第四十六話 裏切りの真意と真相
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「貴殿らの名は?」
「リュー、そしてディナだ。無論、偽名だ。」
「やはりか。」
やはりか。
その一言から、俺の語った名前が偽名だと分かっていたのだろうか。
嘘を見破る能力があるのだろうか。
「本来の名を隠す必要がある、と言うことはだ。その名を知られると都合の悪い事情があるのだな。」
その通りだ。
今はまだ、明かさない。
「パーシヴァルさん?」
ガレスが割って入ってくる。
心底、つまらなそうに。
「なんだ?」
「疑問なんだけど〜、あのガキ共にどうしてそんなに興味を持つの??」
「少し、違和感があってな。」
違和感。
まさか、気付いているのか?
オレ達の正体に…いや、それはないだろう。
だが、警戒している。
「我々を目にして、怯えが一切感じられん。」
「うーん、そうかなぁ?怖気ついてるように見えたけど…」
「いいや、違う。違和感の正体は分からん、敵意は感じない、我らを見ても戦意は消えていない。」
「例えそれが本当だとしてもさぁ、パーシヴァルに不意打ちの類は効かないじゃん。」
「ああ、奴はおそらくソレを理解している。我々の実力も測り切っている。が、しかしそれでも尚、対話を求めている。」
鋭い、観察眼。
大体、正解だ。
「大陸最強と謳われる円卓騎士団、そして我ら円卓十剣。目の当たりにしても尚、恐れずあまつは、会話を求めて来た。」
ニヤリと、パーシヴァルの口元が綻ぶ。
初めて目が合った。
奴の感情が初めて、俺に対して興味を持った。
「ほう?」
「それは気になりますな。」
「ただの部外者だと決め、放っておいたが…存外、話す価値のある人物だと判断した。今、俺の興味はアルレイヤではなくこの男に向いている。貴公らは、アルレイヤから手を離すな。」
チラっと、アルレイヤの方を見る。
そして、再びその鋭い眼光が俺を突き刺す。
「今のアルレイヤに興味は無くなった。そもそも、聖剣の使えないアルレイヤなど、我の相手ではない。
「まー、確かに…クルズに苦戦しているようじゃ、オレ達には勝てないっしょ。」
ルキウスが、そう嘲笑する。
「…………」
しかし……。
流石、と言うべきか。
パーシヴァルに、隙はない。
評価を改めなければならない。
遺跡の怪物は、確かに強かった。
しかし、奴等には人を弄ぶが為の油断と隙があった。
だが、この男にはそれがない。
油断も、隙もない。
何か行動を起こせば、あの大槍が飛んでくるだろう。
大陸最強も頷ける。
そして何より、パーシヴァルはさほど…アルレイヤに執着している訳ではないのか。
おそらく生粋の武人。
なら、やりやすい。
「ひとつ、聞こうか。」
「アンタは、アルレイヤにさほど興味を示していないように見える。それはアンタが純粋な武人であり、今のアルレイヤはアンタが直接、手を下したいと思える程の実力がない。違うか?」
「その通りだ、確かに私は女帝に絶対的な忠誠を誓っている。しかし、それと別に私は強者との死闘を好んでいる。」
「例えば、魔神とその軍勢とか?」
「ああ、興味はあるが叶わぬだろう。」
「理由は、エーレだ。」
四つの勇者国の一つ。
エーレ聖王国。
それが、理由?
