第四十話 神の話
長い夜が明けた。
翌朝、少し早起きをしたのでアルレイヤと合流して食事を取ることにした。
かなり早いので客は少なく、かなり席が空いていた。
一番奥の席に三人で腰を掛け、食事を注文する。
客は少ないが、それでもその視線はアルレイヤの元へと集中する。
無論、容姿は真の姿ではなく偽りの姿。
確かに、偽装していても美しい容姿は異性の目を惹く一つの理由だ。
だが、今回は例の秘宝の発見者として注目を集めている。
「あれが…、とんでもねぇ美人だなぁおい。」
「ん?あの二人組は何処のどいつだぁ?まだたったの一日も経ってないってのに、もう取り入ったのか?」
「はっ、大した力もないのにどうやって取り入ったのかねぇ?土下座でもしたんか?」
全ての視線が、尊敬や敬意に溢れている訳ではない。
ひやかしの内容は恐らく、嫉妬から来るものだろう。
所詮、弱者の戯言…気にする必要はない。
が、彼女はそうも行かないらしい。
硬い表情、少し苛立っている。
彼女の性格からすれば、これは我慢ならないのだろう。
「黙っていれば好き勝手に…」
「放っておけばいい、アンタに嫉妬してるんだ。ああ、言う奴らは口だけで自分じゃ何も出来ないからな。」
そう吐き捨てて、食事を続ける。
俺の言葉が図星なのか、奴等は何も言えない。
それに、ここで騒ぎを起こすのは避けたい。
ま、あの程度なら問題あるまい。
気にしていない俺達の様子を見て、アルレイヤも溜飲を下げる。
苛立ちは多少、残っている。
が、表情は先程よりも柔らかくなった。
彼女はグラスを手に持ち、中に入った水を飲み干す。
そして、少し息を吐く。
「取り乱してしまい申し訳なかったです。」
「気にしなくていいさ」
こういった物には、慣れている。
それに俺はそれ以上の悪意を、知っている。
救いようのない獣に変貌した、クラスメイト達。
そして、あのカス女神。
「そう言えば、異界暗文を知ってるんだよな?」
解読不能、正体不明の文字を彼女はそう言った。
つまり、どんなものかも知っている。
「はい」
ずっと思っていたが…
「博識だな。」
「いえ…ただまぁ、昔は書物や文献の類を読み世界を知る事に必死でしたから。その名残です。」
ああ、そうだった。
見た目こそ、普通に二十代前半…十代後半に見える。
が、おそらく彼女はその何十倍もの人生を生きているのだった。
曰く、彼女は妖精・聖霊・そしてエルフの血を引くクォーターと言っていた。
「聖霊や妖精達と共に文献や書物を読み聞く事が私が唯一、心を落ち着かせる事が出来た掛け替えのない時間であり宝物でした。それに、文字はその意味や感情を幾重にも読み取り作者の意図の真意や奥深さを感じる事が出来てとても楽しいのです。」
わからない、と言う訳でもない。
俺も小説を読むのは好きだった。
文字には文字でしかわからない魅力がある。
文字に感情が動かされることもある。
本、趣味の話をするアルレイヤはとても幸せそうだ。
「そうか…確かに、その気持ちは分かるかもしれない。それで…異界暗文ってのは、実際どんなものなんだ?」
「こほん…異界暗文は”異界禁文"とも呼ばれる、一般的にはその存在すら知る事を許されない文字です。」
「そう呼んだのは、ーーヴィーナスか?」
「その通りです。」
「そうか。それで…ヴィーナス、いや"女神"ってのはどういう存在なんだ?」
「遥か太古の時代。この世界にまだ神という概念すら存在しなかった頃の話だ。
世界は様々な種族間による激しい戦争が繰り広げられていた。
その戦争は最強と謳われた龍族にすら死者が出る程に苛烈で凄惨な戦争だった。
その中でも酷い被害を受けていたのが人族だ。」
この手の話は、ヴォーディガーンの方が詳しいか。
アルレイヤも、彼女に話の主導権を渡した。
「そんな最中、滅亡寸前の人類が天に救いを願った。
すると、その願いを聞き届けた原初神によって救いと祝福…そして世界の均衡を保つ為に天界より女神が遣わされた。かつての女神の名は"マリア"。彼女は慈愛に満ちた女神でこの世界の誰からも愛された。
そんな彼女は、各種族の長をそれぞれの神として立て互いに手を取らせる事で戦争を止めて見せた。」
ヴィーナスは、この時点で女神ではなかったのか…?
