第三十六話 呪竜の眼球、そして謎の宝玉
全身に死斑が浮き、バジリスクは完全に力尽きた。
ドスン。
という音を立てて、その巨体が地に倒れる。
死ぬまでに苦しみ悶えた反動で、身体の一部は破損し迷宮の瓦礫が散乱している。
勝負はたったの一瞬だった筈なのに、この状況を見れば誰もが激戦を繰り広げたのだと勘違いしそうだ。
やはり、レベルの方は上がらなかった。
まぁ、当然と言えば当然か。
「強いには、強かった。だがーー」
それは、この迷宮での話。
あの神殺ノ遺跡に存在した魔物と比べれば屁でもない。
バジリスクは確かに強さのケタが違った。
それは一眼見て、理解した。
が、あの攻撃行動の時点で察した。
所詮は、井の中の蛙でしかなかった。
あの遺跡の怪物達は攻撃する時、必ずと言っていいほどに殺意がなくなる。
その所為で注意していても致命傷に近い傷を負ってしまう事があった。
神龍鎧装を使うまでもなかったが…仕方ない。
アルの反応を確認して、強敵と判断し使った。
決して、彼女の落ち度って訳でもなかった。
きっとバジリスクは、彼女ですら動揺するほどの強敵だったのだろう。
だからこれは、俺の落ち度だ。
相手の強さをしっかりと見極める事が出来なかった…ディナはそれに気付いていたのだ。
まだまだ、背中は遠い。
とは言っても、此処でバジリスクに遭遇したのは本当に運が良かった。
異界大全のあるページを開く。
うん、間違いない。
「それは…?」
「とある遺跡で拾ってな。丁度、バジリスクのある素材が欲しかったんだ。」
これは、嘘じゃない。
異界大全は確かに、あの遺跡で拾ったのだから。
瓦礫を掻き分けて、埋まっていた頭部に近づく。
「よし、間違いないな。」
異界大全の該当ページを改めて確認する。
『呪竜の眼球』
本を閉じ、戻す。
異界大全など貴重品は、遺跡で拾った魔法の皮袋の中に保管してある。
荷物チェックの時点では、ただの中身のない皮袋だと思われている。
担当官が確認するのは迷宮から持ち帰った宝。
荷物の細かな部分まではみられない。
傭兵や冒険者たちも持ち物の詳細を調べられるのを嫌う。
「さてと、さっそく回収しますか。」
短剣を取り出す。
眼玉の部分だけを上手く切り離せるだろうか。
こういう仕事は何回かやった事はあるが本物の怪物は初めてだ。
コツッ
短剣を頭部に突き刺そうとするが、硬い。
短剣に少し魔力を込めて突き刺す。
サク
今度は、上手く刺さったようだ。
慎重に眼玉部分を、くり抜く。
「驚きました…竜系の魔物は死後、その皮膚は硬直し抉れにくくなるのですが…」
「ああ、そう言えばそうだったな。」
背後でアルが疑問に思っていた事を教えてくれた。
だが、何故だろうか…
「なぁ」
先程から、少しオドオドしている。
そう言えば、何かに気付いていたような表情を浮かべていた。
なるほど。
色々と聞きたいこともあるようだ。
雰囲気とか、表情でわかる。
が、互いについての踏み込んだ質問をしないという取り決め。
それを守ろうとしているのだろう。
律儀で義理堅い性格である。
そういう真っ直ぐな所は、嫌いじゃない。
俺は立ち上がって振り向いた。
「そういう問答は、帰った後にな。」
ハッとする、アル。
「ッ、気付いていましたか」
「まぁ、な。アンタは何処か、分かり易いんだよな。俺も少し話したい事があるからな。
今はまぁ、少し落ち着いてくれるとありがたい。」
「わかりました。それにしても、あの難敵と名高いバジリスクを簡単に倒してしまうとは…過去、ヴィーナス勇王国で発見された呪䑓遺跡の地下深くでも発見されたらしいですよ。」
ああ、確か異界大全にもその場所が載っていたな。
ヴィーナス勇王国にあったので選択肢から消していたが。
アルがバジリスクの死体を興味深そうに眺める。
「かつて異界の勇者やその仲間達が決死の覚悟で挑み、バジリスクを何と討ち取ったが、バジリスクの強力な呪いによって全滅した。……なんて話が書物で言い伝えられています。」
なるほどな。
確かに、奴の呪いを普通の人間が受けたらひとたまりもないだろう。
ただ、相性が悪すぎただけなのだ。
ゴゴゴゴゴ…
ふと、奥の方でそんな音が聞こえた。
何だ?