「勇者国が同盟国だと言っても、我々は仲がいい訳ではない。大結界が破られたと言っても、あそこには五勇士が居る。そして、何より、我が女帝がそれを許さぬ。」
さらに。と、ボールスが補足する。
「勇者国同士の関係性はかなり複雑なのだよ。幾ら、大陸最強の軍事力を誇る円卓騎士団と円卓十剣といえど、他国の軍と勇者を相手にするのは不可能ですからな。」
なるほどな…。
四大勇者国は同盟国だと言っても、特別に仲が良い訳ではなく…他国が無断で入ってくるなら問答無用で迎撃すると。
確かに、そうなれば大陸最強を誇る大帝国でも相手もまた最強の勇者達が居る国々。
まともに相手をすれば、返り討ちに合う可能性すらあるのか。
最強と言えど、自由ではない。
「ヴィーナスはどうなんだ?」
「ふむ。」
聞いてみたかった。
勇者国の人間に、あの女神に対するイメージを…あの女神に対する立場が知りたい。
敵対するにあたって、重要になってくる、かも知れない。
「女神ヴィーナス…あれは勇者国の絶対的なる象徴。仮に奴を敵に回せば、それ即ち残り三つの勇者国に加えて大陸各国が合従軍を組み全力で滅ぼしにかかってくるだろう。
それに、帝国は少なからず女神に恩がある故に我らもまた敵対するつもりはない。」
女神ヴィーナス=この世界の象徴、か。
絶対なる忠誠を誓っている、と言う訳ではないが、仇なすなら容赦しないって感じか。
つまり、確定した。
やはり、女神を殺すには…この世界そのものを相手にする必要があるらしい。
「それで言えば…ヴィーナスは勇者を召喚したのだったか。」
それは、クラスメイト達の事だろう。
耳に入っていても、おかしくはないからな。
表情は厳格なままだが、微かに歓喜の声色を浮かべながら流暢に話す。
「我々と同じ異界人であり、あの女神によって召喚された勇者達の活躍は帝国にも情報が入って来ている…」
酒場で聞いた話では、クラスメイト…勇者達はヴィーナス勇王国が管理する遺跡を次々に攻略し対魔神に向けて着実に力を付けているらしい。
「しかし、帝国として勇者達の成長を危険視している。我が女帝の障害となるのなら我ら円卓十剣は容赦しない。かと言って、敵対するには未だ足りぬがな。」
勇者国同士での潰し合いが起こりうる場合もあるって訳か。
それはそれで、困るな。
女神とクラスメイトだけは、俺が殺さなければならない。
やはり…俺の復讐を完遂させるにはその障害となる全ての物を蹂躙しなければならないらしい。
「一つだけ…聞かせろ。なぜ、女帝とやらはアルレイヤをここまで執拗に狙う?どうして、そんなに殺す事に執着している?」
ピクっ。と、アルレイヤが反応する。
どうやら、彼女と興味があるらしい。
「ふっ、良かろう…我が女帝がどうしてアルレイヤの死を望むのか。」
パーシヴァルは、その鋭い眼光をアルレイヤに向けて言葉を紡ぐ。
「それは…貴殿の存在が原因だ。」
「…は?な、何を言って、私の存在?」
困惑と混乱。
アルレイヤは、誰の目にも分かる程に動揺している。
ガレスは、嗤う。
ルキウスは、憐れむ。
ボールスは、睨む。
「ぷぷぷ、ドンマイ〜」
「流石に、可哀想だよな!」
「ふん、どうでもいいですな。」
「一体ッ!どういう事なのですか!」
パーシヴァルが、言葉を続ける。
常に警戒し、隙を見せない。
俺とディナから、視線を外さない。
「モルガン様は、ずっと貴様の存在が邪魔だったのだ。」
邪魔…?
アルレイヤの存在が、モルガンにとって不都合だった?
わからない、なぜそうなったのか。
当の本人もまた、不可解な様子で困惑する。
「姉上が、私の存在が邪魔だと?」
「ええ。まだ貴女が生まれたばかりの頃は、モルガン様は貴女を世界で一番大切な妹として可愛がっていた。」
「…」
「しかし、ある日…貴女は、才能にありふれたモルガン様でさえ抜けなかったかの聖剣を10歳と言う脅威の若さで抜いてしまった。」
「そ、それが…全ての原因なのですかっ!?」
いや、恐らく違うだろう。
それだけで彼女を殺すに至ったと言うなら、あまりにも王としての器がなさすぎる。
何か彼女を裏切るに至った決定的な原因があったはずだ。
円卓十剣達の女帝に対する忠誠心。
かの女帝がそこまで愚かならば、彼等もここまで忠義を捧げる事は無いだろう。
それは、パーシヴァルの態度からわかる。
尊敬。
親愛。
盲信。
性格も在り方も異なる彼等が、女帝に対しては絶対なる忠義がある。
だからこそ、決定的な何かがあった。
女帝が、姉が妹の死にここまで執着を見せるのは…
パーシヴァルは、再び話を続ける。
「無論、それだけが原因などではない。」
それは、そうだ。
「聖剣を手にしてからの貴殿は凄まじい活躍ぶりだった。我々もまた、貴女の存在を非常に高く評価していた。当時の私は愚かにも、そんな貴女に剣を捧げても構わない。そう思うほどにな。
