好きな癖 発表ドラゴン1-主人公を慕うヒロインに、叶わぬ恋心を抱く友人ポジション役が行う特攻攻撃。
嗜好の3題話。
「主人公を慕うヒロイン」「叶わぬ恋心」「友人ポジション役が行う特攻」
★★★★★★★★★★
敵は強大だった。強く大きく圧倒的だった。
★★★★★★★★★★
俺たちクラスが転送されてきた先、異世界。慈愛の女神「ヴェレス」が世界の崩壊を憂い、多次元世界から運命変更異分子を送り込む、その白羽の矢に射られたのが俺たちという集団だった。
深い愛情とそれに増した深い哀しみを漂わせた女神さまは、俺たちにこう言った「貴方たちの魂に相応しいギフトを授けます、どうかその力でこの世界をお救いくださいますよう」クラスメイトたちはざわめいた。自身の胸奥で灯る何かは確かに「力」を感じさせる。そしてそれは各々の脳裏にあるメッセージを浮かばせた。ある者には『無双の腕力』、ある者には『人間離れした俊足』、ある者には『炎舞う爆裂魔法』、ある者には『距離を問わぬ転送魔法』様々な力が、当事者の個性や願望に合わせて与えられていた。
俺が与えられた力は『聖光』と『全てを貫く槍』だ。
2つ以上の力を与えられたのはクラスメイトでも僅か4名、俺「西舘 樹」と、クラスで一番人気の「東山 進」あいつ「北原 俊也」と、あの子「南野 夏美」のみ。
東山は、身体能力が高く、成績も上位、背も高く姿かたちも悪くない、つまりはクラスナンバーワン。悪い奴ではない。ただちょっと無神経で傲慢で押しつけがましく身勝手なだけだ。まあ俺たちの年頃で、それだけいろいろ恵まれていればそんな風になるのは当然とも言える。俺はクラス2~3番目人気をふらふらとするポジショニングで東山とは程よい距離感で付き合っていた。今回の境遇でも上手くやる自信はあった。
東山の力は『剛力』と『斬刃の剣』
分かりやすく使い勝手の良い力。東山は「オレとオマエ、2トップで敵を倒そうぜ!」と自信満々で言い切っていた。
★★★★★★★★★★
上手くできなかったのは、あいつ「北原俊也」だ。
あいつは優しい奴だった。優しすぎると言っても良い。優しいから人に譲る、優しいから身を引く、優しいから誰の意見にも一定の賛同をし双方から憎まれる。つまりは率先して泥を被るお人よし。最初、俺も馬鹿か阿呆の何かかと思った。あれだと踏みつけにされ、食い物にされるだけだと。だがあいつの優しさは「変わらず」「決して折れることは無い」ものだった。
ある日、校庭に野良猫が入ってきた。傷だらけ目ヤニだらけ蚤だらけ。最初は「可愛いー」なんて言っていた奴らも、そのみすぼらしさと不衛生さにすぐに興味を失した。後に残されたのはお人よしの北原だけ。あいつは、こずかいをはたいて動物病院へ連れていき、各種治療を乞い願い、綺麗に洗い毎日手当をして世話をした。校庭隅で今は何も飼われていない兎小屋の使用許可を取ると、それを修繕し、そこに猫が自由に出入りできる扉を付けた。学校の飼い猫ならぬ通い猫。現金なもので、小綺麗になるとまた「可愛いー」と寄ってくる奴らがいる。そんな奴らを含め、幸せそうに見ていることが出来るような、ひとの好い奴だった。その猫が、近所で評判の猛犬に襲われたとき、身を挺して庇い、守り、脚を十数針縫われるような裂傷を負って、なおかばい続ける根性がある奴だった。
地味で目立たなくても一本筋が通って粘り強い。普通なら「それなり」にではあるが評価される存在だろう。だがなんというかあいつは「間が悪い」というか「場が悪い」というか「覇気がない」というか貧乏くじばっかり引いていた。掃除当番に学校行事、ありとあらゆるところで雑用役を押し付けられ、そのうえ、目立ち、人に評価されやすい業務だけはきっちり他人に取られる、それでも穏やかに笑っていられるような奴。俺は奴の評価を保留した。たぶん立派だとか強いとか、そういうのはあいつのような奴を示すのではないか、そんなことを俺だけは……いや俺とあの子「南野」だけが、きっとあいつの価値に気が付いていた。
そんな北原の力は『御使いの勇者』と『全能力』だった。
★★★★★★★★★★
この世界にきて、まず一つ目の困難はサバイバルだった。俺たちは「女神さまの祝福」以外に何も与えられず閑静な森のはずれに降り立っていた。この世界の何も分からない。まずはそこで「自給自足」から始めなければならなかったのだ、つまりは野宿。やれ寒いやれ濡れる、喉が渇いたお腹が空いたと騒がしく喧しいことこの上ない。そんなクラスメートの欲求を満たすため、俺は戦闘に長けていそうな「力」を持つ者たち数名を集めて周囲を探索した。まずは水、そして寝床となる場所の確保、その上で可能なれば現地人との出会いと交渉を進めたかった。
