第六十八話 龍に魅入られて
すみません、少し遅れてしまいました…
時は少し遡る。
俺達はプレイアンデル姉妹と共に孤児院の前に訪れていた。
扉の中から声が聞こえてきたので耳を澄ませると、どうやら例の少女たちが貴族の男達に襲われそうになっていた。
その状況に憤怒したエレクトラーが扉を蹴り破り、貴族の顔を蹴り飛ばした。
間一髪、まさにその一言に尽きるだろう。
少女たちは服を剥がされ涙を流していた。
間に合ってよかった、そう思った。
エレクトラーは2人を連れて先にアルレイヤ達と合流してくれるだろう。
マイアは此処に残ると言った、この結末を見届けると。
もう少し、密かに攫うべきだった。
が、仕方ない。
マイアとエレクトラーの気持ちを考えたら、咎める事も出来ない。
気持ちはわからなくもないからな。
「…………」
此処からは俺も、容赦なくやらせてもらう。
ーー
「こ、殺すですって!?」
俺の目の前には、貴族の男達や孤児院のシスター達がビクビクと身体を震わせている。
「ああ。万が一でもお前達の誰かが子爵にこの事を報告するのは目に見えている。俺達としてはリスクはないに越したことはない」
「ッ、だっ、誰にもーー」
「誰にも言わない、なんてくだらない嘘をつく必要はないぞ」
「っ…あ、アンタは何者なんだ」
どうやら、この院長は今でも必死に生存の糸を手繰っているらしい。
無駄な足掻きだとも知らずに、必死に生きようともがいている。
なんて、不愉快なのだろうか。
「俺は、ただの愚者さ」
そう言って笑ってみせる。
「本気でワシらを殺すつもりか!?そ、そんな事をすれば貴様達はただでは済まないぞ!だ、だが、ワシを助けてくれればこの事は黙っておいてやる!だから、頼む!見逃してくれぇい!」
「金なら幾らでも払ってやる!欲しいものは何でもくれてやる!なんなら、あの子達の生活を支援してやってもいい!」
「これからはあの子達を優しくしますから!どうか、見逃して下さいませ!」
必死に叫ぶ。
救い賜えと、神に縋るようにして声を上げる。
次々と薄っぺらい言葉を並べて、餌を欲しがる雛のように叫ぶ。
「少し黙れよ」
「…………」
「生きようと必死だな…見苦しいよ…屈辱と苦しみの中で必死に生きていたあの子達の方がよっぽど立派だな」
「…………」
「お前達のような人間はいつも誰かから何かを奪う側にしか立ったことがない、だから自分達が奪われる側になると夢にも思っていない。俺はそういう奴等から全てを奪う為に今、生きている」
誰かを蹴落とし、見下す。
自分よりも下の者を見ると優越感に支配され、まるで自分が特別なのだと思ってしまう。
やがてそれは形となり、他人から何かを奪うことに快感を得ることを感じる。
同じだ、クラスメイト達と。
アイツらもまた、この世界に来て不安だった。
自分よりも優れた者達を目の当たりにした事で、自分よりも下にいる人間を痛めつける事で自分は選ばれた人間なのだと思い込んでしまった。
だが、コイツらは根っからの悪。
救いようのない、屑ばかり。
「だ、黙れぇぇぇえええ!だから何よ?自分よりも下にいる者を見下して道具のように扱うのは上に立つものとして当然の権利だとおもうけど?私達が、あの人擬きをどう扱おうと自由だろうが!」
「確かにその考えもある意味では理解できる…が、やはり不愉快だな」
「なっ、?」
「あの子達にあれだけの事をしたお前たちが、これからものうのうと生きていく事を考えると不快でしかない。やはり、お前達は此処で殺すべきなんだ」
「なん、でッ!?」
「口封じ。これからお前達を殺すのはただの口封じの為さ…弱者の生殺与奪の権利は強者である俺が握っている」
そう、あくまで口封じ。
奴らをこのまま生かせば、間違いなく子爵にことの顛末を伝えるだろう。
そんなリスクは取るべきではない。
だから、念の為に息の根を止める。
