第六十四話 必ず来る
時刻は巡り。
次の日の夜。
俺達は宿を引き払い、聖都の大通りにいる。
広場には、不思議な形をしたランプが辺りを明るく照らしている。
ふと、奥の方に野次馬が集まっている。
アルレイヤが俺に目で判断を仰ぐ。
俺は、肯定…の合図を送る。
「少し様子をみてきます」
そう言って、アルレイヤは全く目立つ様子もなくヌルヌルと人混みの中を抜けていく。
俺達も、野次馬が比較的に少ない所に割り込む。
野次馬達の視線。
それは、ある店の前に集まっていた。
普通ではない、異様な様。
扉が破られ、中はぐちゃぐちゃ。
血の跡もある。
そして、外壁には黒い蠍と髑髏の紋様が刻まれている。
これは、一体…
隣で震えていた男に話を聞く。
「此処で、何が?」
話しかけられた男は、ビクッと肩を震わせる。
が、すぐに冷静になって話始める。
「"屍の使徒"の仕業だ」
「ああ、今噂になっている」
「今日の夕方にな、屍の使徒の構成員がこの酒場に訪れたんだが、そん時にこの酒場で働く娘を大層気に入ったようで今晩、部屋に呼ぼうとしていたんだ」
なんとなく、察しがつく。
「それで?」
「娘には婚約者が居てな?その婚約者の青年が仲裁に入ったんだ…んで、その場は一旦収集が着いたんだが…奴らは非常に腹を立てていて、ついさっきこの店を襲撃して来たんだとさ…婚約者の青年は殺されて、娘さんは酷い陵辱を受けて、酒場は燃やされたって訳だ」
なんて、胸糞悪い話だ。
ったく、この世界はどうしてこうもクソッタレなんだ?
だが、これで完全に奴等は俺の中で殺してもいい悪人になったわけだ。
「それで、屍の使徒はお咎めなしなんですか?」
「ああ、警備団も奴等には手を焼いているみたいでな…奴等を捕えようとした警備団が総じて不審死を遂げてしまって、すっかりびびっちまってる」
「不審死、ねぇ…」
酒場でも、そんな話があったな。
「それで、奴等は何処に?」
「さっきまで此処に居て意気揚々と何かを叫んで居たが、どっか行ったよ」
異様に野次馬が多いのは、そう言うことか。
「因みに、あの外壁の紋様には様々な呪いが施されてるって言ってたらしい…なんでも、邪神の加護を受けた者のみが扱える禁忌の呪いらしい…実際、この壁に興味本位で触れた男が、全身を真っ青にして色んな穴から大量の血を吐いて死んだしな」
禁忌。
呪い。
邪神…か。
「こうなりゃ、かの円卓十剣とその騎士団…そして叛逆姫を殺したのも強ち嘘ではないと思うね…噂では、あのアリエーゼ子爵が彼等を自分の私兵にしようと話を付けているらしいぜ?」
「子爵が?それは、エーレ聖王が許すのか?」
「さぁな、だが聞くところによるとエーレ聖王様も帰還したら直ちに彼等を聖城へと招くつもりらしいぞ」
アリエーゼ子爵が、ねぇ…
となると、ますます黒いな。
もしかすると、あの姉妹を確実に葬る為に禁忌の力を借りるつもりかもな。
屍の使徒…敵対は必至か。
気分が良くなったのか、男は次々に話を始める。
「円卓十剣の死亡ってのはな、この長い歴史の中で一度たりともなかった。
騎士団もまた同じだ…だからこそ、この話はエーレ聖王国や他の勇者国からしたは得な案件だって訳だ。
四大勇者国同盟があると言えど絶対的な武の象徴たるブリテン大帝国は"恐怖"そのものさ。
円卓十剣は下位ですら数百の兵士に匹敵する力を持った化け物の集まりだからな…」
「なるほど…屍の使徒は、いい意味で捉えればエーレ聖王国にとって英雄でもあるかもな」
その通りだ、と。
男が頷いた。
「此処は実力さえ有ればどんな悪人でも優遇される国だ…エーレ聖王は多分、このまま屍の使徒を陣営に引き込むつもりだろうよ」
勇者国も一枚岩ではないって訳か。
実質的には、女神が勇者国を纏めている…たが実際は、何処かが崩れれば何処かが攻めるって感じなのか?
