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第三十一話 変わりゆく勇者達

勇者side


ヴィーナス勇王国の王都エロース。

エロースの東へ進むと、山岳森林地帯がある。

馬車で半日、徒歩で2日ほどの距離に存在する山岳森林地帯。

そこにも、ヴィーナス勇王国が管理する遺跡が存在する。


 山王像遺跡。


それは遥か昔、ある王国が一体の巨人に滅ぼされた城跡の遺跡と呼ばれている。

巨人の名前は、タロス。

10メートルをゆうに超える巨体を持った魔物が存在していた遺跡。


 ヴィーナス勇王国のクラスメイトこと勇者たちは、山王像遺跡を訪れていた。


「やぁっ!!」


 ザシュ!


蜘蛛型の魔物の悲鳴。

鬼龍院藍那の振るった剣が魔物の胴体を見事に両断する。

魔物が紫色の吐血をして斃れる。

しばらくして魔物は動かなくなった。

短く息を整える。

背後を振り向く。


(大丈夫そうね。)


三名の女子生徒。

彼女と共に行動する、女神に不信感を抱くクラスメイト。

そして共に切磋琢磨する、仲間。


漆原雲母。

姫羅技寧々。

早川由香里。


S級勇者、2人。

A級勇者、1人。

B級勇者、1人。


彼女達もまた、それぞれ魔物を倒している。

魔物の血を吸った剣や鎧。


「だいぶ、戦えるようになったね。」

「そうね。」

「それな〜!特に、由香里っちは成長したよなぁ〜」

「そ、そうかな?」


そんな私達を他所に、一人で身体を縮めて顔を蹲って泣いている女子生徒がいた。

彼女の制服や鎧、武器は新品未使用のまま。

綺麗な状態だった。


「ごめん……ごめん…藍那ちゃん、皆んな…わたし、身体が震えて…動くことすら、できなくて……」


何度も謝罪の言葉を漏らし、鼻を啜り泣きながら。

そんな彼女の側に寄り添い、藍那は優しく微笑み震え泣いている女子生徒の頭をソッと撫でる。


「綾乃さん、大丈夫だよ。私達こそ、ごめんね…来たくもない、怖い場所に連れて来ちゃって。」

「ううん」


頭を撫でられ少し安心した林綾乃が、首を横に振る。


「謝りたいのは私の方だよ…ううん、私たち。女神様に見捨てられそうになっちゃって…ぐすっ……でも、藍那さん達が必死に説得してくれたんでしょ?」


そう彼女達は、この異世界に来てから今まで…魔物と戦う事が出来ず、ずっと与えられた部屋で籠っていた。

女神はそんな彼女達を邪魔者だと考え、あの遺跡に捨てようと裏蟻君に言っていたのを聞いてしまった。

彼女達は私達と同じように、女神に加担していない生徒達。

リュー君のような被害者を出す訳には行かない。


そう思った私は、女神に自分が面倒を見ると提案した。

案外、あっさりと了承した。

そこにどんな思惑があったかは分からない。


(女神様は、絶対に何かを企んでいる…どうして、味方を疑わないといけないのだろう。)


「私達、絶対に強くなるから……足手纏いかも知れない、けど…」


彼女もまた、少しずつ変わろうとしている。

藍那は、気持ちを切り替える。


「大丈夫だよ。私が必ずーー皆んなを守る。もう、誰も死なせない。」




重症者は居れど、死亡者はまだ出ていない。

これからも誰も死なせない。

大切な幼馴染だった龍斗。

 彼を、救えなかった。

救えたかも知れなかったのに、手を差し伸べる事が出来なかった。


「…………」


S級勇者は、この世界でもとびっきりの力を持っている。

一人一人が、国を揺るがす程の力を。

 拳を強く、握り締める。


この世界に連れてこられた元凶ーー魔神を倒せば、元の世界に戻れる……

誰一人、死なせない。

魔神を倒し、元の世界に帰るまで。

例えそれが不可能だったとしても、雲母さんや寧々さんに由香里、そして林綾乃さんや他の五人は必ず守り抜く。

 

