、何処も調子悪くない?」
「あたしは平気。熱もないし」
斬島がヨネに体調を訊ねると、ヨネは自分の額に手を当てながら答えた。
太蝋に噛み付くほどの勢いで騒いでいたことから元気そうには見えるが、弟の一人が昨日から寝込み始めたと聞くに、今日にでもヨネが寝込んだとしても不思議ではない。
懸念を思った斬島はヨネに聞く。
「念の為、熱を測らせてくれないかな? 自分で分かってない内に体調を悪くすることもあるからさ」
斬島の言葉を聞き、ヨネは少し考える様子を見せてから渋々と言った様子で答えた。
「いいけど……あたしの言葉、信用してないでしょ」
「えぇ? 違うよぉ。信じてないんじゃなくて心配してんの」
「……」
「ちょっと、おでこ触らせてもらうね~」
「……うん」
そう言って、斬島は口を尖らせるヨネの額に手を伸ばした。
「触るな」
触れる直前、ヨネの声が響いた。
先ほどまで小生意気な態度で話していた姿からは想像できないほど物々しい。
何事かと思いヨネの顔を覗いた瞬間、不気味な笑みと目が合う。
「斬島!」
太蝋の呼び掛けと同時に斬島は思い切り後ろへ引っ張られた!
尻を打った痛みで襟元を掴んで引っ張られたのだと理解し、斬島は即座に体勢を立て直して身構える。
腰に差している軍刀の柄に手を掛け、ただならぬ気配を漂わせているヨネを見据える。
「……ヨネちゃん?」
「気安く呼ぶな。下郎めが」
気が強いだけの普通の少女とは思えぬほどの圧と殺気。
確かにヨネが喋っている筈なのに、全くの別人が話しているとしか思えない。
ヨネの姿をした何者かが言った。
「ヨネは吾の花嫁。吾以外の雄が触って良い雌ではない」
恵みの気候で生き生きとしていた草花が、たちまちの内に萎れていく。
ヨネから漂っている霊力に当てられ、病に罹り、生気を失っていっているようだ。
神聖な霊力の気とは言えないだろう。瘴気と言った方が説得力がある。
明らかに何者かがヨネの身体を操っている状況を前にして、斬島は太蝋の前を陣取り、いつでも抜刀出来る構えを取った。
「――隊長」
斬島の呼び掛けに対し、太蝋は手袋を外しながら答えた。
「あぁ。災物憑きだ」
災物憑き。
それは人間に災物が憑く事を言う。
滅多に無い事例であり、火ノ本全国でも目撃された例は数百件程度に留まる。
基本的に災物は意志無きまま災害だけを振り撒く存在であるが、稀に明確な意志を持って行動する災物が現れることがある。
そう言った災物は自身の力を増す為に霊力を吸収しようと人間を襲う。
中には人間に憑く事で人間に近付き、より多くを殺し、霊力を奪おうとするのだ。
そう言った被害に見舞われた人間を、狐憑きに因んで災物憑きと呼んでいる。
だが、ヨネに取り憑いた災物は、稀な事例の中でも更に稀な状態だった。
「災物憑きって、こんなに元気でしたっけ? 普通、もっと衰弱してますよね?」
災物に憑かれた人間は、憑かれている間も霊力を吸収される為、どんどん衰弱していき最後には死に至る。
だが、目の前のヨネは災物が顔を見せるまでは至って健康そのものの少女だった。
その疑問に太蝋が答える。
「ヨネ自身の霊力が通常より多いから抵抗出来てるんだろう。頭災物の取り憑きには抵抗できなかったようだが」
「隊長みたいに霊力馬鹿高い人間なんて、そうそう居ませんからね?」
「火蝶の家系には多いんだがな」
「そもそも、それが珍しいんですって!」
災物対策炎護隊は霊力が高い軍人で構成されている。
殆どの隊員は子災物の影響を受けないほどの霊力を保持しているが、頭災物に対抗出来るほどの霊力持ちは滅多に居ない。
ヨネは炎護隊の一般隊員並みの霊力を持っていると言うことだ。
だが、頭災物に抵抗出来るほどではなかった。
つまり――




