第四話 契約
俺は迷う事なく、前者を選択した。
すると、今にも崩れ落ちそうな扉がゆっくりと開かれる。
この扉を跨いだら、もう2度と後戻りは出来ないだろう。
それで構わない、元より俺は汚れている。
幼き頃から、ずっとこの手は人の悪意を悪意で葬ってきた。
幼馴染…彼女を悪意から守る為に、父から叩き込まれた悪意。
クラスメイトにも誰にも見せる事の無かった、本当の顔。
もう絶対に元の自分に戻る事がないと思っていた。
だが、なんの因果か…善人、ただの人のフリをするのはもう止めよう。
そう必要ないのだ、かの世界でクラスメイトだった者達はこの世界に訪れあの女神によって化け物へと姿を変えた。
そう、殺しても心は傷まない。
俺は、扉の中に入る。
其処は、異様なほどに静かで神秘的だった。
景色とかが美しいと言う訳ではない、景色はむしろ遺跡よりも粗末なものだ。
朽ちた石柱や石壁は、原型もなく崩れて落ち。
進む度に、蟲が瓦礫や天井から現れ落ちて来て。
とても、美しいとはいえない。
もはや、遺跡と言って良いのかも分からない。
では、何が神秘的なのか?
俺もしっかりと言葉では表せない。
ただ、神秘的だとそう感じただけなのだ。
空気が?或いは、この光景そのものが?
何故、そう感じたのか。
暫く歩くと、ふと開けた空間に出る。
「!」
そして、其処で見た。
まずそこは、澄んでいた。
ボロボロで、殺意と憎悪に満ち溢れた遺跡とは思えない程に…美しく何の穢れもなく。
ただ、綺麗だった。
先程まで俺が死に物狂いで散策していた場所は遺跡と言うより洞窟。
だが此処は、正真正銘の遺跡。
それも、神秘に満ち溢れた遺跡だ。
幾年、幾千、幾万、どれだけの時が経ったのかも感じさせない程に…
それだけではない。
寧ろ、俺が意識を持って行かれたのはそこではない。
俺の眼前には、女が居た。
美しい姫カットの金髪。
透き通った白い肌、露わになった豊満で妖艶な身体。
言葉では言い表せない程に、常軌を逸した美貌。
鬼龍院や雲母とはまた別のベクトルの美しさ。
そして気付く、俺が感じていた神秘は彼女から放たれるものだったのだと。
だが、その身体は決して美しいとはお世辞にも言えない。
何故なら、彼女の身体は見るのも憚られる程に痛々しい傷が刻まれていた。
まず、その瞳は光を失い、血液で真っ赤に染まり。
口は横に裂かれ、大量の血が地面に滴り落ちる。
俺が水溜まりだと思っていたものは、彼女から流れた血液なのだと理解した。
そして身体の至る所には、深い斬り傷が幾重もあり。
その手脚は、何重もの鎖で縛られていた。
思わず嘔吐しそうになる。
グロに耐性がある、俺でも流石にこの有様はやばい。
残虐すぎる…これは明らかに人間がやる所業ではない。
あまりにも、酷すぎる…恐らく彼女も…
少なくとも、この遺跡にいる時点で事情はある程度予測できる。
《まずは、初めまして…と言うべきか?》
「ああ。そうだな…」
《口で会話したいが、この有様でな。それにしても、酷い様だな。》
「少なくとも、アンタに言われたくはないね。」
俺の怪我は、彼女のモノと比べたら些細なものだ。
《まずは、謝らせてくれ。うぬを最悪な目に遭わせてしまった事を…》
「ん?どう言う事だ?」
俺がそう聞くと、彼女は事細かく事情を説明してくれた。
なんでも、俺は本来であればこの目の前にいる彼女によって異世界に召喚される筈だったらしい。
驚愕の事実だ…
だが、もし仮に召喚魔法が何処かで同時に使用されると、ソレはより強い魔力の方に優先されてしまう。
だから俺は、魔力がより鮮明で大きかったあのクソ女の元に召喚されてしまったらしい…そしてもう一つの要因として、あの女が召喚した勇者達がクラスメイトだったのも原因のようだ。
そして、俺にスキルやステータスが反映されなかったのは…あの女が俺の召喚主では無かったから。
本来、召喚主によって召喚された者は、召喚された瞬間から自身にとって一番適正のある力が与えられる。
が、俺の場合は彼女こそが真の召喚主だったので宝玉には何一つ映すことがなかった。
なるほどな…ならあの女もまさか、自分が召喚した訳ではない者が混じっていたのに気付かなかった訳か。
聞く所によると、召喚魔法は人類の身では行使する事の出来ない大魔法で神に分類される者のみが扱えるものらしい。
人類はコレを、"神級魔法"と呼んでいる。
って、ちょっと待て。
彼女は俺を召喚する為にその魔法を使ったと言ったよな?
