-24- 夏美人
ゆっくりと川辺を歩いて行くと段々と光景が変わっていった。
最初の内は派手な洋装に身を包んだ人間が入り混じる光景だったが、三十分も歩けば着物姿の人間が歩いて行く馴染み深い光景になる。
人通りも少なくなり、川が流れる音が聞こえてくるようになった。
みんみん、じわじわと鳴く蝉の声も聞こえ、何処かの家で風鈴の音が鳴っているのも聞こえる。
八重は実家がある光景を思い出しながら、静かに流れていく川をじっと眺めた。
惹きつけられるように川辺で立ち止まった八重の姿を横目に捉え、数歩行った先で太蝋も足を止める。
八重の傍まで引き返し、太蝋も黙って川の流れを見始めた。
石畳の壁にぶつかる川のせせらぎと蝉の声。
照りつける陽の光で火照った身体を涼しくさせてくれる柔らかい風。
風と共に過ぎていく線香の香り。
夏を象徴する音や匂いが静かに身を包む。
太蝋はふと横を見る。
風で乱れた髪を整えようと、そっと動かされる白魚のような手や、うっすらと汗をかいている細い首筋に目を奪われた。
耳に髪をかける仕草を見ていると、掬いきれなかった柔らかい髪が汗ばんだ頬にぺたりと張り付いているのが見えた。
無意識に手を伸ばし、人差し指で髪を掬おうと指を滑らせた瞬間。
「ひぇっ……!?」
八重はびくりと肩を揺らし、弾かれるように太蝋を見上げた。
視界の端に白手袋の手が見え、触られたのだと理解した途端、顔に熱が籠る。
僅かに触れた指先の感触が頬に残っている気がして、胸が騒がしくなった。
「な、なにか……?」
混乱する頭で辛うじて出たらしい八重の声は酷く震えていた。
赤くなった八重の顔を見て、太蝋も己の行動を自覚し一瞬だけ思考停止する。
頭の炎に揺らぎが生じた。伸ばした手を握りしめながら引っ込め、「あー……」と小さく声を漏らし、何とか思考を巡らせて答えた。
「いや、顔に髪が張り付いてたものだから、気になって」
「えっ。あ……」
みっともないところを見られてしまったと言いたげに口籠りながら、八重は頬に張り付いていた髪をささっと耳に掛ける。
しかし、癖がついてしまっていたのか、すぐにひょこっと戻ってしまった。
それに気付かない様子で恥ずかしそうに俯く八重。
その姿にまた目を奪われそうになり、太蝋は咄嗟に顔を逸らした。
明後日の方向を向いた瞬間、太蝋の目に白い小鳥の存在が映った。
休日に見たくなかったものを見つけてしまい、眉根を寄せて顔を顰める。揺らめいていた頭の炎がスッと大人しくなった。
「……八重」
「はいっ」
「少しここで待っていてくれ。急用が出来た」
「え? は、はい……承知しました……」
「すぐ戻る」
そう言って太蝋は妙に剣呑な雰囲気を纏いながら、とある建物の角を曲がって行き、姿を消してしまった。
一人、川辺に取り残された八重は、太蝋が離れて行った理由を悪い方向に考えだす。
(みっともない姿を見せてしまったからかしら……)
帝都観光に誘われ戸惑いはしたが、太蝋の人となりを垣間見れた時間は居心地が良かった。
少し、この時間が楽しいとさえ思えていた。
しかし、太蝋は違ったのかもしれない。
そう考えると胸がぎゅっと苦しくなった。
(……戻ってきてくれたら良いのだけど……)
果ては、そのまま置いていかれることまで想像し、八重は眉をハの字に下げて川の流れを見続けた。
心許ない気持ちを抱えながら。




