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-30- 北風と太陽

 町医者に食ってかかっていた太眉の少女だ。

 太蝋が思っていた通り、少女はこの長屋一帯の住人だったようだ。


「あ! あんた! さっきは、よくも邪魔してくれたわね!」


 少女は太蝋を指差しながら声を張り上げた。少女の方も太蝋のことを覚えていたらしい。

 怒り心頭な様子で太蝋を怒鳴りつける少女を見て、斬島は不思議そうに首を傾げながら太蝋に訊ねる。


「邪魔? 隊長、何かしでかしたんですか?」

「至って人道的な事しかした覚えはないけどな」


 しれっとした態度で太蝋が返すと、少女は更に怒りを強くした様子で太蝋に詰め寄った。


「医者を連れて来ようとした、あたしの邪魔をしたでしょ!」

「えぇっ? 隊長、そんな非道な事をしたんですか?」

「この子が怒らせた医者に、殴られそうになっているところを庇ったのが人の道から外れる行ないだとは初めて知ったな」

「えぇっ! お嬢ちゃん、医者を怒らせて殴られそうになったの? 駄目じゃないか、そんな危ない橋渡っちゃあ」


 大袈裟な素振りで太蝋と少女、それぞれに話し掛ける斬島。表情も行動も実に鬱陶しい。

 完全に二人をおちょくっている態度の斬島に腹を立て、少女は怒鳴った。


「うるさいなぁっ! あんたも、こいつも何なの!?」


 太蝋に向かって、二人の正体を訊ねると太蝋は呆れた様子で溜息を吐く。


「見て分からないか?」

「俺達はねぇ、軍人さん~」


 斬島が太蝋と少女の間に割り込んで、軍服についている帝国軍の記章を見せる。

 そこでようやっと、二人の格好がまごうことなき軍人のものであると気が付き、少女はさっと顔色を変えた。


「は? ぐ、軍人……!?」

「そっ」


 気安い態度の斬島と、近寄りがたい空気を纏っている太蝋。

 太蝋はともかく、斬島は軍人らしさが感じられず、少女は訝しむように眉根をひそめた。

 斬島が続けて話し掛ける。


「ここの長屋に住んでる人達が困ってるって聞いて、様子を見に来たんだ~。でも、肝心の何に困ってるかを聞きそびれちゃってぇ」

「なにそれ、いい加減な仕事」

「あちゃっ、手厳しいっ。そんな仕事のできない軍人さんに情けをかけちゃくれないかなぁ」

「情け?」

「お嬢ちゃん達が何に困ってるか、軍人さんに教えて欲しいんだ」


 そう言って、斬島は柔らかく微笑んだ。

 お堅い軍人らしからぬ態度だが逆を言えば親しみやすさもある。

 そのお蔭か、警戒心丸出しだった少女の気を和らげたようだ。


「教えるのは良いけど、子供扱いやめて。お嬢ちゃん呼びも」

「ありゃ、気を悪くさせたかな。ごめんね。俺、名前を知らない女の子はお嬢ちゃんって呼ぶもんだから」

「ヨネ。あたしの名前はヨネ」

「ヨネちゃんか。教えてくれてありがとう」


 斬島がにぱっと笑って礼を言うとヨネは「別にそれくらい」と、つっけんどんな態度で返した。

 しかし、この場では斬島しかヨネの警戒心を解くことは難しかっただろう。太蝋は既に嫌われているのだから。


「俺はね、斬島って言うの。こっちは隊長ね」

「隊長は私の名前じゃないぞ」

「細かい事はいいじゃないっすか~」


 太蝋の立場を示す呼称を人物紹介として使われることの何処が細かいのかと、太蝋は思ったが今は斬島と漫才をしている場合ではない。

 太蝋は口を閉ざし、斬島とヨネの会話を見守る。


「ヨネちゃん。俺達に、ヨネちゃん達を助けさせてくれないかな?」


 ヨネと視線を合わせるようにしゃがみ込み、斬島が訊ねる。ヨネは視線を地面に落として答えた。


「……皆、熱出して寝込んでる」

「いつ頃からか分かる?」

「下の弟が十日前。妹が七日前。上の弟は昨日から寝込んでる。隣のおじさんとおばさんは五日前くらいから」


 ヨネの答えを聞き、太蝋と斬島はそれぞれに考えを巡らせた。

 十日前から病人が発生し始め、直近で昨日から寝込み始めた住人が居る。

 ヨネが知らないだけで、長屋の住人達は日を追うごとに病に臥せっている筈だ。

 この短期間で病人が増え続けているなど、何らかの異常事態が起きているとしか思えない。

 それこそ災物の仕業だろう。


 また、わざわざ隣の住人を引き合いに出したことから、ヨネやその弟と妹の傍に親がいない事も分かった。

 ヨネ一人で弟妹達の面倒を見ていたのだろう。時折、隣人の力も借りながら。

 しかし、今はそれもできない状況にある。


「なるほどねぇ……」


 僅かな情報から得たものに対して、斬島が納得するような言葉を出すと、ヨネは口をきゅっと結んでから縋るような目を向けた。


「……ねぇ……」

「なんだい?」

「……ホントに皆を……、弟達を助けてくれる?」


 弟の一人が寝込んでから今日まで、どんどん倒れていく家族や大人達の姿を見て、不安に思っていたのだろう。

 大の大人でも心配になるような事態で、まだ少女のヨネが不安に思うのも無理はない。

 斬島はヨネの気持ちを察し、柔らかく微笑み親指を立てた。


「任せて。ヨネちゃんの家族も、長屋の皆も助けるよ」

「……うん。絶対よ」

「勿論」


 絶対、と言う言葉にヨネの強い願いを感じ、斬島は重ねて応える。

 それに安心感を覚えたのか、ヨネはホッと息を吐いた。

 一方、二人の会話を傍で見ていた太蝋は、元気そうなヨネを見て疑惑を浮かべていた。


(まるで病雀びょうじゅくの影響を受けていないように見える。十日前から寝込んでいる家族が傍に居るのに、この長屋一帯でヨネだけが無事なのか?)


 三人だけが立っている井戸場。周囲の長屋からは相変わらず咳の音だけが聞こえてくる。

 騒いでいても文句の一つも飛んでこない。一人無事な姿を見せるヨネ。

 この緊急事態の中心にヨネが居ることは間違いない。

 そう太蝋が結論を出した瞬間、ただならぬ霊力が辺りを包み始めた。

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