つまり…いや、有り得るのか?
…そうだ、命懸けだから忘れていた!
ここは、かつて四邪神の一格である邪神龍が息絶えた遺跡だと言った…
「アンタまさか、邪神龍なのか?」
《如何にも。私こそ、邪神が一柱。邪神龍ヴォーディガーンである。これでも、かつては誇り高き龍族の神であったのだがな。》
ああ、分かってしまった。
彼女もまた、俺と同じく全てに裏切られてしまったのだと。
光の無い瞳にも微かに、憤怒・絶望・憎悪の焔が燃えている。
ああ、なるほど。
俺が、彼女の召喚者に選ばれた理由も理解した。
そして、俺に与えられた役目も。
「アンタも俺と同じだったんだな。」
《ああ…そうだ。私は、私を裏切った憎き女神と我が同胞達を殺す為にお前を召喚した。
だがすまない、うぬをそんな酷い目に遭わせるつもりはなかった。》
ああ、謝るな美しき龍の神よ。
謝らなくて良い…俺はアンタに感謝してるんだぜ?
俺に、希望を与えてくれたんだ。
その恩は、必ず返す。
「謝らなくていいぜ。俺とアンタの目的は同じなんだからな。それで、俺は具体的に何をすれば良い?」
《私と契約して欲しい。そうすれば、私の力の全てを授けよう。》
「乗った。で?その契約の内容は?」
《うぬには、我が番となって貰う。》
ん?
いま、なんと?
番になって貰う?番って確か、人間で言う所の結婚みたいな事か?
「それは…えっと?」
《む?難しかったか?ああ、人間社会では伴侶と言うのであったか?》
「ああ、いや、そう言う事ではなくて…そんな事だけでいいのか?」
《ああ。契約条件は我が番となる事。龍神の番…さすれば其方は、己が望みの全てを叶える事が出来るだろう。》
「分かった。その契約を俺は承認する。」
迷いはない。
後悔もない。
ある訳がない。
《ならば、我が額永遠なる誓いの口づけを》
「喜んで」
俺は、彼女の額にソッと口づけを交わす。
《召喚主との間に契約が成立しました》
ふと、頭の中に別の声が響く。
《新たな称号を獲得しました。『龍神の番』・『復讐の龍人』を獲得。》
《契約成立により、召喚主・邪神龍ヴォーディーガーンの権能とステータスの一部を獲得。》
これ、は…
なんだ?
あれ程までに痛かった傷が、まるで嘘の様に和らぐ。
そして、全身に力が漲るような感覚が身体に流れ込んでくる。
《契約は成立したな。早速だが、ステータスを確認して見るがいい。》
「分かった。」
えっと確か、ステータスを確認するには《ステータスオープン》と呟くんだったか?
