第六十六話 裏切られた信頼
その後、マイアは見張りにバレないように上手く気配を隠しながら部屋の前に辿り着く。
コンコン、と扉をノックする。
ガチャ、と音を立ててゆっくりと扉が開く。
開いた扉から覗くのは、妹エレクトラーの可愛らしい顔。
「姉上!では、中へ」
周囲を警戒して、静かに部屋の中に入る。
「うまく行ったのですか?」
「ああ、後は再生用の盗聴石で会話を盗み聞くだけだ」
そう言って手元にあった盗聴石をエレクトラーに見せる。
「それじゃ、再生しようか」
「姉上…」
不安そうに、マイアを見るエレクトラー。
そんな彼女を落ち着かせる為に、抱擁する。
「大丈夫、何があっても私が守る」
「姉上…」
「それじゃ、再生するぞ」
盗聴石を起動する。
ザザザ、と音が流れ徐々に音が聞こえてくる。
そして、次の瞬間ーー鮮明に声が聞こえてくる。
「それで子爵様…あの姉妹は予定通り殺すのですか?」
ぴくっ、とマイアが反応する。
エレクトラーもまた、表情を曇らせる。
『当然さ、あの姉妹はもう用済みですからねぇ…特に姉のマイアの方は勘が鋭く邪魔になる…』
子爵がそう答える。
『ふむ…それで、あの勝利の霧雨は例年通りに?』
『ええ、あれは本当に傑作ですよねぇ…闘神士最後の試合に必ず行われる恒例の儀式!全く、彼等も見事に騙されてくれるものですよ…アレが…古代の毒魔蝶の粉とも知らずに…ふふふ』
"勝利の霧雨"
当然、姉妹も知っている。
歴代の闘神士の先達達に行われてきた儀式。
ただの白い粉たが、彼等は闘神の加護が与えられた神聖なる粉として闘神士に蒔いている。
思えば疑わしい事ばかりであった。
闘神の加護が与えられていると言う割に、与えられた闘神士はもれなく死亡していた。
闘神場の厳正されたルールであり、拒むことは厳禁。
だが、拒んだ者は誰一人として居なかった。
何故なら、皆がそれをただの白粉だと思っていたのだから。
我々もまた、そう思っていた…
それが、まさか毒物だったとは…
考えただけで、身の毛がよだつ。
『あの毒物は実に効率が良いのですよ。遅効性で微毒なので本人も些細な身体の変化に気付かない…本人さえ気付かない、つまりそれを遠目で見ている観客は言わずもがな』
子爵が、楽しそうにそう話す。
『なるほど…確かに闘神場に訪れる観客たちは血湧き肉躍る決闘を望んでいますからねぇ…かくいう我々もまた、ただ一方的に殺されてしまうのも面白味が欠けますしな』
『あの姉妹はもう、完全に決闘から手を引くと?』
『引き止めようとしたのですが……どうやら、完全にその気はないようです。契約以上の戦いはする義理はない…そう言われました。全く、残念ですよ…利用価値のあった姉妹でしたのに』
そう言って、机を叩く音が聞こえる。
『それは残念だ。あの姉妹は非常に人気だったからなぁ、その実力も…殺し方も、観客たちの盛り上がらせ方もね』
『確かに…闘い方や観客の喜ばせ方だけは上手かったですね。だが、あの態度だけは本当に不愉快だったわ…巨人族…人と付いているが、所詮は人擬き』
『やはり、人の皮を被った獣という事ですな』
『もし万が一、あの二人が勝ってしまったらどうするのです?』
『勿論、その場合の状況も既に考えています。ですが、それは有り得ないでしょう…何せ、あの2人の最期の決闘相手はかの大帝国の最強戦力である円卓十剣をも殺した者ですからね。
もし仮にそれさえ討ち破ったとしても、確実に始末しますがね。
次の人気者の用意は幾つかおりますからね…新たな最強が台登する時に古き最強が存命であると霞んでしまいますから』
『ふむ……なるほど』
『とまぁそんな訳で、色んな意味であの姉妹はもう用済みなのですよ…せめてもの報いに苦しまずに殺してあげようとは思っていますが』
『お優しいですな子爵どの』
『ところで、あの話を進めましょう…現在、子爵殿がご自身の屋敷で匿っていると申していた…あの魔族と亜人族の子供について…』
「「!」」
一人の男から放たれた単語に2人が微かに反応する。
先程よりも更に、集中して耳を傾ける。
『ああ、ルーパーとシェカの事ですか』
子爵が2人の名前を呼ぶ。
『あの子達にも多少は感謝してますよ。あの子達のお陰でプレイアンデル姉妹は契約通りに勝利し続け私に莫大な利益をもたらしてくれましたからね…ですから、その働きに褒美をやろうと思いまして』
『それと、我々がどのような関係が?」
『ふむ、確かに気になりますな』
『あの子達はこの数年間で成長しました…屋敷に居る子供達の中でも格別にね…人族とはまた違った美貌を持った"女"に育ちました。その所為なのか、様々な方から彼女達に縁談の話が来ていましてね…どれもこれも好色家ばかりですがね』
『ほうほう、それで?』
『そこで私は良い事を思いついたのです…あの姉妹が闘っている最中にあの子達を貴族達の慰安婦として売り出すのですよ!もし仮に、プレイアンデル姉妹が勝ったとしてもボロボロになり壊れた子供達を目にすれば油断が現れる…その隙を付いて始末出来る…という事です』
『ははは…それならば確かに、あの怪物達を葬る為のいい餌となりますな…それに、私も興味があったのですよ…人間擬きの"具合"がどのようなものなのか、ね』
『流石です…ああ、そうだ…折角、此処まで協力して下さったのです…貴方達には特別にサービスを致しましょう!』
『?』
『実は今日、私が子供達を売り捌く為に扱っている孤児院がありましてね…既にあの2人は其処に送ってあるのですよ。明日はもう他の貴族の方々の後になってしまいますが、今日であればあの子達はまだ"生娘"の状態ですので、どうです?』
『おお!よろしいのですか?』
『ええ、明日の方々には上手くやっておきますから…是非、お楽しみ下さい!ああ、それにしてもあの2人は実に哀れですね…明日、異変に気付いたとしてもあの子達はすでに手遅れ…』
『子爵殿、やはり貴女は恐ろしいお方だ…しかし、この数年間…仮初でもプレイアンデル姉妹とその娘達とは家族の様にお過ごししたのでは?』
『ふふふ…全ては己の欲望の為ですよ、あんな醜い怪物共に特別な感情などある訳がないでしょう!』
バキッ!