いや、それはないだろう。
国同士の争いで勇者が死ねば、魔神軍の侵攻は止められない。
エーレ聖王国には悪いが、そう上手くは行かない。
既に屍の使徒は俺の"標的"になっている。
「…………」
しかし、聖王は切れ者かも知れない。
危険な犯罪を自身の直属にするのではなく、子爵に一任する。
そうなると屍の使徒が窮地に陥った場合、糾弾を受けるのは子爵になる。
となると、聖王は屍の使徒の件には関わって居なかった。
子爵の独断による蛮行であった、と。
幾らでも弁明の機会を得ることが出来る。
自身は安全な位置で、危険な戦力を手に置く事が可能。
屍の使徒は、未知数。
他者の手に渡れば、自分達がその脅威に晒されるかも知れない。
そんな所ではないだろうか。
「円卓十剣と騎士団、叛逆姫を殺したのが事実だとすると…屍の使徒は、確実な名誉を得ることになり…聖王によって国の戦力として招かれる…となると、俺達がどんな目にあったとしても裁かれる事がなくなる…」
確かに、その通りになるかも知れないな。
だが余程、聖王が馬鹿じゃない限りは少なくとも暴虐無尽に振る舞う事は出来ないだろう。
「あーあ、奴ら…エーレ聖王国から出て行ってくれないかねぇ…なんてな」
恐る恐る、そう呟いた。
本人は冗談だよ。と言っているが、本音だろう。
「ま、アンタらも屍の使徒に楯突くなんて馬鹿な真似は辞めておけよ?人間、命は大切にしなければ行けないからな」
そう言って男は、足早に去っていく。
俺達もアルレイヤと合流する。
そして、目的地に向かい歩く。
道中、アルレイヤが浮かない様子で話し掛けてくる。
「しかし、一体いつまで彼等の虚実が続くのでしょうか…」
「さぁな…取り敢えず、俺達が完全に幻界領域に辿り着くまで続いていればいいがな」
アルレイヤは、少し苛立っているようにも見えた。
やはり、先程のアレだろう。
「しかし、許せませんね…彼等の所業は決して許されるべき事ではありません」
「それは、その通りだ」
しかし、不気味なのは連中の誰も彼もが自分達こそが円卓十剣らを葬ったと本気で信じている。
酒場に居た時も、自信満々にそう豪語していた。
屍の使徒のリーダーと思われる大男の仕業だろうか?
禁術とやらで、彼らにそう思い込ませるように洗脳を施したのかも知れない。
「まぁ、今俺達に出来ることはない…取り敢えず、集合場所に向かおう」
「はい…」
「そうだな」
集合場所へ近づいてきた所で、少し騒ぎが起きていた。
「アレは…」
見覚えがある。
アレが噂の屍の使徒サマじゃねえか。
どうやら、奴等と民衆が少し揉めているらしい。
「頼む、辞めてくれ!彼女達には手を出さないでほしい!」
「黙れ!彼女達は、我らが主の贄に選ばれた事を光栄に思うべきなのです!さぁさぁ、早く私達と共に来るのです!」
屍の使徒。
まるで自分達が王様気取りだな。
だが、彼等の暴走を止められる者はこの場に居ない。
「お、お願いします…許して下さい…」
「私は構いません…ですが、娘はお許しください…」
「頼むやめてーー「黙ってろよ」
止めようとした男性が刃物で腹部を刺された。
男性は血反吐を吐き倒れた。
「あなた!」
「ふっ、当然の報いだ。我々の祝福を素直に聞かないからこうなるのだ…さぁ、女ども付いてくるがいい」
そう言って、屍の使徒のメンバーが母娘と思われる女性2人を強引に連れ去ろうとしている。
彼女達は、抵抗しても無駄だと諦めたのか涙を流しながら歩いている。
広場に居る人も、家の窓から覗いている人も誰も止めようとしない。
誰一人として、助けようとしない。
それは、そうだ。
人間誰しも、面倒事に好き好んで関わろうとする事などない。
それに、相手は円卓十剣などを葬ったとされる屍の使徒。
戦う力を持たない一般人が何をしようと真っ先に殺されるだけである。
一方で、アルレイヤの怒りは既に爆発しそうである。
全身からひしひしと怒りが伝わってくる。
放っておけば、斬り掛かろうとする勢い。
「っ…」
だが、決して行動は起こさない。
賢い彼女は、理解しているからだ。
此処で自分達が騒ぎを起こすのは良くない、と。
屍の使徒と揉めるのは好ましくない。
「だがまぁ、アルレイヤ…お前の心中は理解できる。俺もまた同じ気持ちさ…奴等が調子に乗っているのも、巡り巡れば俺達の所為だからな」
「リューさん?」
「ディナ、お前もそう思うだろ?」
言葉や態度で示さないだけで、ディナも相当に憤りを感じている。
此処は、彼女に譲ってやろう。
「ふむ、そうだな」
ディナが、屍の使徒の方に目を向ける。
次の瞬間。
「ギャアアアア!」
「がぁぁぁぁああ!!」
次々と屍の使徒の男達が口から泡を吹き出して倒れて行く。
異変に気付いた他のメンバーが慌て始める。
「な、なんだ!?なにが、起きていーーにぎゃぁぁぁあ」
