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-22- 無垢は知る

「詫びと言ってはなんだが、八重の着物を何枚か見繕ってくれないか?」

「それはもう是非! 気張らせて頂きますとも!!」


 この商売の機は逃してはいけない、と思ったらしく結川は物凄い勢いで頭を上げて応えた。

 そして、勘定台から出てきて八重の方に手を差し出して言う。


「ささっ、奥方様、こちらへ! 結い処では各種新柄を取り扱っております故、必ずや奥方様のお気に召すものを見繕わせて頂きます!」

「えっ……!? で、でも……っ」


 八重が言い淀んでいる間に結川は意気揚々としながら、八重の手を引いて座敷の奥へ入っていく。

 結川が女の従業員を数人呼んでいる声が聞こえてくると、主人と同様に意気揚々とした声が座敷の方へ向かって行った。


(……これは、長くなるかな)


 結川は、白無垢や紋付袴を任せられなかった無念を少しでも晴らしたいらしい。

 その意気込みに巻き込まれる八重を気の毒に思いながらも、太蝋は待つ時間が長くなるだろうと考え、壁に背を預けて腕を組んだ。


 一ヶ月間、放置してしまった新妻に新作の着物を贈ることで償いの一部になると信じて。


 一方、結川に店の座敷に通された八重は、次々と見せられる薄物に目を回していた。

 すっきりとした青系統の色合いに染められた物や、上品な薄桃色の物。

 色とりどりの大柄の帯や、朝顔や向日葵と言った季節を感じられる帯留めも、ずらりと並べられている。

 従業員の女三人が八重に似合う薄物を見繕い、あれこれと言いながら勧められた。


 てっきり太蝋自身が呉服屋に用事があるのだと思って付いて来たのに、よもや自分の着物を買うつもりで来たなんて、八重にとっては予想外だ。

 その上、店構えからして一枚一枚の値段がそれ相応に高いことなど聞かなくても分かる。

 そんな所で夏に着る薄物と湯上がりに着る浴衣を、合わせて「何枚か」見繕われるほどの理由が分からなかった。


(自分で織れるのに……っ)


 最低限の材料である布と糸、そこに縫い針があれば自分で作れる。

 機織り機があれば糸から布を作れる技量も持ち合わせており、世間一般の女が出来る一通りのことは問題なく出来るのだ。

 商家の箱入り娘と言えど、ただ着物を買い与えられてきた訳ではない。


 青磁鼠せいじねず色のしゃ織りの薄物に着替えさせられている間、八重は現実逃避気味に太蝋と結川の会話の一部を思い返していた。


『白無垢はどうされたのですか!?』

『八重の両親が用意されたんだ――一年ほど掛けて用意されたものだと言っていたかな』


 てっきり亡くなった姉の千重に用意されていた白無垢に袖を通したものだと思っていた八重は、太蝋の口から両親の親心を知って驚いた。

 しかも、嫁入り前の一年前から丹念に時間を掛けて用意されていた物だとは。

 その話を太蝋は何処で聞いたのだろうか?

 祝言の後に設けられた宴の席では、そんな会話は無かった筈。

 八重が白無垢に着替えてる際に父親が太蝋に話したのかもしれない。


(あれもこれも、知らなかったことばかりだわ……)


 太蝋の振る舞いが八重への気遣いだったこと。

 両親が最大限の想いを以ってして、八重の門出を祝ってくれていたこと。

 それらを見逃したのは自身の視野の狭さが原因だろう。

 姉の代わりに務めを果たさなければならないと言う考えで、いっぱいだったからだ。


(きっと姉様なら……)


 姉の千重なら全てにいて、そつなくこなしていただろう。

 八重は、また一つ胸の中に重石を抱え込むような気持ちになった。

 せめて、もう少し、周囲の人を見られるようになれれば……と思いながら、自分に出来るかどうか不安に思うのだった。


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