エレクトラーが、怒りのままに盗聴石を砕く。
凄まじい殺気が放たれる。
そして、怒りと共に自分の愚かさにも腹を立てていた。
それは、マイアも同じであった。
まさか、まさか…子爵が、あの女が…此処まで腐っていたとは!
唇を目一杯に噛み締める。
鮮血が口から滴り落ちる。
今すぐにでも殺してやりたい気持ちを必死に抑える。
あの場には、幾人もの手練れが子爵達の護衛として立っている。
苦戦は免れない。
未知数である、屍の使徒も居る。
勇猛と蛮勇は違う、それはわかっている。
「…………」
「ッ…」
此処で、死ぬ訳にはいかない。
此処で死んでしまえば、あの子達は更に酷い目に遭わされることは目に見えている。
子爵の話では、あの子達は孤児院にいると言っていた。
風の噂で、孤児院の裏事情は知っていた。
だからこそ、何としてでも救わなければ…
「行くわよエレクトラー」
怒りを抑え、荷物を持つ。
部屋を出る。
そして、気配を消しなるべく音を消して移動する。
マイアの心はもう既に決まっていた。
足早に闘神場を去った姉妹の背を何者かが監視していた。
ーー
姉妹は、密かに闘神場を出た。
なるべく人目に付かぬよう、その大きな体を限界まで小さくする。
持ってこれたのは、自分達の武器と鎧。
日用品と少ない金銭。
だが、咄嗟の行動にしては上出来だろう。
裏路地を進む。
足音に注意し、なるべく障害物で身を隠しつつ路地を抜けた。
結局、あの少年の言う通りであった。
認めたくなかった。
知りたくなかった。
現実を…事実を
願わくば、四人で誰にも邪魔されない平和な日常を送りたかった。
あと一勝。
あと一回、勝てば自由。
そう、信じて疑わなかった。
ようやく、武器を置くことが出来る。
そう信じて戦ってきた。
だが、同時に分かっていた。
そんな夢は、叶わないと。
せめて、あの子達に幸があらんと…
考える事は、もうやめよう。
もう、疲れた…
「エレクトーー「姉さん」
妹が、姉上ではなく姉さんと呼んだ。
マイアの手を優しく握る。
「たとえ姉さんがどんな決断をしたとしても…私は貴女の側に居るよ…だから、姉さんはいつもみたいに私を導いて」
ああ…エレクトラー、貴女が私の妹で本当に良かった。
ーー
姉妹は、聖門の見える場所に辿り着いた。
孤児院は聖門から少し離れた場所にある。
そして、孤児院の裏側には闇取引用の入り口が存在する。
聖門を抜けるより、孤児院に隠された裏門を抜けた方が得策だ。
周囲を見渡す。
何時間、経ったのだろうか。
居ない…約束は3時間。
既に、過ぎたのか。
あの三人の姿は、ない。
(遅かったか…)
「「!」」
背中に寒気。
同時、三つの気配。
矛の柄を握る。
警戒しつつ、振り返る。
「来ると思ってたぜ」
暗闇から、例の少年の姿が現れる。
「その目…全てを知ったか」
「ああ…怒りと憎しみでどうにかなりそうだ」
「同じく」
やはり、あの男は確信していた。
我々が、この場に現れると。
「私達が間違っていた」
「いいや、間違ってない。俺はそう思う…それで、あの子達はどうするんだ?」
後ろ指で、孤児院の方角を指す。
「……当然だ」
「幻界領域に行く覚悟は決まったのか?」
「ああ…あの子達が幸せになる道があるというのならば…私は君を信じてみようと思う」
もう、これしか方法がない。
この世界は……我々が思っている何倍も危険であり、残酷だった。
信頼も信用も…無価値。
あるのは、昏い絶望と怒りだけだった。
いや、元々…そういう目的で此処に訪れようとしたのだった。
だがまずは…幻界領域に住まう叛逆の神女の元にあの子達を連れて行く。
今は亡き、盟友達の為にも…必ず、守ってみせる。
「君に叛逆の神女の情報を教えると誓おう…同時に、頼みがある」
「?」
「どうか、あの子達を助けてくれ」
リュートの手を握るマイアの手は酷く震えていた。
「さてと、此処からは…俺の出番だ」
次の更新は未定です。
なるべく早く投稿出来るように頑張ります。
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