音の鳴っている方向からして、バジリスクが居るはずだったあのボス部屋か。
気になって、俺達は音の方へと向かう。
部屋に入ると、中心部に背丈ほどの台座が待ち構えていた。
「あんなのあったか?」
「いえ、記憶にありません…」
警戒しつつ、近づく。
台座の周りには、竜の形を模倣した石の彫刻が幾つも刻み込まれている。
異様な雰囲気を感じる。
ソレは、布にくるまれていて外からは見えない。
竜のような腕の中に、ポツリと置かれている。
サイズは、手のひらに収まるくらいだ。
形はとても丸く、少し傾けたら転がってしまいそうだ。
頭部にしては、丸すぎるし。
卵にしては、丸すぎる気もする。
バジリスクを倒した事で、現れたのか?
警戒しつつ、布をほどいてみる。
「なんだ……?」
布をよく見ると、表面に何か暗号めいたものが浮かび上がっていた。
爆発などの攻撃性は感じられない。
熱く、まるで生きているようにも感じられる感触。
布を解いた瞬間に、封印が解かれたみたいな感じか?
「これは…」
「おぉ。」
「これは、玉か?」
形や滑らかさ、艶やかさから宝玉のように感じられる。
特徴的なのは色と紋様。
周りは赤と紫が混じった、少し禍々しい色。
宝玉の中心の紋様と合わせると、まるで竜の瞳にも感じられる。
あっちの世界で龍眼と呼ばれる果物があるが、こっちは果物ではなく本物の竜の瞳みたいだ。
先程手に入れたバジリスクの眼と比べれると、手触りも大きさも異なる。
コツ、コツ。
手の甲で軽く叩く。
硬い。
コンクリートを叩いてる感覚。
神殺ノ遺跡に居た魔物の皮膚と同じくらいに硬い。
重さは無く、サイズも決して大きくない。
持ち帰っても荷物にはならない。
「わかるか?」
「いえ、見た事がありません」
「私もだ。多分、いや…何処かで、うーん…」
「まぁいい、持ち帰るか。」
何も無かったら、売ればいいしな。
それに何処か、この宝玉から置いていかないでと言われているような感じがする。
多分、気のせいだと思うけどな。
俺は謎の宝玉を予め用意していたチェック用の背負い袋の中にしまい込む。
そして再び、バジリスクの死体がある場所へと戻る。
売れそうな素材を回収する為だ。
鋭利で綺麗な牙。
頑丈で形の良い骨。
皮膚。
出来る限りの素材を回収し、荷物の中にしまう。
そして、2人の顔を確認して…
「それじゃあ、帰ろう。」
ーー
打ち合わせ通り、アルと途中で別れる事にした。
当初の彼女の目的だった龍の雫は叶わなかったが、より高価そうな龍の杯が手に入ったので彼女に譲った。
目的の物とは違うが、それでも義理は果たした。
それにーー
「今、目立つ訳には行かないからな。」
あんな大層に豪華な龍の杯を持って帰還すれば、必ず多くの者から注目を浴びてしまう。
むしろ、こっちの事情の方が大きかった。
アルはこの提案を了承してくれた。
彼女もまた俺とは違う事情を抱えた人間。
それでもアルは、迷宮で自分は何も出来なかったと言う詫びと得られる対価の面を考えて受け入れてくれた。
それに、あの聖霊?の加護がある限りは正体がバレる事はないだろう。
別れる前、声を掛かる。
「それじゃ、また後で改めて例の話をしよう。」
目を合わせ、彼女は微笑む。
「ええ、分かりました。それと、リューさん…ディナさん。」
「ん?ああ、わかってるよ。何も見てないし知らないからな。」
「いえ、違います。」
ん?
違ったか…正体を知らなかった事にすると言う件の話ではないらしい。
アルが俺達の前に立つ。
そして、腰に帯びた鞘剣を両手で握り顔前に掲げる。
閉じていた目を開き、揺るぎない美しい瞳で俺達の目を見る。
「此度の件。改めて感謝します。ありがとうございました。
貴方達が居なければこうも上手くは行きませんでした。
本当に感謝します。」
ああ、そうだ。
彼女は律儀な人間だったのを忘れていた。
「こちらこそだ。」
「うむ、気にするな。」
三章・完
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