第三十九話 報酬
最後に俺達は、報酬の話をする。
アルレイヤは、報酬として金は受け取らないと頑なに譲らなかった。
それでも彼女への対価は、やはりそれ相応の物がいいだろう。
ああ、そう言えば神殺ノ遺跡で価値がありそうな物を幾つか持ち帰っているのを忘れていた。
皮袋を漁り、その中でも一際綺麗で高そうで希少そうな物を手渡した。
「こ、これは…」
手渡された物を受け取ったアルレイヤは、大きく目を見開いておどろいている。
あまりの動揺に、その鉱石を落としそうになる。
「どうした、そんなに驚いて。」
「え、ええ…」
「もしかして、粗悪品だったか?」
「い、いえ!これは、、、」
何度もその鉱石を眺める。
そして、グイッと顔を俺の方に近付ける。
「これは…"神脉石"ではありませんか!?」
「ある遺跡で拾ったんだが、そんなに珍しいのか?」
いや、それはないか。
ヴォーディガーンが封印されていた祠の周りにたくさん落ちていたし、他にも遺跡のそこらで見かけた。
ま、確かに色は淀みのない白で艶めいていて美しいが。
「本物、、、リュート殿、これは紛れもない"神脉石"ですよ!?初めてみました…」
「そう、言われてもな。」
「文献や資料で読んだ事のある特徴と全てが一致しています…やはり、絵で見るのと現物を間近で見るのは違いますね…」
「そんなに言うって事は、かなり希少なんだな。」
「ええ…何せこれは、数千年前に発見されたのを最後に発見報告が消えた伝説の鉱石ですから。」
数千年前…
アルレイヤのこの驚ようと言い…それほど希少なのだろう。
例えるなら、絶滅した恐竜が密かに生きていた。みたいな感じなのか?
「"神脉石"は、神秘が色濃い遺跡や祠などで稀に生まれると言う伝説の鉱石です。その鉱石は正に神がこの地に生きていた証であり、その鉱石を持っているだけでその人物は人生が幸福に満ちた物になる。と聞いた事があります。」
鉱石を眺めながら、彼女は説明を続ける。
「一方で、この"神脉石"は別名"神封石"とも呼ばれています。その理由は、この鉱石は元々…吸生石と呼ばれる生命の命や魔力を吸い取ると言う性質を持っていました。この鉱石の実用性を見出した人間がコレを用いて多生物狩りを行った際、神の神気でさえ吸い取る事が可能だと判明しました。その後、その鉱石の危険性を恐れた女神ヴィーナスが"神脉石"排除令を出した事で、"神脉石"を所持していた全ての生物や遺跡や祠が殺され壊されたのです。」
"神脉石"、神封石…か。
まさか、この鉱石がそんな大層なものだったとは思いもしなかった。
異界大全の他に授かった神殺しの書物に描かれていた名称不明の白い鉱石。
それは間違いなく、この"神脉石"の事だろう。
捨てないで、拾っておいてよかったな。
そして、同時に確信した。
この鉱石は、女神の復讐に必要なものだった。
「"神脉石"は恐らく…」
アルレイヤはゴクリと唾を飲む。
「一つの国の経済事情を揺るがす程の価値になるかと思います。」
「そうか。なら、今回の報酬はこれで決まりだな。」
報酬としては、破格。
たが、俺にとってはそんなに損するようなものでもない。
なぜなら…
「…受け取れません。」
鉱石をソッと俺の前に差し出す。
「なぜ?」
「これは、私では計り知れない程の価値と希少性があります。そんな鉱石を受け取る訳には…」
全く、なんとも真面目で律儀すぎるのだろうか。
俺としてはたかが一つ、渡した所でまだまだ幾つも"神脉石"は残っている。
「アルレイヤ、その律儀さは時に人を困らせるってのを知っといたほうがいい。」
「っ…」
「報酬は払った。既にそれはアンタの物だ。」
「それは、、、」
計り知れない程の価値。
国一つさえ揺るがす"神脉石"を無償で渡されれば遠慮する気持ちもわかるが…
「アルレイヤよ。素直に受け取るべきだ。」
見かねたのか、ため息を吐きながらディナがそう言った。
観念したのかアルレイヤは、鉱石を大切に握りしめる。
「そうですね。」
ようやく決心がついたのだろう。
屈託のない笑みを向けて、彼女は言葉を紡ぐ。
「ありがとうございます。」
ーー
改めて俺達は、椅子に座り直す。
「取り敢えず、これからもリューと言う偽名で呼んでほしい。もちろん俺もアンタの事はアルと呼ぶ。
確実に3人だけの時や、明らかに他の人間が居ない場所でなら本名で呼ぶ事にしよう。」
「分かりました……本当に、良いのですか?」
「?」
「知っての通り私は、追われている身…そしていまだに、貴方達に隠している事情もあります。」
まだ、迷っている。
心の底から俺達を巻き込むまいと、葛藤している。
声の色と表情でわかる。
やはり、何処までも善人。
「さっきも言ったが、経緯や背景はいずれ話したくなった時に話せばいい。
俺だって、アンタに言っていない事情や本音は山ほどあるしな。」
そう、俺だって彼女に言っていない事情は沢山ある。
お互い様だ、だから文句を言う資格もない。
例え面倒事に巻き込まれたとしても、自分の責任だ。
まぁそれでも、彼女がその事を気に病んで旅に支障が出る事だけは避けたい。
「俺が知っているのはあくまでも、アンタの正体。アンタの抱えている事情は確かに知らない。
その事情を聞くつもりもないし、話してもらうつもりもない。」
自分から話すのなら止めはしない。
が、別に事情を知ったところであの話が無くなる訳ではない。
「そんなに悩むならまぁ、旅の途中…アンタが隠すのが辛くなって話したくなったなら聞くことにする。だから、それまではそんな事情も気にせずアンタはアンタの役目を全うすれば良い。」
アルレイヤの表情が僅かに和らぐ。
「優しいのですね、リュート殿は…」
「ああ、後さ…リュート殿、なんて呼び方はしなくて良い。リュートって呼び捨てで構わない。」
「では、リュートさんでどうでしょう。」
「ま、それで良いさ。」
リュート殿と呼ばれるのは何だか、むず痒かったからすっきりした。
それにしても、優しい…か。
「それじゃ、今夜はもう遅いし寝るか?」
「そう、ですね。」
ディナはいつの間にか寝てるし、俺も眠くなって来た。
彼女も疲れが取れてないのだろう、先程からうとうとしている。
「子守唄は必要か?」
「ふふ、いいえ…私には常に聖霊達が唄を歌ってくれますので」
「そうかい。それなら、今日は自分の部屋に戻ってゆっくり寝てくれ。
アンタは明日、早くから王城に行かないとだしな。」
「ええ、では…」
アルレイヤの周りに聖霊が現れる。
そして、淡い光と共に彼女の姿が変化する。
人間の耳へと代わり、顔や身体つきも変化する。
部屋に戻るまでは、決して油断しないか。
慎重で注意深い性格だ。
彼女が部屋を出る前、俺は声をかける。
「明日は、終わり次第。広場の噴水前に集合しよう。」
「分かりました。おそらく、昼頃になると思います。」
もう少し掛かると思っていたが、案外ちょうど良い時間に終わるんだな。
「おやすみ。」
「ええ、リュートさんも。」
そう言い残して、彼女は部屋を後にする。
そして、俺達は気付いてすら居なかった。
このアネット小国に、かの大帝国より放たれた最強の刺客が着実に迫って来ていた事を…
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