第七十二話 好都合
コロナに罹ってしまったので、少し更新が遅れてしまうかも知れません。
早く復帰できるように頑張ります
ひとまず距離を取るために、馬を急がせる。
先に走っていたマイア達と並走する。
ふと、マイアの方を見ると誰よりも焦った表情をしていた。
「どうした?」
「まさか、こんなにも早いとは…」
確かに、あまりにも早すぎる。
孤児院の方は、中に居た者以外に誰一人として居なかった。
その周りにも、人の気配はなかった。
孤児院の灯りとなっていた、蝋燭なども消した。
真っ暗な空間にして、死体も朝まで見つからないように対策していた。
「ああ、予想以上に早い。仮に扉が原因だとしても、だ」
一つ、懸念はあった。
蹴り飛ばされた扉によって、孤児院はガラ空き。
だが、その所為でバレたとしてもこんなに早く対応する事は出来ない筈。
犯人さえ、分からないのに。
奴等は、犯人が聖都の外に出たと確信して追ってきている。
だとすると、辻褄が合わない。
「まさか…」
マイアが、そう唸る。
おそらく、何か心当たりがあるのだろう。
「心当たりがある。闘神場で、気味の悪い男と出会った。コンボヴァルと呼ばれていた。その男は、私の行動を怪しんでいたようにも思える。そして奴は、あの屍の使徒のリーダーと同じ名だ」
「そうか」
其処で、ふと思い出す。
屍の使徒、か。
マイアの心当たりは、当たっているだろう。
そのコンボヴァルという男の話が事実であるなら、この速さも頷ける。
しかし…
やはり、子爵と屍の使徒はグルか。
厄介だな。
「それなら、頷けるな。お前達を怪しんだコンボヴァルは、その事を子爵に報告した。そして、お前達の部屋を調べて荷物が無くなっていることに気付いた。孤児院の事も調べているだろうな。それらを関連づけて、プレイアンデル姉妹が聖都から逃げた、そう結論付けた」
コンボヴァルが優秀なら孤児院で何が起きたかもすぐ把握しただろう。
すべて要因はコンボヴァル。
屍の使徒を束ねる男は観察力も行動力も優れてるようだ。
同時に、この機会を用いて自分の有能さを子爵や聖王国に示すつもりだろう。
おそらく今来てる追手の中に屍の使徒も同行している筈だ。
プレイアンデル姉妹を捕らえるのか。
殺すのか。
子爵がどう命令したかまでは、知らない。
どっちにしろ、屍の使徒は此処で結果を出す事によって自分たちの価値と力を証明出来る。
歴代最強と謳われたプレイアンデル姉妹を捕らえた、或いは殺した者。
円卓十剣とその騎士団を滅ぼした力が事実なのだと知らしめる良い機会だ。
誰も彼もが、彼等を本物だと認める。
「……すまない。私の落ち度だ」
ピタリとマイアの乗っていた馬が止まる。
シェカとルーパーが、心配そうに見つめる。
「リュート…2人を」
「自らが犠牲になるってか?」
「だめだよっ!…だめっ」
ルーパーが、涙を零して必死に訴える。
「……私が犯したミスだ。それを取り返すのは私自身の役目だ」
「アンタが強いのは分かるが。アレを相手するのは無理だろう。犬死にだ」
視認するだけでも30以上は居る。
恐らく、その後ろ、更に後ろにも居る可能性が高い。
「それに、お前が死んだら悲しむ奴らも居る」
「だが……このままでは…」
追いつかれる。
確かに、その通りだ。
此方は、人数分の荷物。
一頭に、二人。
或いは、三人。
当然、速度では敵わない。
そうなれば、奴等に追い付かれるのは時間の問題。
こうしている間にも、灯りはどんどん近づいている。
四方八方に別れながら。
森の方から、満遍なく灯りが迫っている。
現在、俺達は少し高い位置にいる。
後方を確認。
「かなり多いな。子爵は思ったよりも権力が大きいようだな」
それにしても、ご苦労なことだ。
獲物がわざわざ自ら現れてくれるとはな。
俺は、皆に指示を出す。
アルレイヤ達を馬から下ろす。
マイアが、困惑した様子で俺に話しかける。
「何をするつもりだ?」
「不安の種は摘んでおくべきだ。奴らを一網打尽にする。お前達にも働いてもらうぞ」
ーー