ゴポポポポ。
一人、また一人と痙攣し泡を吐いて倒れてゆく。
「なんなのだ?何が起きているのだ!!?」
「離れなさい! き、急にどうしたのです!?」
残ったメンバーが更に混乱する。
男達が倒れた原因は簡単だ。
ディナが放った強烈な殺気を受けたからだ。
神の殺気を受けたのだ、常人であれば命さえ落としうる。
だが、気絶ですんだのはディナの手加減と男達の精神力の強さがあったからだろう。
女二人は、刃物で刺された男性を連れてどうにか逃げ切れたっぽいな。
そして、騒ぎを聞き付けた兵士が駆けつけてきた。
「お前ら何をしている!」
数名の兵士が倒れている屍の使徒のメンバーに縄を掛ける。
残ったメンバーは、何が起きたのか分からず混乱したまま何処かへ消えていた。
騒ぎが大きくなって来たな。
そりゃそうか。
俺達も此処から去らせて貰うとするか。
「助かったよディナ」
「ふん、気にするな」
これで少しは、アルレイヤの怒りも治った筈だ。
だがまぁ、これで屍の使徒達の人間性は理解した。
これで、心置きなくやれる。
「本当に助かるぜ…奴らが俺の思った通りの集まりでな」
ーー
聖門コンスタンが目前に迫って来た。
人通りが少ない。
俺達は門へと続く道の近く、聖門の側から死角になっている場所だ。
門には2名の衛兵が、談笑している。
この時間帯は人も居らず、暇なのだろう。
荷物を下ろし、腰を掛ける。
あと3時間程、待ってみるか。
「やれやれ…あとは、アイツら次第って所だな…」
さてと、どう事が運ぶか。
「リュートさ、リュートは彼女達が来ると信じているのですか?」
俺の隣に腰を掛けるアルレイヤが、聞いてくる。
「ああ、必ずな。ああ言ったタイプの人間は迷ったらすぐ行動するタイプだろう。それに彼女達は何が何でも手に入れておきたい…戦力としても、別の側面も含めてな」
色々と利用しやすいしな。
「そう、ですか…」
遠くから、一際大きく闘神場が見える。
「どのみち、アイツらに待ってるのは絶望しかない…その絶望が降りかかる前に動ければ最前なんだがな」
出来れば今日、彼女達が既に動き出している事を願いたい物だ。
必ずあの2人は、真実を知る時が来る。
リミットは今日まで、それ以外はもう手遅れだ。
明日になってしまえば、俺達が付け入る隙はないと思った方がいいだろう。
強硬手段を取れば、姉妹は救い出せる可能性はある。
だが、子爵の屋敷で匿われている少女達は既に子爵の毒牙に掛かっているだろう。
まぁ、どちらにせよ。
明日となると、聖都で必然的に騒ぎになるのは確実。
おそらく、明日の闘神場はこれまで以上に警備が厳しくなるだろう。
それに、屍の使徒…奴等が潜伏している可能性も極めて大きい。
姉妹を救う、即ち子爵と屍の使徒を同時に相手しなければならないだろう。
最悪の場合、俺達の正体が露見してしまう恐れがある。
それだけは何とか避け無ければならない…
まぁ、とにかく…
どっちにしてもタイムリミットは、今日の深夜までだな…それ以上は危険すぎる。
取り敢えず指定した3時間。
それを過ぎるようなら、あと1時間半って所だな。
それ以上は、待てない。
此方から出来る事はもう何もない。
だから、後はプレイアンデル姉妹の的確な判断に任せるしかない。
「何とかしてあの2人が、平和にこの国で暮らせる方法はないのでしょうか」
「ない、絶対にないと断言できる」
迷いなく、断言した。
「子爵は間違いなく"黒"だ」
本物のクズは、自分を偽るのが上手いからな。
「俺も同じだから分かる」
アルレイヤの表情は昏くなる。
「其処に救いはないのですか」
「ああ、ないだろうな」
アルレイヤも、プレイアンデル姉妹の本性は正に善人。
だから、どんな人間でも心の何処かに優しさがある…本気でそう信じている。
「彼女達の心の在り方が美しい限り…人の優しさを信じる限り…彼女達に訪れるのは、絶望しかない」
もし救いがあるとするならば…彼女達を覆う悪意をそれ以上の強大な闇で呑み込んでやればいい。
ーー
2時間は経過しただろうか。
もう、人通りは全くない。
建物の灯りも完全に消えている。
それもそうだ。
時間はもう、0時を回っている。
「中々、来ませんね…」
「あと一時間、待ってみる」
プレイアンデル姉妹の人間性。
特に姉のマイアは、かなり慎重で冷静に物事を判断できるタイプだ。
実際、あの時点で子爵に対して疑いの心を持っていたのは確認できる。
「あとはもう、待つだけさ」
やれる事は、やった。
後は、信じる。
来るか、来ないか。
俺は、前者を信じている。
上手くいくとは言ったが…正直、どう転ぶか分からなくなって来たな。
「ーーと思ったが…どうやら、賭けは俺達の勝ちだな」
暗闇から覗く、二つの燈。
ニヤリと、口角を上げる。




