第四十一話 円卓降臨
一時間が経った。
が、一向にアルレイヤが現れる気配はなかった。
時刻は13時を少し過ぎたあたり。
昼には戻ると彼女は言った。
「…………」
いや、そもそもあの律儀な彼女が時間を大幅に過ぎて遅れて来る事が有り得るのか。
アルレイヤは必ず約束の時刻の5分前かピッタリには来ていた。
時間、約束事にはしっかりとした性格だ。
「どう思う?」
「…さぁな。」
眠そうな顔をしながら、そう呟く。
が、俺にはわかる。
この顔はきっと、少し悲しんでる。
「あの真面目ちゃんが約束を反故にして逃げ出したと思うか?」
「知らん。」
拗ねている。
が、まだ諦めては居ない。
ディナもまた、彼女を心の中では信じているのだろう。
気に入ってたしな。
「ま、俺としては彼女が俺達との約束を破るとは考えられないがな」
「…」
「考えられる事としては…やはり。」
むしろ、こっちの方が本命だろう。
「彼女の身に…何かあった。」
まだ、決まった訳ではないがあり得る。
彼女にとって想定外の事が起きたのかも知れない。
或いは、本当に彼女は逃げ去ったか。
どっちにしろ、確かめるべきだ。
「どっちだと思う?」
「何?」
「アルレイヤが俺達を置いて消えたのか…或いは、何か想定外の事が起きて逃げざる得なかったのか。」
「ふっ。そんなの、一つしかないだろう?」
起き上がり、ディナは笑った。
ま、そうだよな。
「甘いな、俺もお前も。」
俺も立ち上がり、歩き出す。
「さてと、お前は…どっちだ?」
誰に向けられたかもわからない怒気を帯びて、龍斗は嗤う。
ーー
少し冷静に、考える。
あの生真面目で律儀な彼女が俺たちを騙したというのは考えづらい。
何か、気が変わって…なんて線も考えられるが…あり得ないだろう。
一番、考えられるのは…俺達に正体を知られた事で裏切らられ前に早々に去った。
これも、ないだろう。
彼女は、俺を信頼して自ら正体を明かした。
仮にそうだとしても、今朝が昨夜の時点で俺達が起きる前に姿を消した方が効率が良い。
だから、これもない。
それとも初めから、報酬を王宮で受け取ってそのまま姿を消すつもりだった。
いや、これも違うだろう。
アルレイヤには、神脉石を一つ渡した。
あの石について彼女はこう言っていた。
国の経済を揺るがす程の価値。
それを知っている彼女なら、或いは…ソレを売る為のルートを知っているのかも知らない。
生きている時間が長い彼女ならあり得る。
もし、そうなら。
もし、そうだとしたら。
騙す前の、無駄な行動が多すぎる。
性格的にも演技は不得意なのだろう。
騙すつもりなら、下手くそすぎる。
とまぁ、ここ迄が建前。
俺は彼女が裏切ったとは、一ミリも思っていない。
と、言えば嘘になるがほぼないだろう。
裏切られる辛さを知っている人間が自らソレをやるとは思えない。
俺達の預かり知らぬ所で、何かがあったのだろう。
少し距離があるが、王城へと向かうか?
幸い、王城はそれほど距離は離れていない。
やはり、事実を知るには直接行くしかない。
まぁ、王城にアルレイヤが居るかどうかも分からないが…
このまま、さよなら…じゃ、何処かやりきれない。
それに、彼女にはまだ役に立って貰わないと行けない。
「行くぞディナ。」
彼女に声を掛けて、王城へと向かう為に歩き出そうとした。
「おい、速報だ! 内容は…あの龍の雫を見つけた女の話だ!」
そんな声が、耳に入る。
ピタリ、と足が止まる。
噴水広場に、人だかりが出来ていた。
言葉を発した男は、物凄く焦った様子だった。
「あの女の正体は…消えた、"叛逆姫"だったらしいぞ!」
「ーーーーーッ!」
どうやら、イヤな予感は当たっていたらしい。
一番、当たって欲しくない予感だった。
それにしても…バレたのか。
その正体が…
「…………」
何故、バレた?