魔神を倒す。


その為には、更なるレベルアップが必要だ。

多くの経験値を得られる赤眼の魔物を殺さないとならない。

だから、なるべく綾乃さん達も…


藍那は、由香里に声を掛ける。


「もしも私達が対応できない時、由香里。

貴女が魔物の足止め…時間稼ぎをして欲しいの。由香里は戦闘向きじゃないのはわかってるけど、お願い。」

「うん…頑張る。」


由香里は、弱々しいが決意の籠った返事をする。

 彼女は決して、戦いが得意ではない。

寧ろ、未だ魔物を前にすると足が竦む時はある。

それでも、他の6人よりも覚悟も勇気も決まってきている。

魔物を倒す為の力はない。

だから、藍那や雲母達が瀕死にさせた魔物にトドメをさしてレベルアップのサポートを受けている。

初めは、綾乃達と同じように無理だと泣いていた。


元の世界でも由香里は、あまり自分の意思で行動を起こすことは少なかった。

私以外の誰かと喋っているところをあまり見たことがない。

そんな印象だったけど、この世界に来て意外と度胸や覚悟はあった。

最初は離脱メンバーに居た彼女だからこそ、綾乃達に寄り添えるのではないかと思ったのだ。


他のクラスメイトたちもまた綾乃さんと同じように、何も出来ない自分に嫌気がさしている。


「ごめんね」

「男なのに、役立たずですまん…」

「怖くて…死にたくなくて…」


藍那は首を横に振る。

そして優しく微笑む。


「謝らなくていいよ!

皆んなが皆んな、裏蟻君達みたいに出来ることじゃない。私だって最初は、こんなことしたくなかった。」



全員が全員、自分と同じことができると思ってはいけない。

人にはそれぞれ決められた役割が存在する。

自分にできることを考えて、そこから始めればいい。



「魔神を倒して、みんなで絶対に元の世界に帰ろう!」


明るく、笑顔でそう言った。

少し元気が戻った表情を皆んなが見せる。


心根の優しい子たちなのだ。

こういう人達こそ、私が守るべき物なのだ。


ーー


ヴィーナスは勇者クラスメイトたちに条件を出した。

それは、この遺跡に存在する魔物の討伐の証を持ち帰る事。


唇頭蟲(レッドリップ)という魔物を倒し、その頭部を持ち帰る。

トレントの身体の部位を持ち帰る事だ。



先を進むと、比較的に広く見晴らしの良い場所に来た。

依然、森林には変わらないが。

ヴィーナスから配られた遺跡の地図を確認する。

辺りは暗く、地図が見辛い。


 スッ


由香里が手に持ったランタンを藍那の元に近付ける。



「ありがと由香里。」


地図から見るに、唇頭蟲(レッドリップ)が多く棲息するエリアに到達している。



「ん?おぉ、鬼龍院氏じゃないですか、デュフフ!」


別の通路からゾロゾロとクラスメイトが出てきた。

藍那の名前を呼んだのは男子生徒集団の先頭に居た太った男子。


彼等もまた、この世界で変わってしまった。



「……下衆君」


下衆太夫(げすだゆう)君。


この世界に来て一番変わったのは彼かも知れない。

いや、或いは変わったのではなく…元から…


太夫が、下卑た笑い声を上げながら近づいて来る。


「鬼龍院氏、大変そうですなぁ?グヒヒ。」

「なに、が?」

「折角、上級勇者でパーティーを組んで居たというのに、足手纏いのウスノロ達の子守りをしなくてはならないなんて!ぐへへへへ!」


ずり落ちるメガネを何度も直しながら、藍那にそんな言葉を掛ける。


「ぬへへ、大変よなぁ!なぁ?お主ら。」


そう言って、自分のグループに居る生徒たちを太夫が見下す。

彼等は、ニヤニヤと笑い哀れんだような視線を藍那達に向けてくる。


「私はそんな事、思ったことはない。」


やれやれ、と。

太夫が呆れた様に溜め息を吐く。


「全く、想定通りの回答ですなぁ。まさに正義の味方。 尊敬するでござる、あの足手纏いどもとは違うよ。でも実に勿体無いですぞ?我々のような選ばれし者には、我々にしか出来ない指名があるのですぞ!そんな阿呆共に構っている暇など無いですぞ!女神様も其奴らを"愚者モブ"と呼んでおられましたぞ!ぐへへへへへへ!

