第六十五話 真相を知るために
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ーーマイア・プレイアンデル
マイア・プレイアンデルは今、闘神場のある場所に居た。
かの少年から渡された、魔導具を握り締めて。
闘神場の門前に複数の馬車が止まっている。
何度も見た覚えのある豪華な馬車。
複数のスポンサーの乗ってきた馬車。
其処には、アリエーゼ子爵の馬車もある。
遂に明日行われる決闘は、選手もだが運営側にとっても失敗は許されない一戦だ。
前日の打ち合わせでもしているのだろう。
此処まで、少年の言う通りであった。
「…………」
気配を消す。
門を抜け、闘神場の中に入る。
中は、闘神士が暮らす為の建造物が建っている。
基本的に殆どの闘神士は、この居住地に住まわなければならない。
マイアのような人気が確約された闘神士は、例外として闘神場の近くの宿を取ることも出来る。
が、マイア達はそれを選ばなかった。
理由もある。
まず、この闘神場の建物内に居れば一切、金が掛かることがない。
浴場や食事、生理用品も無償で提供される。
"奴隷"でありながら、"権利"が与えられているので融通が効く。
一つだけ保証されていないとすれば、その命だろう。
"命"と言う対価を払い、自由の権利を買っている。
マイアは、廊下を抜け姉妹それぞれに与えられた自室へ戻る。
衣服(鎧)を脱ぎ、兜を取る。
頭を横に振り、髪を下ろす。
露になった裸体は、美しい筋肉と痛々しい傷跡。
シャワーを浴びてベッドに横たわる。
横になりながら、ある事を考えていた。
明日の決闘の事ではない。
原因は分かっている。
リューと言う少年の話を聞いたからだ。
アリエーゼ子爵の黒い話。
アレがもし、事実だと言うならば…
これまでやってきた事は、無駄だった…そう言う事になる。
思えば、あの発言もこの時の為だったのだろうか。
それは、姉妹が屋敷に訪れている時に何度も聞いた事がある事だ。
『あの子達は将来が楽しみよ』
『言う事もしっかりとしてくれるし…もう少し経ったら、重要な仕事もまかせてあげようかねぇ』
あの発言自体が、そう言う事だったのか?
考えれば考えるほどに、そんな気がしてきた。
胸の中に付き纏う、違和感。
そして、不信感と不快感。
この全てが作り話で、我々からあの方の情報を得るために仕掛けた罠かも知れない。
リューという少年。
興味深い人物だった。
素晴らしい力の持ち主だった…いつまでも闘っていたい、そう思えるほどに…
そして、あの話術。
決して善良な人間ではないが、妙に惹きつけられる何かがあった。
長年関わって、その人なりも理解している子爵よりも…
だが、子爵は噂とは違いこれまでしっかりと我々の約束を果たしてくれていた。
あの子達を匿ってくれた事に関しては、感謝仕切れない程だ。
それに、もう既にあの時の恩とは比べ物にならない程に子爵に貢献してきたのも確かである。
それこそ、子爵がもう何もしなくても何十年も暮らせる程の利益は与えてやった。
所有者への義務を果たした。
これ以上、義理を果たす必要はない…が、それはつまり子爵にとっても自分達は用済みになった。
そうとも考えられる…
少年のあの言葉。
一つ一つに、此方の心を見透かしているような気がした。
いや、実際に少年は気付いていたのだろう。
アリエーゼ子爵と闘神場。
口では信じていると言った癖に、心の中では彼等に対して不信感を持ってしまっている。
思えばあの時もそうであった…自分達を受け入れると語った勇者国の人間の手によって騙され、結果的に自国は滅んだ。
元々、我々は巨人族として己の力のみを信じていた筈だった…
結局の所、あれだけ誠意を見せてくれた子爵もこの闘神場の運営さえ完全に信じていた訳ではなく胸の何処かには疑いがあった。
この胸のざわめきが現実の物となるなら…そう思うと全て辻褄が合う。
彼と別れてから、今日まで…その疑念は大きくなる一方である。
自由で誰にも邪魔される事のない平穏な暮らしを手に入れる為にこれまでこの手を血で染めて来た。
あの子達と愛しいたった一人の妹。