人の足が踏み入れていない森は草深く、踏破するだけで困難だった。やっと小川を見つけ、清流まで遡上し、小さな池のような場所を得て、さてここをキャンプ地とすると決めてから、次の問題である食料調達。技長けたやつは小魚を釣り上げるが30を超える数の胃を満たすまでは届かない。野の獣を捕まえても、血抜きに解体の仕方が分からない。おまけに塩や調味料が無い食事に不平不満が出る。まさしく地獄の集団生活スタートだった。そんな中、各々の力についての「情報交換とクラス貢献」という相談会が始まったのだ。
俺や東山の力は分かりやすい。戦闘向きであり狩猟にも対応できるものだ。武器は「木の棒」から始めたが、力を込めて振るえば狼や熊も倒すことが出来た。
そしてあの子「南野夏美」の力は『癒し』と『浄化』だった。
あの子の力は、当初の野宿生活から大いに役立った。食べられるどうかも分からない動植物を使った食事は腹痛を起こす奴を誘発するし、夜気に濡れ風邪や体調不良は続出する。それをあの子は、ひとりひとりに優しく明るく真摯に対応した。南野は、派手ではないが整った顔立ちの、折り目正しく、物おじしない女の子だ。「あたしも西舘君みたいに、派手に暴れられる力が良かったな」と夕食の席で言われたことが何度かある。それは連日連夜、ぶっ倒れ続けるクラスメートの介護をこなして、それでも疲れた顔を見せず、苦労と怪我の多い俺の立場を思いやっての発言なのは表情を見たらすぐ分かった。「頑張ってね、クラスのヒーローさん」そんな軽口まで叩いて俺を鼓舞してくれた。そういってあの子は北原のもとに駆けていった。あの子は北原の幼馴染。幼い頃から家族同然のように過ごしていた間柄なのだと知ったのはその頃だった。
そんな日々の中、立場を悪くしたのは北原だった。厳密にいうと「東山の発言で立場をより悪くした」のだった。
あいつ「北原」の力は分かりにくかった。『御使いの勇者』とは?『全能力』とは? なんだか偉そうで、なんだか格好良さそうだけど、結局どんな能力なんだ? 把握しにくく、即時役立ちにくかった。控えめだったあいつの態度も悪い方向に転んだ。結論としてあいつはクラスメートたちの「嫉妬と猜疑と蔑視」を一身に受ける立場になった。北原にとって厳しい日々となった。
やがてサバイバルの日々は終わり、世界の住人と接触し、しかるべき人と出会い、神殿のお墨付きを受けた俺たちが、まっとうな武具に防具や道具を持って旅立った時、北原の『全能力』というのが「クラスメートたちの力と同種」ということが判明した。あいつの力はオールマイティな状況に発揮できるものだったのだ。
分かると今度は東山は「なら俺と『剛力』で勝負をしようぜ」などと言い出した。毎日の獣狩りや魔物退治で力を使い経験を積んでいる東山と、つい先日にその意味が分かった北原では勝負になるはずもない。あっさりと北原は負けた。「なんだ使えねぇな」そういった東山の、内心ほっとした表情を見た時、東山を傷つけなくて良かったという表情を見せた北原を見た時、俺は元の世界で抱いていた判断を確信した。
東山は北原に「チームにおけるバックアップ要員としての習熟」を要求した。つまりは、東山の『剛力』や『斬刃の剣』と同じように、俺の『聖光』や『全てを貫く槍』と同じように、南野の『癒し』や『浄化』と同じように、それぞれを鍛えるべきだ、というものだ。
俺は反対した。経験と成長のリソースは集中して使うべきだ。確かに保険としてバックアップ能力があるのは利点となるが、複数の能力に向けて経験を剥けたら、きっと成長ペースは遅くなる。習得も困難だろう。戦闘や回復の能力は、他のクラスメートが持つ別の力でも補填できる。むしろここは、今だにその力が判明していない『御使いの勇者』にリソースを割くべきだ、と。
俺の意見が正しいとは限らない。だが、女神が示した目的、その達成を目指すなら、どう考えても『御使いの~』というフレーズが重要なのは間違いない。俺は内心「この集団のリーダーは北原であり、俺たちこそがリーダーのサポート役であり露払い役である」という予感を抱いていた。だが下手にそんなことは言えるはずもなく、東山の意思も固く、他のクラスメートたちの多くも、現実世界とこの世界でリーダーとして振舞っていた東山の意見を押した。たぶん皆は恐ろしかったのだ。この世界の暴力と恐怖と死、そして東山に怯えていたのだ。俺はクラスメイトを説得をすることが出来なかった。
