第五十七話 対価と覚悟
お盆という事で更新がかなり遅れる可能性があります。
その間に出来る限り、話数をストックしておきます。
一応、次回の更新は金曜日の13時か来週の月曜日の13時を予定しています。
姉妹はカウンター三席うちの二つに座った。
あと一つ、席は空いている。
慣れた手つきで、店長は彼女達に対応する。
店内の雰囲気を確認する。
店長の反応から察するに、恐らく常連。
屍の使徒の面々は時々、姉妹の方をチラチラと見ているが行動を起こす様子はない。
奥側の宴会席で楽しそうに酒を呑んでいる。
その他の店に来ていた客達もまた特に過剰な反応を示していない。
姉妹達を一瞥して、すぐに酒の席に戻る。
これが、いつも通りの光景なのだろう。
話しかける者はおらず、あの姉妹は独特な雰囲気を出している。
他の者など、気にする価値もない。
そんな空気を感じている。
「それで、どうするだい?」
客の女が、酒を呑みながらそう問い掛けてくる。
「どうするもなにも、こんな好機を逃す手はないでしょう?」
「あら、大胆ね。そういう若者は嫌いじゃないわぁ?でも気を付けなさい?あの姉妹に近付いた野郎どもは為す術なく冷酷にあしらわれてしまったからねぇ。」
「あ、あぁ…」
彼等の忠告に聞く耳を持たずに、俺は立ち上がる。
「勇敢だねぇ…」と、隣にいた男が呟く。
おそらく、彼は姉妹に話しかけて惨敗したのだろう。
向かう前に、アルレイヤとディナに合図を出す。
出来れば、揉め事は起こしたくない。
が、万が一という場合もある。
あの姉妹がどう言った人物なのか、俺は知らない。
だから、いきなり襲い掛かってくる可能性もある。
そうなった時、対処できる人間は多い方がいい。
ディナは言わずもがな。
アルレイヤもこの短い旅の中で、信頼に足る力を持っている。
合図に気付いた二人は、反応を示す。
ディナは頷く。
アルレイヤは、胸元に手をやる。
「フッ。」
頼りになる2人だ。
なら、俺は安心してあの姉妹の元に向かうとするか。
姉妹が座っている席に足を運んだ。
空いている残り一つの席に堂々と座る。
そして店長に、二人分の甘いジュースを注文する。
ポケットから金貨を取り出し、姉妹の卓に添える。
「僕からの、奢り。ということで」
俺の隣に居た、片方が此方を一瞥する。
少し沈黙が流れる。
そして、
「私達に何用だ?」
と、尋ねてくる。
酷く冷たい声。
警戒心が強く、此方を探っている。
だが、会話の意思はある。
話も通じる。
「素早く短く答えよ、私達はせっかちでな。」
と、一つさはんだ席に座っていたもう一人も言葉を発する。
少し高めの声。
透き通っていて、落ち着きがある。
だがやはり、警戒は解いていない。
何より、隙がない。
「俺はリュー、傭兵です。この国に訪れて真っ先に貴女達の噂を耳にしました。」
「マイヤ・プレイアンデルだ。」
「妹のエレクトラー・プレイアンデルだ。」
名乗ったあと、マイアは俺を眺める。
バイザーから覗く彼女の瞳が、俺の瞳に突き刺さる。
凄まじい闘気が店内に放たれる。
「ふっ、肝が触っているな。」
「姉上の闘気を浴びても尚、目を逸さぬとは…少し見直しました。」
「お褒め頂きありがとうございます。」
一応、礼を言っておく。
しかし…この姉妹、強い。
間違いなく、強者の類い。
円卓十剣のパーシヴァルに匹敵するかも知れない。
なら、尚更…迂闊な返答はできない。
少しでも会話をミスり、機嫌を損ねれば全て無駄になってしまうかも知れない。
注意しつつ会話を続ける。
「闘神士にも、そのような者は居なかった。」
「そしてその眼、様々な物を見て来た目だ…壮絶な経験をした目だな。」
「まぁ、旅の中で壮絶な経験があったのは確かです。」
神殺ノ遺跡、あそこはやばかった。
それこそ、絶望と死に塗れた正に地獄。
其処に居た、怪物共と比べれば些か迫力が足らない。
あの好敵手には遠く及ばない。
「ふっ、そうか。で、目的はなんだ?」
「…………」
「貴殿の瞳には、闘神士としての我々に会いたかった…とは思っていないように見える。」
その視線がより一層、鋭いものになる。
やはり、バレていたか。
流石、と言った所か。
「お見通しですか…」
ま、俺の目的が本当にソレであったならこの様な場で…人目を払ってまで近づく事はない。
「何を知りたい?」
コトン、と姉妹が同時にグラスを置く。
少しだけ、警戒が薄くなった。