どうやら正しかったようで、俺の目の前にステータスの数値が記された水色の画面が映し出される。
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リュート・イズモ (15)
種族:半龍半人
性別:男
レベル:1
攻撃力:50000
耐久:40000(+α)
敏捷:35000
魔力:55000/55000
幸運:10000
固有スキル:【邪神龍の権能】・【復讐者】・【邪神の眷属】
称号:【龍神の番】:神なる龍の番となった者に与えられる称号。
固有スキル
【邪神龍の権能】:邪神龍の持つ能力を扱う事が可能。
【復讐者】:憎悪の念がある限り、その対象への特攻が発動する。
【邪神の眷属】:このスキルを持つ者が多ければ多いほど、対象者達のステータスが向上する。
スキル所有者同士は、共鳴する。
該当スキル
【神速】:この世の全てを置き去りにする速度で移動出来る。
【対魔力・神】:神級以下の魔法の殆どを無効化する。
【龍神の寵愛】:常時発動スキル。ステータスの補正値が常に2倍となり、魔力回復や耐久回復力も3倍となる。
【神龍鎧装】:龍族が持つ、最強の切り札。自身の身体に鎧を纏う事が出来る。効果時間は永続。全身・片手・顔・片足など、任意で変更可能。物理耐性・魔法耐性・状態異常耐性など自身への攻撃を9割軽減する。
【龍圧】:己より劣る全ての者が対象。圧倒的な魔力による威圧が常に発動する。任意解除可。
【龍ノ番】:契約者或いは自身のどちらが死亡した際に発動する。全ての能力値が5倍となり復活を遂げる。
ストック数:100
【神龍眼】:対象の全てを見透かす瞳。対象のステータス・レベル・スキルからありとあらゆる情報を視る事が可能。
【邪龍ノ怨恨】:殺した対象の魂を消滅させ、永遠にその存在を無へと変える。
…etc
その他にも、様々な力を手に入れたが割愛する。
しかし、レベル1でどうしてここまでステータスが高いのだろうか。
《それは、うぬが私と同じ龍となったからだ。種族によってそのスペックには違いがある。
うぬは我が番、つまり龍の人へと成り変わったが故に、そのスペックは人を遥かに凌駕した。と言う事だ。》
「なるほどな、なら当然、普通の人間よりもその成長に必要な経験値も多く必要なのか。」
《如何にも。普通の人間がレベル2に上がるのに必要な経験値が10だとしたら、うぬはその100倍は必要だろうな。》
そ、そんなになのか…そりゃそうか。
確か、浦蟻はレベル1でステータスが100を少し超えるかどうかだった…そこに加えて、勇者特有の異常な成長速度を考えると…
例え、俺のステータスやスキルが強くとも油断はしない、慢心もしない。
もっと、力をつけなければ。
「どうすれば強くなれる?」
《喜ぶが良い、ここに住まう怪物達は全てこの世界では最強と言っても過言ではない。
つまり、うぬのレベルを上げるには打って付けの場所だと言う事だ。》
俺は、その言葉を聞いて少し不気味に微笑んだ。
ああ、そうだ。
道中で襲われたあの怪物達は、この神の力に充てられた最強の魔物。
最強の魔物同士で争い死線を潜り抜けた猛者の集まり。
つまり、奴等を倒せばそこから得られる経験値も莫大なものになるに違いない。
《レベルを上げる前に、私をこの封印から解いてくれ。私から得たその力で私の神格を貫け。》
「そんな事して大丈夫なのか?」
《問題ない。例え私が死んでも、お前が生きていれば、何度でも甦る。さぁ、やれ。》
分かった。
そう呟き、俺は右手にありったけの力を込める。
権能【神龍外装】を右手に発動する。
切断された右手には、メカメカしい龍の腕が装着される。
そしてその右腕で、彼女の美しい胸の中心を貫いてみせる。
すると、神格を穿たれた邪神龍の姿は崩れ始め消滅する。
《番が死亡しました。これによりスキル【龍ノ番】が発動します》
そんな説明と共に、先程まで見るも無惨な姿だった美しき龍の神が真の姿を現す。
美しい姫カットの金髪、冷酷な紅と蒼の瞳。少し尖った耳。
透き通った白い肌、露わになった豊満で妖艶な身体。
言葉では言い表せない程に、常軌を逸した美貌。
身体の殆どが露出したビキニ、長い脚を覆う黒タイツ。
禍々しくも神々しい魔力を纏い、凛々しく美しく…全てを魅了する神顔と神体を露わにした女。
彼女は、此方に蠱惑的に微笑みゆっくりと近付いてくる。
そして、指をパチンと鳴らす。
黄金に輝く玉座が出現する。
彼女は、その玉座に腰を掛け手を頬に突き、そのタイツを履いた脚を組む。
その姿は正に、この世に君臨する神であった。
俺は、無意識に身体が動き、気が付けば王に忠誠を捧げる騎士の様に跪いていた。
「我は原初の神龍であった者。今は地に堕ち邪に堕ちた邪神龍ヴォーディガーンである。
我が愛しき番よ、汝の名を聞こう。」
「出雲龍斗。」
「ふむ、良い名だ。では早速地上に降り立つ前に、まずはこの遺跡で貴様には強くなって貰わなければな。」