「しかし、ある日ーー女神マリアは何者かによって殺された。
当然、神殺しの犯人探しが始まった。そこで現れたのがあのヴィーナスだった。
彼女はマリアを殺したのは龍神・亜神・そして魔神だと偽りの証拠と共に宣言した。
初めは誰もが半信半疑だった、しかし魔神の統率していた魔族や魔物が、龍族の戦士が、亜神の眷族達が暴れ始めた事で状況が一変した。
神殺しの邪神として、世界の巨大な邪悪となった我々に立ち向かう為に、ヴィーナスは神の召喚術をもってその邪悪と戦う勇者を召喚した。
そして、邪神を退けその殆どを始末したヴィーナスは"女神"となり、この世界の唯一の神として君臨した。」
これが、この世界の真実だ。とヴォーディガーンは語った。
あまりにも壮絶で、闇が深い話。
アルレイヤもまた、驚愕で顔を丸くしている。
女神ヴィーナス…何処までも、憎く醜い女だ。
「その女神ヴィーナスが恐れ、語る事も書く事も存在する事さえ禁じたのが"異界禁文"…」
「ええ、文献にはそう記されています。」
この情報は貴重で、かなり重要だと思った。
女神が恐れ、危険だと指定した文字。
女神ヴィーナスにとって、都合が悪い程の何かがあった?
つまり。
異界暗文は、女神殺しにとって重要なピースなのかも知れない。
アルケイデスが遺した、異界暗文こそが神殺しへと繋がるのではないだろうか。
となると、やはり最重要なのは…その文字を読める唯一の存在。
古の魔女。
絶対に、会わなければならない…生きてるとは限らないが。
今の情報を、確かめる為にも…
必ず、探し出す。
全ては、この俺の復讐の為に…
「私も知り得なかった事がありました…そう言った背景があったのですね…」
「ああ、そうだな。」
「我の話は役に立っただろう?」
そう言ってディナは、フンと鼻鳴らす。
「私の出番はあまりありませんでしたね。」
「いや、助かったよ。ありがとう。」
「それで、今日の予定はどうなんだ?」
「そうですねーー」
アルレイヤは今後の詳細な予定を話した。
予定通り、午前中で終わるらしい。
なら、俺とディナはそれが終わるまでは適当に街をブラブラしたいよう。
早めの朝食を終える。
行儀良くナイフとフォークを起き、アルレイヤは立ち上がる。
「なるべく昼には報酬を得て合流出来るように尽力します。予定通りに進めば、昼前には終わるとの事ですので」
報酬は、王より報酬金を得た後に渡す事になっている。
神脉石は売れば確かな金を約束されているが、リスクが高いと判断した。
となれば、即日で手渡される龍の雫の報酬の方を優先するのが得策だと3人で話し合った。
暫くの間は、金に困る事もないので急がなくても良い。
「ではお二方、お先に失礼します。」
「ああ。昼に噴水広場に居るよ。」
「わかりました」
ぺこりと頭を下げて、彼女は王の居る王宮へ向かう為に、静かに宿を出て行った。
ーー
アルレイヤと別れたあと、俺とディナは一度宿を出て外を見回る。
宿は昼前まで取ってある。
取り敢えず、残りの2時間を有効活用しよう。
旅立つにあたって、やはり旅は人目のない場所を通りたい。
宿屋の話では、宿の裏道を通ると雑木の深い林が広がっている。
薄暗く、人目を避けるには打ってつけの場所だ。
宿はこの辺りでも町がよく見える高台に立っており、アルレイヤが居ると思われる王宮は結構近くにある。
町の動きや風景が観察できて、案外悪くない。
「そろそろだな。」
時刻は、11時50分。
適当な用事を済ませ、宿で昼食を食べ終わる。
あと10分くらいで、例の場所に集合する時間になる。
立ち上がり、移動する。
俺は出立の準備は昨日の段階で終えていたので、部屋で荷物を回収。
そして、一階の入り口のカウンターで待機していた宿の主人に声をかける。
「世話になりました」
「リュー様、ディナ様!またアネットへ訪れた際には、是非ともこの宿をご利用下さい!サービスしますのでね!」
「ああ、それじゃありがとうございました。」
やはり、金の力は素晴らしいのだろう。
主人は満面の笑みを見せ、俺達を外まで見送る。
それから5分ほど歩く。
そして、集合場所となる噴水広場の前に到着する。
後は、時間まで暫く待機する。
「…………」
約束の時間から、5分が経過した。
少し、準備に手間取っているのだろう。
まだ、そう考えられる。
「ふぁぁ…眠い。」
「…………」
ディナが欠伸をして、俺の右手を両手で握り肩に頭をぽんの乗せる。
甘い匂いと柔らかな感触。
約束の時間から、30分が経過した。
「…」
結局、一時間経ったが現れなかった。
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