第七十三話 時間稼ぎ
お久しぶりです。
集団の先頭を歩いていた大男がピタリと足を止める。
後ろに居た部下達にも一時停止の指示を出す。
「コンボヴァル様、どうしましたか?」
そばに居た女が声をかける。
大男…コンボヴァル。
黒いローブを身に纏い、背中には布に包まれた棒状の何かを付けている。
周囲を見渡し、指示を出す。
部下達が明かりを消す。
「あそこをみろ」
コンボヴァルが、指を刺す。
其処だけ妙に、茂みが左右に別れていた。
まるで誰かが通ったあとのような。
「まだ新しい。恐らく標的はまだ近くにいる。先陣はまんまと騙されてしまったのうだな」
「では、部下達に探させますか?」
「いや、やめておけ」
「?」
「アレは、恐らく罠だ」
「罠…ですか?」
「ああ。囮を用いて先陣を欺いてみせた者達があのような馬鹿でも分かるようなミスをする訳がなかろう。恐らくは敢えて痕跡を残した。そして、我々がその痕跡に近づいた瞬間に奇襲を仕掛ける…と言った策だな。このようないやらしい策略をあの愚直なプレイアンデルが考えるとは思えん…恐らくは、協力者が居る」
コンボヴァルは、確信した様子でそう断言する。
そもそも、プレイアンデル姉妹がこの聖王国から脱出を試みた時点でその可能性を考慮していた。
コンボヴァルという男は頭が切れる。
元々は、とある国で軍人として働いていた時に培った驚異的な洞察力には自信があった。
「そして、その協力者はすぐそこに居る」
コンボヴァルの言葉を聞いた、屍の使徒の構成員が茂みの向こうを警戒する。
弓を構える。
短剣を拔く。
迎撃体制を素早く取った。
「出てくるが良い。我々に奇襲が通じない事を理解した筈だ」
茂みが揺れる。
そして、人影がゆっくりと現れる。
月夜の光が、人影を照らす。
光に照らされ姿を現したのは、一人の女。
不気味な仮面を付けた、女の姿。
ほう、と興味深げに声を上げる。
「蛇乙女の騎士…か。かの英雄王伝説に登場する美しき女騎士…おもしろい」
女の剣は、すでに抜き放たれている。
刀身が美しい純白に染まった剣。
ただ静かに、コンボヴァルの前に立ち塞がる。
コンボヴァルが声を上げる。
「巨人姉妹と少女達を我々に渡せ。さすれば、この場から見逃してやろう」
無論、嘘である。
協力者は例外なく殺す。
己の立場を守る為に、知り過ぎた者は始末する必要がある。
ただ、女だ。
利用価値もある…色々と。
「断る、と言ったら?」
「殺す。この世の物とは思えない程の苦痛の果てに」
「…………」
「禁術の前に貴様は、自ら死を求めるだろう」
「一つ、貴方達が本当に叛逆姫と円卓騎士団を殺したのですか?」
「ああ。だから無駄な対抗はするな。潔く諦めて、奴等を差し出せ…」
「……」
女は未だに剣を抜き、警戒を解かない。
「なるほど、時間稼ぎですか」
「!」
コンボヴァルの言葉に、女は僅かに反応した。
その反応を見たコンボヴァルは、確信した。
「全員、戦闘体勢」
指示が出される。
穂先が禍々しい色に染まっている矢が、女に向けられる。
狙いがバレたというのに、女は平然としている。
「あら?禁術とやらは使わないのですか?」
女はやや、嘲笑を含めてそう言った。
「尤も、それが本当に禁術であればの話ですが」
「どういう事かな?」
「禁術とは、かつて失われた古代の技術の中でも女神によって使用と存在を禁じられたものの事を指します。
例えばそうーー毒、とかですかね」
毒…。
女の放った単語に、コンボヴァルを含めた屍の使徒の構成員が動揺する。
禁術の中でも転移魔法・召喚魔法・異界禁文などの次にその名を恐れられ存在すら消された筈のモノ。
各国でも限られた者しかその存在を知らない、今では廃れた古代の技術。
「知っているのですか」
「ええ。数千年前まではその名を知らない者はいないほどでした」
「数千、?何を」
彼女がまだ王であった時も、確かに存在していた。
毒を使うのは、暗殺者と呼ばれる組織。