集団の会話に耳を傾ける。
観衆が一人、また一人と集まってくる。
それを見た男は、事の顛末を話し始める。
俺達も耳を澄ます。
「例の女が龍の雫の報酬をもらいに王城に訪れたら、王城に張ってあった魔術破りの結界が女の聖霊を弾いた事で姿が変わったらしい。
その正体は……かの帝国の元女王"叛逆姫"と顔が瓜二つだったらしい。」
「ほぉ〜?」
「まじかよ…」
王城に、そんな結界が施されていたのか。
それは、どんな者でも回避しようがない…かもな。
「それで?」
「なんでもアネットの王は非勇者国だからコレを見逃そうとしたが、其処に帝国の使者が居合わせていたんだとさ。んで、叛逆姫はすぐさま邪の森に逃げ込んだらしい。」
「そりゃ、悪かったな。ハハ」
「帝国の使者が居なけりゃ、正体がバレても逃げずにすんだかもな?非勇者国のアネットからすりゃ勇者国に報告する義理もなかったからな。」
「て事はよぉ、今から邪の森に行けばあの叛逆姫を拝めるって事か?」
いよいよ、面倒事になってきたな。
それにしても、運が悪いな。
「いや、やめといた方がいい。」
一人の傭兵が、そう声をあげる。
「おいおい、ビビってんのか!?こっちはなぁ、報酬を横から奪われていらいらしてたんだ!」
この男の怒声を皮切りに次々と傭兵達が声を出す。
「その通りだ!それに、龍の雫よりも報酬は高いからな…追わないって選択肢はねぇ。」
「あぁ、全くだ!こんな好機もう2度と巡っくてこねぇかも知れないだろ!!だから、俺達があの女を捕まえて一攫千金を狙うしかねぇだろ!」
徐々に盛り上がってくる傭兵たち。
まぁ確かに、手の届く距離に莫大な宝が転がっていたら狙いたくなる気持ちも分かる。
「だから、やめとけって!」
先程の男が、再びそう声をあげる。
有頂天になって準備をしていた傭兵達が、一斉にその男を睨む。
「あぁ!?」
「アルレイヤ・ペンドラゴンを狙うのは諦めろ…言いそびれたが、その帝国の間者は叛逆姫発見の報をもう既に本国に送ったらしい…そして、最初に女を発見した栄光の渇望者の件で既に近くに軍を張っていた…悪い事は言わない、やめておこう! これはもう既に俺達の出る幕はない!」
男は、身体を震わせる。
「さっき…かの超大国からこのアネットに向けて言伝が届いたらしい…『これより叛逆姫アルレイヤ・ペンドラゴンの行方を帝国以外の人間が追う事は許さぬ。コレは警告ではなく命令である。叛逆姫の件は、帝国が誇る最強の戦士達が預かる。
故に、誰一人として追う事は許さん。』…と。」
その言葉を聞いて、傭兵達が血相を変える。
「その、戦士達ってのは…まさかっ!」
「ああ…その、戦士達の名はーー」
男が、身体を震わせながら言葉を発する。
敬意と、畏怖の念を込めて彼等の名を呼ぶ。
ドォォォォォン。
同時、凄まじい銅鑼の音が響き渡る。
「ガルァァァァァァア!」
同時、恐ろしい竜の雄叫びが響き渡る。
「ォォォォオオオオ!!」
同時、荒々しい人々の声が響き渡る。
その、囂々しい音は、大地を揺るがす。
鋭く気高いその叫び声は、遥か頭上から響く。
その、荒々しい雄叫びは、空を震わす。
一斉に天を仰ぐ広場の傭兵や国民。
巨大な龍の群れが、空を駆けていた。
「グルァ、おがァァァァァァァァァァァァアッ!」
「ルォ、アルガァァァァア!!」
「ギェ、ギュルェェェエ!!」
様々な色、形を持った龍が空より唄を奏でる。
その上には、恐らくフルプレートの鎧を纏った騎士が幾人も乗って銅鑼を叩いている。
その群れは、全て邪の森の方角へと消えていった。
あっという間の、出来事だった。
傭兵達の顔色が、悪くなる。
もはやその顔に、活気はなく恐怖に染まっている。
さきの出来事で掻き消された男の声が、再び色を取り戻す。
そして、彼は”その名”を口にした。
「円卓十剣…」
正に、人類最強戦力の降臨であった。




