第七話 束の間の休息
「さぁ、好きなだけ飛び込んでこい。」
そう言って彼女は、両手を大きく広げて蠱惑的な笑みを見せる。
動く度にぶるんと揺れる胸を見て膨れる邪な気持ちを抑えて、戦闘体制を取る。
一見、ただその場に突っ立ってるだけに見えるが…アレで、隙は全く無い。
神龍眼を用いても勝てるビジョンが浮かばず、何処を攻めても返り討ちに遭い殺される。
つうか、既に3回は死んだ。
一回目は、頭を吹き飛ばされて。
二回目は、身体を消し飛ばされて。
三回目は、ただの魔力の重圧に押しつぶされて。
【龍ノ番】によって両方が死なない限り、蘇ると言っても…死んだ時の痛みや感触は身体に鮮明に焼き付いている。
レベル4に到達して、ステータスも200000を突破して、神龍鎧装やありとあらゆる手段を用いて、戦ったのに全く勝てるイメージが湧かない。
これが、神へと至った者の領域なのだと理解したと同時に、自分の弱さを痛感した。
この鍛錬に何の意味があるのかと、問うたが…対人戦の経験や死の感覚に慣れ、いざという時に死を恐れない為の訓練だと言った。
それにしてもスパルタ過ぎる…普段はあんなに、俺の事を愛い奴だと言って甘やかして来るのに…二重人格を疑うね。
だが、彼女は俺の為に厳しくしてくれているのだ。
全力でそれに応えなければ、彼女に失礼だろう。
俺は再び、彼女に立ち向かう。
魔力を足に集中させて、音速を超える速度で彼女の背後を取る。
そして、その細い首筋目掛けて回し蹴りを放つ。
が、次の瞬間…俺の身体は捻じ曲がり、吹き飛ばされる。
「神龍鎧装ーー起動。
ーー『地天失墜せし全能龍』
ーー絶技『天螺』」
神龍鎧装と絶技。
龍族を最強垂らしめる絶対的な切り札。
元々の龍のスペックに神龍外装を纏う事によって、その力を更に引き上げ、ありとあらゆる魔法や物理攻撃を無効化する。
そして、神龍鎧装を纏う事によって使用可能となる絶技…これは、龍族の纏う神龍鎧装によって名前や能力が異なる。
神龍外装は、強いが故に、弱点も存在する。
それは、魔力の燃費が多い。
纏うだけで、10000の魔力を消費し維持し続ける度に1000の魔力を消費してゆく。
今の俺では、全身に神龍鎧装を装備して全力で戦えるのは2時間が限界だ。
そして、俺が扱える絶技も強力だが少ない…
が、彼女は例外だ。
神龍の名を冠した者は、龍族全ての神龍鎧装と絶技を再現出来るのに加えて、魔力を全く消費せずに一生纏った状態で戦える。
因みに今、彼女が放った絶技は『天螺』、鎧に満ち溢れる龍気を螺旋状にして殴り放つ技。
本来なら、この技を打つのには莫大な魔力と龍気を必要とするのだが…彼女は、そんな大技を普通のパンチの様に何度も放ってくる。
受ける側からしたら、恐怖でしか無い。
因みに、龍気とはその名の通り龍のみが持つ力の奔流。
仕組みは人類に属する種族が持つ魔力とほぼ同じと言って良い。
龍気とは神龍鎧装と同じくその龍の魂を形に表した物。
その力の大きさによって龍は上下関係を決める。
より龍気が多い程、強く優れている。
俺の目の前に立つ邪神龍様は、正にその名に相応しい程の龍気を有している。
俺の魔力が200000だとすると、その100倍はある。
俺が目指すべき道は、余りにも遠すぎる…
その後も、何十回も殺され続けてようやく地獄のスパルタ訓練が終わる。
「はぁ…疲れた…あの魔物達と戦うより疲れる…」
「だが、初めて会った時よりも間違えるほどに成長したぞ?少し気になったのだが、あっちの世界では何かやっていたのか?」
俺を背後から抱きしめながら、彼女は質問する。
「ああ、近接格闘術や剣道や暗殺術は学んでたな。」
「リュートは裏世界の人間だったのか?」
「まぁ、そっち側寄りだな。ある人の護衛として幼い頃から学んでた。」
「それが例の、おさななじみ?とやらか。」
「まぁな。」
まぁ今の藍那には護衛なんて必要ないと思うけどな。
確かに、小さい頃は俺が彼女を守っていたけど、大きくなるにつれてその必要すら無くなる位に、強かったし…
その所為で、俺は…彼女に償い切れない程のミスを犯してしまったんだがな…
「そうか。お前はその女に再会したいと思うのか?」
「まぁ、出来ればしたいと思ってる。アイツは優し過ぎるから、心配だしな。」
「そうか…ふーん。」
ん?
