第七十六話 駆け引き
遅れてすんません
この場にいた誰も彼もが驚愕する。
情報に精通している者ならば誰もが知っている。
冷静だったコンボヴァルでさえも、彼女の正体に驚いている。
その美貌。
その躰。
その神々しさ。
その耳。
神に愛されたであろう美しき顔に、誰もが目を奪われる。
狂わしいほどに美しい。
彼女の前では、男も女も関係なく狂ってしまう。
叛逆姫アルレイヤ・ペンドラゴンとはこの世界でも"異質"な存在である証明でもあった。
「これは……まさか、アルレイヤ・ペンドラゴン本人とは……」
驚くと同時。
コンボヴァルは、これまでの行動に合点がゆく。
「なるほどな。貴様達の目的は予想するに容易い。あの姉妹は叛逆の神女の棲家を知っている…だから貴様は、あの姉妹に居場所を教えて貰い、その引き換えに協力したと…円卓騎士団もお前が?」
「ええ」
「いや、違うな」
「……?」
「貴殿は確かに強いだろう。だが、たった一人で円卓騎士団…そして円卓十剣を複数人相手にして勝てる筈がない」
コンボヴァルが指示を出す。
側に居た、女が前に出てくる。
粗末に纏められた赤髪。
獣のような鋭い眼。
背には大剣。
顔立ちは何処かで見た事があるような…
「この女は、屍の使徒でこの俺に継ぐ実力者アーレム・シュライラだ」
やはり、何処かで見たことがある。
アルレイヤは、そう感じていた。
その疑問に応えるかのように、コンボヴァルが言葉を続ける。
「貴様が殺したアーラム・シュライラの妹だ」
その名前を聞いてようやく合点が行く。
アーラム・シュライラ…その名前はよく憶えている。
アルレイヤを最も追い詰めた最強の傭兵団"栄光の渇望者"のリーダーを務めていた女。
アルレイヤが殺したのではない。
アーラム率いる栄光の渇望者はリュート達によって殺された。
"剣鬼"と謳われた恐ろしい剣士であり。
かつて召喚された異世界の勇者の血を引く家系。
コンボヴァルは嘘を付いていない。
「姉が世話になったようね。姉の不始末は妹である私の仕事…言っておくけれど、私は姉よりも強かったよ?」
「…………」
未完の聖剣が如何に本来の力よりも劣っているとはいえ、切り札を使っても尚…栄光の渇望者に勝てるかは五分五分だった。
アーラム・シュライラとは、斬り結んだ。
その時、彼女は紛れもない強者であった。
そんなアーラムよりも強いと彼女は豪語した。
嘘ではない。
ならば、彼女は相当に手強い相手だろう。
「そしてこの俺は、この女よりも数段強いぞ。理解したか?貴様はすでに詰んでいる」
アーレムの視線は常にアルレイヤを捉えている。
腰の剣に手を掛け、いつでも動けるようにしている。
アルレイヤが妙な動きを見せれば、アーレムはすぐにでも攻撃態勢を取るだろう。
森が霧と暗闇に覆われる。
漆黒の闇が彼等を包む。
「我々の戦力は十分整っている。力も武器も頭脳も全て揃っている。たとえ、貴様が円卓騎士団を滅ぼしたものであろうとこの俺達に勝つことなど不可能だ」
コンボヴァルの目が下卑た物に変わる。
アルレイヤ・ペンドラゴンの身体を舐め回すように見定める。
屍の使徒の構成員達もまた同じように。
誰も彼もが、アルレイヤに夢中になっている。
「さぁ、どうする?お前が妙な動きをするというのなら、このアーレムがお前の身体を斬り刻むだろう…そうでなくとも、矢の雨がお前を串刺しにする」
アルレイヤが後方の退路を確認する。
が、此処である事に気づく。
先程とは違い、人の気配がする。
「無駄だ」
そう吐き捨てる。
「言ったであろう?お前は既に詰んでいるのだ」
アシントの一人が賛辞を口にする。
「全くコンヴァル…貴殿は恐ろしいな。ここに至る全てが貴方の計略通りだ」
「アルレイヤ・ペンドラゴン。お前が我々を釣り上げる餌であったように我々もまた貴様を釣り上げる餌であったのだ」
コンヴァルは、愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
「貴様はまんまと騙されたんだ」
屍の使徒は、コンボヴァルが率いていたこの部隊だけではなかった。
自分達という史上の餌を囮に、更にもう一つ部隊を分けていた。
第二部隊は、奇襲や隠密に秀でた部隊で構成されている。
「武器を捨てて投降しろ。そうすれば命だけは助けてやろう…だがまぁ、それ以外の保障はしないがな」
コンボヴァルや屍の使徒達の視線が一気にアルレイヤの躰や顔に集中する。
目の前にいる極上の食事に手を付けない者など存在するだろうか。
「……」
背後と前方。
完全に囲まれた。
逃げ場はない。
一歩でも動けば、命はない。
アルレイヤは額から汗を流す。
「さぁ、終わりだ」
もはや、打つ手なし。
そう判断したコンボヴァルの意識は完全に彼女に集中した。
アーレムも、屍の使徒の構成員達もまた例外なく。
この場にいた全ての者が、アルレイヤに釘付けになった。
たった一人を除いて。
コンボヴァルは一つ、読み違えている。
彼女が冷や汗を流した理由は、窮地に追い込まれたからじゃない。
彼等は見誤っている…この全てがたった一人の少年によって仕組まれた者だという事を…知っているから。
しかし、誰一人として気付いていない。
背後で起きている異変に…
茂みの奥で蠢く、大きな闇が屍の使徒を呑み込もうとしている事に。
紅き瞳が、暗がりから覗く。
其処にいる全てを捉える。
「ーー『邪龍の禁言』ーー」
言の葉が紡がれる。
「む?」
その微かな声にコンボヴァルが気付く。
その事実が、彼が紛れもない強者である事を決定付ける。
しかし、その実力が解き放たれる事はないだろう。
何故か。
理由は明白である。
次に紡がれる言の葉は…
あらゆる全てを縛りつける怨念の呪言なのだから。
「ーー『動く事を禁ずる』ーー」
漆黒の"龍"が顕現する。
次回の更新は未定です。
なるべく纏めて投稿していきたいので、執筆頑張ります。