が、下手な行動を起こせば容赦なく殺してやる…そんな圧がのし掛かる。
「叛逆の神女…その居場所を教えて欲しい。」
「叛逆の神女…か。その人物は幻界領域に落ち延びたと噂を聞いたが?」
「それは知っている…貴女達は、叛逆の神女が幻界領域の何処にいるのか…それが分かると聞いた。」
「フッ。」
マイヤが、鼻で笑う。
「残念だが…それは事実とは異なる。」
「というと?」
「君は我々の話、何処まで聞いた?」
「幻界領域に彷徨った際、叛逆の神女によって命を救われたと。」
「…ふむ。やはり、その噂は勘違いだな。我々は確かに幻界領域に足を踏み入れた…が、一度たりとも叛逆の神女の姿を見た事はない。
寧ろ、あのような場所に誰かが住むなど不可能に近い。」
「では、どうしてそのような噂が?」
「ある子爵の屋敷に、噂好きな侍女が居てな。その侍女に幻界領域に居た頃の出来事を話してやった。すると、彼女は我々が知らぬ間に話を脚色して色んな人間に話してしまったのさ。」
「なるほど…」
「ふふっ、悪いな。」
俺は肩を落とした。
「そう、ですか…分かりました。」
今の話が嘘だと言うことがな。
料理を食べ終えたマイヤが、ナイフとフォークを置く。
「一つ、聞かせろ。君はどうして、叛逆の神女を探している?」
「実は、ある書物を手に入れたのですが…その文字が解読不能でして、噂によればその文字を読めるのは叛逆の神女だけだったと聞きまして。」
異界大全をチラリと見せる。
古くボロボロな書物。
「僕は普段から古い書物を読み漁る事が好きでして、難しい文なども自力で解いていたのですが…どうも、この書物に刻まれている文字だけは何年掛けても解読する事が叶わず…そんな時に、噂を聞いたのです。」
「…」
「このエーレ聖王国で腕利きの傭兵か冒険者を雇って幻界領域に向かおうとしたのですが、肝心の居場所が分からねば元も子もないと思い…」
よくもまぁ、こんなにペラペラと嘘が吐けるものだ。
自分でも嫌になる、このクソッタレ具合にな。
「やめておけ。幻界領域は人間が生き残れるような場所ではない。エーレ聖王国で五勇士に次ぐ力を持つとされる我々でさえ幻界領域を半分も進む事が不可能だった。だから、諦める事をオススメする。」
「姉上の言う通りだ。命は大切にしなさい…失ってからでは遅いですよ。」
マイヤの言葉は冷たいが、優しさを感じた。
俺の身を安じて、警告してくれている。
「わざわざ、僕の為に忠告ありがとうございます。優しいのですねお二人は…」
姉妹が、少し表情を和らげる。
空気が少し、変わる。
「ふっ、掴み所がないな君は…」
どういう意味、だろうか。
「優しい、それは間違っているよ少年。」
エレクトラーが、グラスを持ちジュースを飲む。
「我々は闘神士。互いに互いの欲望の為に命を奪い合う強欲者…"優しさ"とは無縁の世界に我々はたっている。それに…」
そう言ってエラクトラーは、己の手を見る。
そして、ほんの僅かに彼女の瞳の色が変わったのを見逃さなかった。
「そう言えば私からも聞きたい、君は既に気付いているのだろう?」
姉妹が席を立つ。
背中を見せつつ、俺にこう言葉を伝える。
「真実を知るならば、それに相応しい"対価"と"覚悟"を持って来るべきだ。」
「その通り。我々は闘神士…誇りと矜持を持って立っている。故に、君が姉上の言葉の意味を理解できるならば3日待つ…ふさわしき地でな。」
そう言い残して、姉妹は酒場を後にする。
「…………」
対価と覚悟…か。
確かに、俺は闘神士である彼女達の誇りを怪我してしまったかもな。
「アルト、ディナ。」
「はい」
「うむ。」
2人は既に席を立ち、外に出て扉の前に立っていた。
「行くぞ。」
「はっ」
「ああ」
「それで、我が君…あの二人は…」
「ああ、あの2人は敢えて嘘を付いた。」
隠すつもりがなかった、とも感じられた。
そして酒場を出る直後放った、彼女達の言葉。
「くくっ、確かに俺は申し訳ない事をしたな。此処は…エーレ聖王国、実力至上主義の戦いの国。」
つまり…
真実を知りたいならば、力で示せ。
そういう事なのだろう。
そして同時に、俺は確信した。
あの2人は、俺と同じだ。
あの瞳が一瞬、憎悪に染まるのを見逃さなかった。
やるべき事は決まった。
「さぁ、動こうか。」
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