あの女神もまた、貴殿には非常に注目していた。」
あの女神からも注目される位の実力。
今のアルレイヤからは想像も出来ないが、分かる。
少し迷宮で見ただけだが、あの剣術は天才的だった。
「モルガン様もまた、貴殿の活躍振りを自分の事のように喜んでいた。そう、あの時までは…」
恐らく、次がそうだ。
モルガンが、アルレイヤを亡き者にしようと決めた根拠が語られる。
「そこから数年後。互いの運命を決定的に決めた出来事が起きた。貴殿も憶えているだろう。あの、禁足地での出来事だ。」
「っ!」
アルレイヤは、そう問われて目を見開く。
心当たりがあるのだろう。
俺には何のことかさっぱりだがな。
「ブリテンに魔神より生み出されし軍勢との戦い。モルガン様は次期女帝として我々円卓騎士団を率いて殲滅の為に迎え討った。」
ルキウスが懐かしむように、語る。
「あれかー、あん時はマジでやばかったよなぁー…四方八方から無限に湧き上がる隻魔種の軍勢。」
「思い出しちゃったじゃ無いですか!あれはもう、死ぬかと思いましたよ…幾ら我々でも流石に限界がありますからね。」
「ええ、せめてモルガン様だけでも。と、何度思った方か…」
「……っ」
アルレイヤもまた、思う所があったのだろう。
口には出さない、それを分かち合ってくれる仲間はもう居ないから。
そして、彼等の口振からして相当に苦しい戦いだったのだろう。
隻魔種。
遺跡で遭遇したアレらの事だろう。
確かに、アレが大軍で襲いかかって来たら絶望でしか無いだろう。
「それと、私がどう関係があるのですか!?」
弱々しい声で、叫ぶ。
「わからないのですか…」
「当然であろう、あの時の奴はまだ12かそこら。あの時は正に絶望だった。屈強な騎士達が次々に殺され、円卓十剣である我らでさえ満身創痍…無限に増え続ける怪物の軍勢。もはや、ここまでか…そう思った時ーー貴殿だけは違った。」
その瞳には、様々な感情が入り乱れていた。
全てを読み取るには、複雑だ。
「全員が諦める中、貴女だけは戦意が折れていなかった。聖剣を振い、次々と魔物の軍勢を葬り、鼓舞で我々の士気を上げ導き、挙げ句の果てには魔神の幹部であった軍勢の首魁を自ら討ち取って見せた…」
アルレイヤ、まさかそこまでだとは…聖剣がどれほど強力だったのかは分からない。
が、僅か12歳と言う年齢でそれを成してしまったのか…
「その姿は…モルガン様に忠義を尽くす我々でさえ、心を動かされるようなお姿であった…」
殺意や敵意は消えずとも、その瞳には尊敬の意思があった。
「だからこそ、あまりにも残酷であった。モルガン様の心情を考えるとな。」
「な、なぜ…姉はあの時、笑顔で私をっ!」
ああ、違う。
違うんだ、アルレイヤ。
お前は分かっていない。
その笑顔が一体、どれ程の思いを持っていたのか。
「やはり貴女は愚かだ。あの笑顔の真意を貴殿は分かっていない…其処にどんな想いが入り混じっていたのかを…一つだけ教えてやるとするならば、あれがモルガン様の心を壊した原因の始まりだ。」
アルレイヤは、黙ってしまう。
「軍勢を討ち破りモルガン様は、その顛末を余す事なく父君と母君達に報告した。お三方は大層に喜んだ。特に貴殿の活躍を子供のように喜んでいた。
民もまた、貴女を英雄だと囃し立てた。」
アルレイヤの表情が、更に暗く染まる。
「そしてある日ーーモルガン様は父君に呼び出された。その場には我々も同席していた。遂にモルガン様が次の女帝になるのだ…そう誰もが思っていた。
しかし、父君はこう言ったのだ『次の皇帝の座はアルレイヤに継がせる。モルガンよ、其方は妹を側で支えてやって欲しい。』とな。
そう告げられた時のモルガン様の顔は今でも憶えている…全てを貴殿に奪われて絶望に染まったあの表情が!我々の頭から離れる事を許さぬ!」
凄まじい殺気。
それはその場にいた円卓十剣とその騎士達の全てから放たれたもの。
「全てを奪った事を知らずに無邪気にモルガン様に近寄る貴殿をどれほど憎んだか分からない…そして、モルガン様が貴殿を殺し女帝の座を奪い返す。そう告げた時、我等は誓ったのだ。
コレまで積み上げて来た全てを…かつて彼の地で誓った忠義を捨てモルガン様を必ずや皇帝にしてみせると!」
パーシヴァルが、大槍を構える。
ガレスが、大盾と剣を抜く。
ボールスが、剣を手にする。
ルキウスが、大剣を構える。
円卓の騎士団が、剣を抜く。
「…………」
潮時、か。
ディナに、合図を送る。
「ーークク」
そんな緊縛した空気の中で、読めない笑い声が響く。
「何が可笑しい…小僧。」
そう、嗤ったのはリュート。
「いや、すまない…あまりにもーーくだらない話だったから嗤ってしまった。」
 




