第八話 立ち塞がる、牛骨王
休息を終えた俺達は、2階層から4階層を踏破し5階層へと辿り着いた。
この階層は他の階層とは打って変わり、遭遇する魔物の全てが骨型の魔物で構成されていた。
盾や剣に弓など、多彩な武器を持ち、集団で此方を殺しにくるスケルトン兵。
スケルトン兵といってもただのスケルトンではない、一体一体の個体が強い。
階層の所々には、奴等に殺された人間の死体や装備が転がっている。
多分、奴らが手にしている武器は全部、この階層で殺された者達の物だろう。
ここまで辿り着いた人達は、かつてどれほどの強者だったのだろうか…
最下層は例外として、1階層を突破する事だって至難の業の筈だ。
死人となり、骨となった彼等に聞くことは叶わないが。
しかし、この階層は魔物の数が多いな。
凶暴性も高くなって来た気がする。
また一階層から4階層で遭遇した魔物達と違ってこの階層の魔物達は集団で群れている個体が多い。
異常に発達した角を持ち凄まじい速度で突進してくる骨牛の魔物の群れ。
大量の人骨で構成された巨大な大蜘蛛。
そして何よりも厄介なのは、5mを超える巨体を持ったスカルワイバーンの群れが遺跡の空を徘徊している事だ。
一匹一匹が圧倒的な戦闘力を持ち、骨とは思えない程の攻撃力と音速を超えるスピードで此方に向かって襲いかかってくる。
この階層に辿り着いた殆どの者が、このスカルワイバーンの脅威に晒されたに違いない。
ボロボロになった衣服には、大きな爪で引き裂かれた痕が残されている。
俺は苦戦しつつも、全ての魔物達を蹂躙し次の階層へと繋がる巨大な扉の前に辿り着いた。
しかし、他の階層と異なるのは、次の階層へと進む転移魔法陣の前にこんな巨大な扉は存在して居なかった。
扉のすぐ近くには、壁に背をつけて力尽き白骨化した死体が幾つも転がっていた。
何故、彼等はここで死んでしまったのだろうか?
俺には何処か、諦めて此処で死を受け入れたようにも感じられる。
一人の白骨化死体の側に、一枚のボロボロになった羊皮紙が落ちていた。
俺は、それを拾い上げる。
「これは?」
「恐らくこの者が死ぬ間際に残したメッセージではないのか?」
ああ、よく見れば薄っすらだが文字が書かれていた。
俺はその内容を解読できる部分だけ、読み上げる。
「『この6階層へと続く扉の前に辿り着いた同胞達へ。この扉を開いた時、君達の希望は絶望へと変わるだろう…奴はあまりにも強かった…私達はこれでも、かつてはこの世界に名を馳せていた英雄だったのだがね。この階層を突破するには、奴を倒さなければならない。だが、私は心が折れてしまった…仲間は死に、私も奴に敗れた…それでも尚、挑戦するならば勝負は一瞬で…君の持つ最高の技をぶつけるんだ…最も、私の攻撃は通じなかったが…幸運を。』」
俺は、羊皮紙を閉じ持ち主の側に添える。
「どうやら、この扉の先に主が居るのだな。」
「主?」
「ああ。簡単に言えばその階層を守護するボスの事だ。この遺跡は恐らく10の階層で構成されている。
その場合、五階層毎にその階層を守る遺跡主が存在し、突破するにはその主を倒すしかない。」
「なるほどな。」
まるで、ゲームだな。
つまり、この扉の先に五階層と六階層を繋ぐ道を守護するボスが待ち構えていると言うことか。
「どうする?」
「分かりきった事を聞くなよ。」
確かに、彼等が諦めた理由もよく分かるよ。
まだ扉を開いてすら居ないのに、尋常じゃない殺気が伝わってくる。
一体、どんな化け物が待ち構えているのだろうか。
「ディナ…」
「安心しろ、手は出さない。」
俺は、ゆっくりと扉を開く。
中に居たのは…頭蓋骨や人骨などで造られた玉座に腰掛けるスケルトン。
全身に纏った漆黒の鎧。
隻眼、そして紅く煌めくもう片方の瞳。
巨大な骨角。
部屋全体を覆う、殺気と膨大な魔力。
「ほう…漆黒を纏う骨王か。」
漆黒を纏う骨王。
そう名を呼ばれた魔物は、ゆっくりと玉座から立ち上がる。
5メートルを超える体躯。
彼は、重たい鎧を身に纏いながらも、玉座の側に突き刺さっていた巨大な大剣を軽々と持ち上げる。
圧倒的なプレッシャーが身体に伸し掛かる。
ディナを除いた、これまで出会った全ての魔物よりも強い…それも桁違いに。
だと言うのに…俺は今、武者震いが止まらないっ!