正当な理由だ。
殺人の正当化をしているにすぎない。
「しょ、正気なの!?たとえ、私達を此処で殺したとしても、いずれは子爵の耳に入る!そ、そしたらアンタらは終わりだよ!だけど、私さえ生かしてくれれば子爵には口止めしてあげるからさ!頼むよォォォォ!」
やれやれ、、、
そろそろ、潮時か。
「残念だが断る」
「へ?」
「お前達は、此処で死ぬ」
交渉の余地などない。
初めからなかったのだ、と女は理解した。
ダラダラと汗が流れている。
「た、たすけ…」
「楽には殺さない」
「ーーぁ、ぐ……ぁ?」
右手を奴らの方に向ける。
貴族の男達やシスター達の身体が浮き上がる。
そして、苦しそうに首を抑える。
「ーー天螺」
「へ?」
ボギ、バギバギ、ボギィ
鈍い音。
身体中の骨が砕ける音が響き渡る。
「あ、…ぐ、ぐる……じっ……」
手足の骨が砕け、あらぬ方向に向いている。
宙吊り状態で、苦しそうに悶えている。
その瞳はいまだに、生に踠いている。
「生憎、助けは来ない」
何度も、扉の方に目を向ける。
が、誰一人として現れない。
当然だ、こんな真夜中に出歩いている人間などほぼ居ない。
そこまでしてようやく、奴等は自分たちが助からないと理解した。
困惑。
恐怖。
「タ、すけ、て…」
「断る」
このまま放っておけば、奴等はいずれ息絶えるだろう。
「少年、私にやらせてくれ」
マイアの手には、剣が握られていた。
恐らく矛と共に持ってきていた護身用の武器だろう。
苦しそうにしている院長の首元に剣先を当てる。
「ここにいる全員は皆殺し。そうすれば、目撃者は誰一人として居ない」
奴等はガタガタと震え出した。
恐怖と絶望の顔に染まる。
深い闇より、死神が目の前に立っている。
恐ろしく悍ましい怪物。
その気持ちはよく分かるよ。
何せ、俺も体験したからな。
あの絶望しかない遺跡でな。
「ほら、笑えよ」
「お、お許し、を…」
「ほら、喜べ」
「あく、ま」
悪魔。
確かに、奴等からすれば俺は死を招く悪魔に見えるだろう。
奴らは地獄行き。
故に、その認識は合っているようで間違っている。
俺は悪魔ではない。
が、
「悪魔じゃない。俺はーー厄災の龍だ」
悪にとっての厄災。
お前達が目的の為ならば、どんな事でもして他人を陥れるように…
俺もまた、俺の目的の為ならば己の復讐に他人を巻き込む事を厭わない。
正に、厄災。
「なっ…」
深き闇から蔓延り、この大地へと降臨する。
「さぁーー死ね」
その言の葉と共に、女達は体中から血飛沫を上げる。
悶えて苦しみながら、血を噴水の様に吹き出し続ける。
邪神龍の復活を祝う為の、ようにして。
この世界の数多から忌み嫌われたかつての神龍は、誰からも歓迎されない。
故に、彼女が他者より歓迎される時があるとすれば…それは、何者かの死によってだろう。
真っ赤に染まる暗闇の中で、邪神龍の番は密かにほくそ笑む。
その凄惨な最期を自身の目で見届けたマイア・プレイアンデル。
彼女もまた、魔に魅入られたかのようにしてその龍を瞳に入れる。
血の池に佇む、一人の龍の使徒。
彼女は、思わずこう口にした。
ーーなんて、美しい…と。
この瞬間ーー誇り高く崇高なる巨人族の王女にして戦士だった女の名誉は瞬く間に地に堕ちた。
かつて信仰していた祖先たる巨神の存在すら忘れ、この世界にとって厄災へとなる龍に心奪われた。
その信仰はやがて、狂信へと至るだろう。
マイア・プレイアンデルだった女は、その少年の前に跪く。
「貴方の恩義に報いる為…我が忠義、我が命、そして我が心は汝に捧げましょう。巨人族の誇りにかけて」
これが、後に世界を災厄に陥れた邪神龍の番たる使徒達の新たなる出会い。
世界はまた一つ、災厄の日へと近付いた。
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