いとし、かなし、いとはかなし
「離さない」
知らなかった。この人が途方もない激情を体の内に飼っていたなんて。自分を抱き締める腕の強さにそれを知る。
「……うん」
肩越しに藤の花房が青く揺れてにじむ。甘く薫る風に、伝えたい言の葉はさらわれてしまった。だから、耳許で囁かれた求めてやまなかった五文字ごと、目の前の体を大事に抱きとめる。
抱き返す力は、息が詰まりそうなほどで。ずっとこの人はこうしたかったのだと理解する。今までは退路を用意されていたのだ。始めからそんなもの必要なかったのに。
霞のようにたなびく藤の花園に二人きり。音もない今ここにあるものがすべて。
ああ、夢みたいだ。眦からよろこびがひとつぶ。
薄むらさきの檻はやがて朽ちるだろう。だからあなたの、白く永遠の腕の中にこのままずっと閉じ込められたい。
幼稚園には藤棚がありまして、私はこの花が成長すると葡萄になるんだと思ってました。
 