依頼者の依頼に従い、影に潜んで人を殺す事を生業とした恐ろしい集団だ。
そんな彼らが好んで使っていたのが、今では禁術として忘れ去られた"毒"である。
「確かに、"毒"ならば禁術と呼ぶのも納得が行きますね」
「その通りだ」
「そして同時に…禁術であるならば、あの無敵に等しい円卓騎士団を全滅させたと言うのも納得してしまう者が多いでしょう。
真正面から争って全滅させた、では誰も信じる者がいない。
しかし、禁術と呼ばれる力ならば円卓騎士団を討ち破ったと言っても説明がつく」
「そこまで理解しているとは…その通りだ。我々は、その禁術と毒の存在を以って、円卓騎士団と叛逆姫を殺したのです」」
それならば、確かに完全に否定することは難しくなる。
あの最強と謳われる帝国の円卓騎士団と円卓十剣と戦ってアルレイヤ・ペンドラゴンが生きて帰れるとは思えない。
どころか、円卓騎士団も叛逆姫も何者かによって殺された。
その正体を誰も知らない。
最強の象徴である円卓騎士団を滅ぼした存在が誰か、当てはまる人物が思い浮かばない。
発見されたのは、無惨な死体となった最強達。
だとするならば…
彼等を殺したのが…正体不明の禁術である。
そう言われても、否定が出来ない。
「仮に本当に円卓騎士団や叛逆姫を倒した人物が現れたとしても…禁術によって勝ったと仄めかしてしまえば」
事実を証明する根拠と証拠がなければ、否定する事が不可能。
禁術による勝利。
この禁術の正体が分からないままでは、その事実が嘘である。
それを証明する事が出来ない。
「この世は結局、証拠がなければ嘘を嘘と否定することすら出来ない」
「貴方達は、リスクは考えなかったのですか?例えば、本当の円卓騎士団を殺した人物の存在が貴方達の前に現れるとか」
コンボヴァルは、フッと笑う。
「ふっ。もし仮にそんな者が現れようと関係ない。我々には"毒"という最強の武器がある。たとえどんなに強い人間でも所詮、人間である限り…毒という存在からは逃げる事が出来ない。
なんなら、この俺が直々にそんな奴を殺してやろう」
自身に満ち溢れた様子でそう言い張る。
コンボヴァルが握る槍の刃先にも即死レベルの毒物が塗り込まれている。
擦り傷一つでも、人間なら数秒で死に至らしめる程の効力がある。
そんな強力な毒物をただの素人が持っていると、宝の持ち腐れ。
だが、コンボヴァルは勇者の血を引く勇裔の戦士。
かつては、聖王国で"槍王"として名を轟かせた傭兵でもある。
「……何故、あの四人を?」
「一番の理由は金だ。そして、貴族というのは邪魔な者を始末したいという事を常々企んでいる。そう言った時に、我々の存在…暗殺者が重宝される。
現にアリエーゼ子爵の此度の一件を足掛かりに、エーレ聖王国を内部から牛耳る。
ゆくゆくは、エーレ聖王国を…」
「支配する、と?」
「ああ」
その為に此度の一件で、子爵の信頼を勝ち取る。
そして更に功績を上げて行く事で、勢力や権力を拡大していく腹づもり。
恐ろしい…、屍の使徒がではない。
ここ迄の流れの全てを予想していた、主の事がだ。
「それで」
コンボヴァルが、問う。
「他に協力者は?」
「私だけですが」
アルレイヤが、即答する。
しかし、コンボヴァルはそれが嘘だと断定する。
考えればわかる事だ。
協力者が彼女だけならば、この人数を一人で相手にするのは危険すぎる。
或いは、たった一人で自分たちを圧倒できると考えるにたる実力を持っているとか。
「それは、嘘だな」
まだだ。
もう少しだけ、粘る。
アルレイヤが、顔へ手をやる。
その動作に、屍の使徒が攻撃へ移ろうとした。
が、迎撃行動ではないと判断したコンボヴァルが部下達を制止する。
アルレイヤが装着していた仮面を外す。
「貴方達程度であれば…私一人で事足りる」
その姿が顕になる。
「私こそ叛逆姫であるのですから」
次回の更新は、進み次第です…申し訳ありません