俺は強者と戦えるこの状況に、歓喜している。
自分が自分じゃないような…そんな事どうでも良い…ただただ、楽しみだった。
《ワガナハ、スカル・キング。ナンジノ、ナヲキコウ…》
「龍斗…出雲龍斗だ。」
《ヨイナダ、サァ、ハジメヨウゾ!コザイクモ、セリアイモ、フヨウ!タダイチゲキ!タガイノ、スベテヲ以って、殺シ合オウ!》
漆黒を纏う牛骨王は歓喜していた。
永きに渡る孤独と退屈。
与えられた使命を果たす為に、数多の人間を魔物を屠って来た。
その中には、英雄と呼ばれた者も勇者も居た。
されど、どの者も彼には及ばず皆が敗れた。
己の全力をぶつける事も出来ず、たった一撃で。
唯一、己が見逃したかの者は厄災に敗れ命を落とした。
その約束を果たす事なく。
つまらぬ、つまらぬ。
とうに自由は諦めた。
あの忌々しき女神を討つ事はとうに諦めた。
己の役目さえ、とうに忘れ去った。
あるのは、ただただ…この消える事の無い野望。
叶う事なき夢だと諦めた。
あれから幾ばくの年月が経ったか分からない…久方振りに、哀れにもこの地に堕とされた人の子が現れた。
此度もハズレか…そう思ったが、それは思い違いであった。
目の前に現れた者達…一人は、この世界の摂理より外れた龍の神にして邪に堕ちた哀れな龍。
そしてその隣に居るのは、邪に堕ちた龍に見染められた番…この世全てを焼き尽くす怨讐の煉獄を纏った少年。
かの少年こそ、我が身を殺し得る敵。
漆黒を纏う牛骨王は、漆黒の大剣を構える。
龍斗もまた、禍々しい龍鎧を身に纏い戦闘体制に入る。
勝負は一瞬。
2雄の間には、ただそれだけで構わない。
もはや、互いの使命など忘れ…彼等は、ただ目の前の相手を見据える。
この神聖なる一騎打ちに水を刺さんと、愚物共がうじゃうじゃと集まってくる。
が、かの邪龍は其れを赦さない。
我が愛しき番の勇姿に水を刺す愚者は滅さんと…その荒々しい力で其れ等を蹂躙する。
100を超える魔物の群れを唯一人で、部屋の外へと吹き飛ばし扉を閉じる。
邪魔者は、かの者によって排除された。
ならば、満は辞しされた。
《漆黒を纏う牛骨王・アステリオス…》
「『怨嗟ノ死龍・リュート=イズモ」
踏み込みは、同時。
アステリオスの大剣が勢いよく振り下ろされる。
圧倒的な巨体から繰り出される一撃の間合いは大きい。
龍斗の身体ではこの圧倒的な体格差による間合いを詰める事は容易では無かった。
では、どうするか?
《ムゥ!?》
アステリオスは、驚愕する。
龍斗は自らの腕を犠牲にして、力技で間合いを詰めて来た。
しかし、歴戦の猛者たるアステリオスはすぐさま反撃の拳を振り下ろそうとする。
が、遅い。
「終わりだ、偉大なるアステリオス。」
神龍鎧装を纏った凄まじい一撃がアステリオスの心臓を穿つ。
そして、ガチャと機械音が鳴る。
刹那ーー灼熱を超えた核熱の黒焔の波動砲が放たれる。
《ミゴト…》
その場に有った全てを燃やし、溶かし尽くした。
勝敗は決した。
これまで数多の猛者を葬り去って来た、漆黒を纏う牛骨王たるアステリオスは完全に消滅した。
《レベルが上がりました》
《レベル3→レベル4》
 