彼女達が幸せになれるなら…と信じて戦って来た。
他が為の殺し合い。
奴隷として、主人を幸福にする為に殺す。
躊躇いも躊躇もなく、残虐に殺して来た。
別に人殺しに躊躇はない。
これまでも巨人国の国を護るために、攻め入って来た勇者国の人間を多く殺して来た。
其処には、国の為という絶対的な誇りがあった。
しかし、今の我々に誇りなどない。
国を失った時点で、その誇りなど消え去った。
あの子達を守る為ならば、誇りなど些細な物だと捨て置いた。
あの子達を守る。
国を失った我々に残された唯一の希望。
それをも失った時、我々にはもう何もなくなる。
落魄れた哀れな巨人族の戦士。
なんと蔑まれようと構わない。
守るべき物がある限り、我々は…
決意は、出来た。
やるべき事は分かっている。
もう、迷わない。
盗聴石を手に取り、立ち上がる。
闘神場の最上階の廊下。
その少し先には、応接室が存在する。
子爵と運営陣と貴族達が、何か談笑をしている。
部屋の前には、2人の兵士。
一人は、"吊人"マッカーノ。
子爵が信頼する護衛長。
冷静沈着で、冷酷な女だ。
そして、強い。
かつては、マイアの決闘相手に推薦された事もある。
かなりの実力者だ。
「…………」
無理に近づく必要はない。
マイアは、部屋の近くに録音用の盗聴石を設置する。
予め、自室には再生用の盗聴石を置いてある。
絶妙な距離。
自分の耳では、会話内容はほんの少ししか聞こえない。
が、盗聴石であれば数十メートル離れた距離でも確実に録音可能。
しかも、盗聴石はかつて女神が流通させる事を禁止した魔導具である為に存在を知るものは限りなく少ない。
また見た目も、小さな石ころ。
幸いにも、この闘神場には普通に石粒や石ころが転がっているのでバレることもほぼないだろう。
あの少年…まさか、これも計算済みだったのだろうか?
我々の試合を見に此処を訪れたと聞いた…もし仮に、その目的が我々ではなくこの布石を打つためだったとしたら?
やはり、計り知れない…
「…………」
まぁ、良い。
これで準備は整った。
後は、部屋に戻り再生用の盗聴石を起動してエレクトラーと共に真相を確かめる。
あの少年の話が偽りか或いは真実なのか…確かめる必要がある。
仮に真実であるなら…その時は
部屋に戻ろう。
今、この場で考えても答えは出ない。
だからこその、方法だ。
盗聴など戦士の名を汚す行為だが、その名も既に地に堕ちている。
ゆっくりと音を立てずに踵を返す。
コツコツ、と。
自分の物ではない足音が響き渡ってくる。
暗闇から、人影が現れる。
「ん?」
真っ赤に染まる瞳が描かれた仮面と積み上がった人骨を思わせるデザインのローブを纏った人物。
身体付きで、その人物は男だと理解する。
謎の男は此方に気付くと、鋭い眼を向けて凝視する。
何者だ…?
全く、全く気配がしなかった。
肉薄されるまで、音も気配も感じ取れなかった。
この男は、危険だ。
これまでの経験から、身体が警報を鳴らしている。
強さや脅威で言ったらあの少年の方が大きい。
が、不気味さで言えばこの男が少し上回っている。
空気が澱んでいる。
その瞳は、黒く濁っていた。
「貴女は、マイア・プレイアンデル殿か」
「ああ、貴殿はーー」
名を問おうとする。
が、その疑問は別の男に遮られる。
「此方にいらしましたかコンボヴァル様」
コンボヴァル…何処かで…
思い出したぞ…"屍の使徒"のリーダーがそんな名前だった。
奴等の言った通り…子爵と屍の使徒は繋がっている。
「どうした」
「先程、聖都で問題を起こしていたメンバーが次々と倒れ始めまして…」
「どういう事だ?」
「それが我々も原因が分からず…」
どうやら、奴等も奴等で事情を抱えているらしい。
だが生憎、屍の使徒に構っている暇はない。
マイアは足早にその場を去ろうとする。
「マイア殿…何処へ?」
「部屋に向かう途中だが、何か用か?」
「いえ、ごゆっくり」
その場を去る。
あの男の眼…何かを探っていた。
まさか、気付いている?
いや、有り得ないか。
早く、戻ろう。
そして、全てを明らかにする。