★★★★★★★★★★
皆がことごとく倒れ伏している。目前には、この世を破砕し、奪取せんと蠢いていた暴虐竜「セマルグル」が立っている。7つの首を持つ竜にして、人の姿を模せる魔物の王。俺たちは奴に挑み、そして敗れた。東山は俺の右側で上半身と下半身を分かたれて絶命している。俺は頭部に一撃を食らって、ひどい裂傷を負った。血がとめどなく流れている。右腕の尺骨もどうやら折れているようだ。そして多種多様な力を持つクラスメートたちが俺と東山の周囲と背後で倒れている。まだ息をしているのは何人だろう? 俺が把握しているのは数名だけ。あの子――「南野夏美」は俺のすぐ隣で「北原俊也」をその身体で守るように覆いかぶさり倒れている。北原はありとあらゆる力を使って俺たちをサポートし守り続けた。そんな北原を南野が守った。最後の力まで振り絞り、その力尽きた時、己の身体で守ろうとして、そして倒れた。気を失っているのだ。彼女の髪と額が泥と血で汚れている。俺は指先でそっと彼女の額に触れ血をぬぐった。俺の血だった。彼女に大きな傷は無い、呼気もある。俺は安堵のため息を付く。
暴虐竜「セマルグル」は、精悍な青年の姿で立っている。全身は縄のように引き締まっている。爬虫類の瞳と、唇から見える獣の牙、それがなければ凛々しい戦士のようだ。だが全身の肌の各所にはあらゆる動物の要素が見え隠れしていた。羽毛であり蹴爪であり尾であり鱗が蠢いている。
「弱い!弱すぎる!女神の使徒がこの程度とは!興ざめだ!」
天を仰ぎ見て、哄笑と共に叫んでいる。
「なんという弱き力、弱き魂!女神が選別した者たちがこの程度とは!」
喜び、怒り、嘆くかのように声を重ねる。
「我を脅かすのに、この程度しか用意できぬと申すか、女神よ! この程度で! かような弱者で! ーーお前、良き魂をしておるな」
突然に声のトーンが変わった。ふらつく身体を必死に抑えて、俺はゆっくりと起き上がる。先ほどまでは天に牙を剥いていたセマルグルが、こちらをじっと見ていた。先ほどまでの高揚した声とは変わり、悠然とした、余裕のある、強者であり勝者の声音だった。
「お前には欲しいモノがあるな?」
俺の心を射抜くような瞳。
「お前、いまのままでは、欲しいモノを手にすることは絶対にありえまい。お前が欲しいと恋願うものは未来永劫に手に入るまい。だが我に参じれば、こちら側に来たならば、お前の望みは全て叶えてやろう。どうだ?」
ゆっくりと彼女から視線を放す。立ち上がる。
「魅力的なお誘いありがとう」
セマルグルはにたりと笑った。獣の牙と蛇の舌。
「我に従い、我に従属すれば、お前の望みは全て叶う。それが契約だ」
槍を支えに背筋を伸ばす。奴を見据える。
「だが俺の望みは、彼女の願いが叶うことなんだ。俺の願いではなく」
セマルグルが訝しむ。
「何を申して――」
俺は一気に駆けた。奴に向かって真っすぐに。
俺のギフトは『聖光』と『全てを貫く槍』だ。聖光は魔物を打ち払う、だが俺の聖光は奴の眼をわずかに焼くだけだった。俺の槍では奴を捉えることが出来なかった。俺の力では奴に及ばない。だが俺の槍は『全てを貫く』のだ。それは魔も聖も等しく貫けるということだ。俺の聖光を俺の槍で貫いたらどうなるだろう? 蠟燭の炎は最後に大きく燃えるという。聖光も、最後の瞬間ならば大きく煌めく可能性が無いとは言えまい。
俺の背後で、まだ息のあるクラスメートのひとりが『距離を問わぬ転送魔法』の準備をしているのに気がついていた。何度も強敵と戦った、その際の緊急離脱フォーメーションはまだ生きている。俺の立って「いた」場所を中心に、転送の為に最後の魔力を込めているはずだ。
「北原!後は頼んだぞ!」
好きだった。あの子の笑顔が、声が、全てが愛しかった。あの子の心、願いが、希望すべてが俺の心を捉えて離さなかった。俺は俺の望みを叶えてみせる。そして北原、本当に強いお前は、きっと――
閃光が爆ぜた。
★★★★★★★★★★
【終】
★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★
情景が浮かんだので書き留めてみた作品。
※注1:X(Twitter)での発言を見て書き込み。構想に1晩。執筆時間約4時間、訂正修正約30分。
※注2:転送魔術師ちゃんは、槍の俺君のことを秘かに好きだった設定も生えそう。こんなの無限に書けそうやん(やめれ)
★★★★★★★★★★