モブ! ゴミ!モブゥゥ!」


「そんな言い方許さない。モブなんかじゃない誰もがーー」



 その時、


「キスキスキスチュー!!」


奥の森から唇頭蟲(レッドリップ)と呼ばれる魔物が数匹、飛び出してきた。

頭部と思われる唇頭の額には赤い眼が備わっている。


あの、すべてが赤眼の魔物だ。


「みんな、下がって!」


藍那は綾乃達を守るようにして剣を構える。

雲母さんと寧々さんは、別行動中。

だから、自分が守る。

 

下衆太夫の男子グループが声をあげる。


「太夫様!」

「お願いします!」

「A級勇者殿、助けてください!」


男子達の媚び諂う声。

太夫はそれらを見下し、優越感に浸る。

そして鋭い戦意とともに、目を剥く。

迫り来る唇頭蟲(レッドリップ)を見て、ニヤリと嗤う。


「蹂躙しろ!」


唇頭蟲(レッドリップ)に狙いを定め、手を突き出す。



「ーー『爆撃波動(グレネード)』」



手の平から灼熱の焔が勢いよく放出される。

まるで、一つのレーザーのように。

凄まじい勢いで放出される、高熱度の波動砲が唇頭蟲(レッドリップ)たちを蹂躙する。

不快感を煽ぐ悲鳴を上げながら唇頭蟲(レッドリップ)達はあっという間に力尽きた。


あれが太夫くんの固有スキル……なの?

とてもA級とは思えない威力…もしかして、あの汗の量が関係している?


次々と称賛と歓喜の声を上げる男子達。


「さすがはリーダー!」

「やっぱり太夫は天才だな!」

「ああ!」

「俺達の出番はなしか!」


皆、嬉々とした感じだ。

でも何処か、媚を売っているようにも感じられる。


「ぐふふ」


大量に流れる額の汗を腕で拭い、笑った。


「やれやれ、人気者は辛いですなぁ。」


ーー


藍那たちは、下衆達のグループと別れて森を進んだ。


下衆君達は、綾乃さん達のようなランクの低い勇者を足手纏いだと罵った。

彼等のグループの大半も、ランクの低い勇者が居るというのに。


彼等の一人一人が、女神様を信じ切ってもいる。

愉しそうに魔物を殺すところも見たことがある。


信頼して、手を取り合える相手ではなさそうだ。


変わっていく。


あの健やかな日常は音を崩れて消え去ってゆく。


 先へ進む。


そこで藍那達は雲母や寧々達が居るエリアに訪れた。

そこは、あたり一面が魔物の死体で溢れていた。


「二人とも、大丈夫?」


少し様子が変だった。

寧々は少しその場にしゃがみ、雲母がそれを支えている。

寧々の顔色は悪く、その足元には吐瀉物が散らかっている。


「大丈夫?」

「ごめん〜……さ、流石に大量の死体と死臭に囲まれて、気分が悪くなったかも…」

「気にしなくていい。むしろ、それが普通の反応だし。」

「姐さんは平気なん?」

「ええ…でも、流石に死体のニオイは来るものがあるわね。」


2人の周囲に散乱している魔物の死体。

焼け焦げ、斬り刻まれ、凍っている死体。

様々な死体が、転がっている。


「…………」


やっぱり、あの2人は凄い。


レベルも以前よりも上がっている。

オーガと戦った時とその威力と範囲は桁違いだ。

しかし、私はあの後ーー何度レベルを上げても固有スキルに変化はない。


女神の話では、レベルが上がるごとに固有スキルやその他のスキルもレベルが上がると言っていた。

だが、その気配は微塵もない。


「私達は、トレントの部位を手に入れたし、藍那さん達は唇頭蟲(レッドリップ)の頭部を手に入れた。条件は達成ね。」


条件は、グループでトレントの部位を10つ。

唇頭蟲(レッドリップ)の頭部を8つ。

それをグループで分担していた。


「それで、どうなの?」


雲母が、藍那にそう問いかける。

質問の意図は、分かっている。


藍那は首を横に降る。


皆んなに悟られないように、皆んなが気負わないように私達は慎重にやり取りをしている。


「そう……まぁいいわ。」


2人もまた、綾乃さん達の現状は把握している。

ただ2人は大人数で動くとが苦手という事で、偶に別行動を取っている。

どうやら、2人で何か計画している事もあると聞いた。


二人が歩いて来る。


「ねぇ、大丈夫?」

「え?」

「無理、してない?」


ふと、寧々が藍那にそう問い掛ける。

藍那は、少し動揺しながらも答える。


「うん……大丈夫!」


そう笑顔で返す。

しかし、その笑顔が作り笑いだと2人は気づいている。


「嘘ね。」

「…ッ」

「もう少し私達を頼りなさい。」

「あ――、う、ん…」

「前も言ったけど、一人で抱え込むとその内爆発するわよ。」


寧々が、藍那の肩に手を置く。


「そうだよ!無理すんなって!あーしらを頼ってよ?」

「うん…ありがとう。」


そんなやり取りをする私達を森の奥から、誰かが覗いていた。


「ーーもう少し、もう少しで完全に彼女は弱る筈なのに…早く、早く僕のものに…」

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