ディナに馬を預ける。
彼女に灯りが燈ったランプを手渡す。
そして、ランプの灯りが敢えて目立つように移動してもらう。
灯りは四つ。
奴等がこの灯りを見つければ、逃亡者であるプレイアンデル姉妹とルーパーたちの物だと判断して此方に向かってくる筈だ。
「グラヘ殿、あれは!」
「ぬ?灯りは…四つ。うむ、間違いなかろう!巨人族の姉妹と人擬きのものに間違いない!」
「コンボヴァル殿の予想が的中しましたね…いやはや、末恐ろしい」
「ああ、全くだ。我々の持ち場が此処で良かったな。栄えある子爵近衛戦士団がこの手柄を全て掻っ攫ってやろうぞ」
子爵が放った追っ手。
その第一陣と思われる部隊が、横を勢いよく通り過ぎてゆく。
古代ローマの戦士が着ていたような鎧を纏っている所を見るに、奴等は子爵の戦士団だろう。
実際、口振からもそのような事を仄めかしていた。
「どうやら、追っ手は子爵の私兵だけではないようだな」
「ああ、傭兵なんかは子爵が報酬を提示して雇ったんだろう」
ディナが誘導する方向へ走り去っていく兵士達。
彼女なら上手く奴等を引きつけてくれるだろう。
後始末も、頼んである。
敵戦力の分断は成功した。
茂みに身を潜める。
「第二陣が迫ってきている。あそこに屍の使徒が居るかもしれないな」
「ああ」
コンボヴァルが優秀ならば、必ずこっちに居る。
「マイア」
「ん?」
「手筈通りに頼むぞ」
マイアがこくりと頷く。
先程、話し合った作戦通りに動く。
マイアの役割は、自身へのケジメである子爵の率いる部隊の壊滅。
彼女は進んでこの役目を引き受けた。
ふと、空を見上げる。
枝葉の隙間から、昏い空が覗く。
月は完全に姿を隠している。
密かに行動するには、最適だ。
「我々が奇襲を仕掛ければよいのでは?」
「いや、得策じゃない。真正面からいきなり挑むのはな」
アルレイヤが疑問符を浮かべる。
「?」
「コンボヴァルが俺達の想定通りの相手なら、マイア達の他に協力者がいる場合も考えているかもしれない」
奴は、相当に頭が切れる人物。
プレイアンデル姉妹達がこの聖都から姿を消した時点で、他に協力者が居るという場合も想定してこの場に望んだという事もありうる。
俺なら、きっとそう考える。
先程から、奴等は一つの場所に立ち止まっては周囲を何度も灯りで照らしている。
奴等もまた、囮の灯りを目撃している筈だ。
それなのに、警戒を怠らず何度も何度も別の何かを探っている。
更に奥の本命である子爵の部隊は違う。
囮の灯りが見えた瞬間から、止まる事なく此方に向かって前進している。
道中に協力者がいる事を想定外に行動している。
いい判断材料だ。
つまり、屍の使徒のリーダーであるコンボヴァルは確実に俺達の存在に気付いている。
だから、普通の奇襲ではすぐに見破られてしまうから可能性が高い。
そう、普通では…な。
奴等を潰すには、奴等の想定を上回る必要がある。
奴等の意識を一つの物に集中させる事が重要だ。
そのピースは、此方が掌握している。
そこで重要になってくるのが、アルレイヤ・ペンドラゴンの存在。
彼女はこの策略に於いて最も重要な鍵。
奴等が油断と動揺を晒す姿が目に浮かぶ。
「アルレイヤ、頼んだぞ」
「ええ、お任せを。必ずや最高の結果を貴方に」
彼女の言葉ほど信用できるものはない。
ルーパー達はエレクトラーに任せた。
彼女なら、守り抜くだろう。
ディナは、やり過ぎないようにして欲しいものだ。
彼女が失敗するなどありえない。
マイアは、少しだけ心配ではある。
「すまない…私のミスでこうなってしまった」
「謝らなくて良い。遅かれ早かれこうなっていたさ」
ま、想定より早かったけどな。
彼女のミスを責めるつもりは初めからない。
むしろ、不安要素を此処で潰せるなら好都合だ。
アルレイヤも配置に着いた。
「さて、始めるか」
龍の兜が、龍斗の顔を覆った。
昏き夜に、紅き瞳が煌めく。
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