なんだディナの様子が少し変だ。
ふと、振り返ると彼女は餌を沢山口に含んだリスの様に頬を膨らませていた。
まさか、嫉妬してるのか?てか、可愛いな。
「嫉妬してんのか?」
「し、しておらん!」
「安心しろよ。例え俺にどんなにハーレムが増えようとも正妻の地位はお前しか居ない。」
「ほう?私を一番と思いながら、堂々と浮気宣言か?いい度胸だ!」
いてててて!?
俺を抱きしめる腕の力が強くなって来た!
じょ、冗談だよ?半分は!
「じょ、冗談だよ!」
「ダメだ。お仕置きだ。」
彼女は、悪魔の様に微笑むと…腕の力を更に込めて、俺の身体をさば折りにした。
お仕置きってレベルじゃなかった…し、死ぬかと思った…死んだけど!
「まぁ実際の所、私自体はハーレムを悪いとは思わんよ?我が番はとても愛くるしいからな…お主の良さに気付く者が居るなら私は大歓迎だ!さすれば、邪神の眷属の効果もより強力になるからな。だが、迎えるのは女だけだ!男なぞ我が番だけで充分事足りるしな。」
冗談で言ったつもりだったのだが、どうやら彼女は本気らしい。
でも確かに、俺が新たに得た【邪神の眷属】の効果を最大限に活用するなら共犯者を集めたい所だ。
俺自身は、共犯者なら男でも構わないが…ハーレムは男の夢だしな…それに此処は異世界、俺の憧れた異世界。
「その為に俺は、異世界に召喚されないかなってガキの頃から夢見てたんだぜ?」
「あ?私では不満か?不満なのか?なぁ、不満なんだな?」
「こ、怖い…!」
ここ数日で、彼女が生粋のヤンデレ属性だと判明した。
とにかく愛が重いし、たまに変な方向に向く。
別に俺はヤンデレもメンヘラも嫌いでは無い、どちらかと言ったら好きだ。
ディナの事は、異性としてとても好意的な目で見ている。
彼女が俺に恋愛感情を求めてくれるなら、俺は喜んでそれを受け入れる。
女に好かれて嫌な気になる人間は居ないだろ。
「だがまぁ、優先順位は復讐だ。これが揺らぐ事はない。」
こんな冗談を言い合っても、俺と彼女の中に煮え滾る復讐の焔が消える事はない。
むしろ、増え続ける一方だ。
奴らは今、どんな顔をしているのだろうか…
今頃、この異世界を謳歌しているのだろうか…
人を陥れた癖に、笑っているのだろうか。
笑っていられるのも今の内だ、その笑顔が絶望に変わるまで追い詰めてやる。
「ふむ、やはり心配だな。今の内に私が一番だと身体に刻んでおいてやるか。」
「え?ーーちょっ!?」
俺はいつの間にか、ディナに押し倒されて居た。
俺を押さえ付ける手の力は凄まじくぴくりとも動かす事が叶わない。
しかも、あっという間に俺の衣服は脱がされてしまった。
「観念するが良い、お前は黙ってただ私に身を委ねれば良い…そして光栄に思え、この偉大なる処女を捧げる番に選ばれた事を!
リュート、愛しているぞ。」
どうやら、俺に断る選択肢はないらしい。
異世界、最高。
この瞬間だけはそう思ったのであった。




