第二十九話 心当たりのある、異変
少し足場の悪い通路を進んでいると、発動中の気配察知に幾つかの魔物の反応が迫って来ている。
無数、それぞれの魔物の鳴き声が勢いよく近付いてくる。
「おう、オウウァムォアナ」
「あらあらぁアナ」
「にんはぁぉぉあ」
「ピィぁヤァ」
ふと鳴き声と足音が、静まる。
立ち止まった。
そして、その鳴き声はより一層凶暴性を纏わせる。
「おごぉぇ、ァ、ア」
「ア”ァァァァァァァァァァァァア”!」
「だす、げぇ、、、」
「イギャァア"」
「ギィ、っ、ぁぁ、」
魔物が立ち止まった場所は、腐蝕の鎖に囚われたハーゲン達が居る場所だった。
身動きが取れず、永遠の苦しみを味わっている。
いずれ、死ぬのは決まっていた。
それが、魔物に生きたまま喰い殺されて死ぬ。
いずれ来る死が早まっただけだ。
声にならない悲鳴が、背後から聞こえた気がした。
俺も。
ディナも。
アルも。
誰一人として同情の顔は浮べない。
気配察知が、また反応する。
奴等を喰い殺した魔物達が、再び声を上げる。
うるさい鳴き声の合唱が鳴り響く。
道に迷うことなく、此方へと迫る。
「どうやら、俺達を狙っているらしいな。」
「そのようだな。」
「ええ。」
「あるぁアナだあがある!」
やる事は単純。
魔物の動きを封じる。
「ぐ、ゴ、ェ――、……?」
襲いかかってきた魔物の動きを封じ、腐蝕性の焔で奴等を焼く。
よく見たら魔物の皮膚は少し溶けていた。
これはハーゲン達に施した腐蝕の痕か。
対象者以外にも多少だが影響するらしい。
神をも焼き溶かす焔を受けた魔物は、全身に激しい青紫の焔に覆われる。
痙攣し、血反吐を吐き、身体が溶けてゆく。
2人をその場に待機させ、ハーゲン達の方へと戻る。
見るも無惨に、食い千切られている。
血塗れの死体。
飛び立った血と臓物。
金品は血と腐蝕に侵され使い物にならない。
金貨や銀貨は幸いにも汚れがない。
手持ちの金はまだ十分にある。
それにコイツらの薄汚れた金は価値もない。
そのまま放っておこう。
通路を引き返し、二人の元に戻る。
魔物たちは骨を遺し、絶命していた。
やはり、レベルは上がっていない。
魔物も人も、そこそこ殺した。
魔物の経験値は低い、人は経験値が入るか分からない。
ただ、下に降りるにつれて魔物の凶暴性は上がっている。
襲ってくる魔物を殺し尽くし、一つ下の階層へ進む。
この迷宮に入ってわかったのは、階層分が狭い。
実際にはどの位なのか分からないが、神殺ノ遺跡と比べると圧倒的に狭く感じる。
あの遺跡が広すぎるだけだったのかも知れないが。
それぞれ、役割を担当しつつ先へ進んだ。
進むごとに冒険者や傭兵の数が減っている。
レベルも全く上がる気配はない。
こちらは、既に諦めている。
迷宮に入ってからかなり、魔法を使っている。
一応、確認するか。
魔力:420000/450000
うん。
魔力残量は暫くの間、気にしなくていいな。
神龍鎧装以外の能力は魔力の燃費がかなり良いのだろう。
それに魔力は、スキルで自動的に回復し続ける。
起床時に確認すると、回復していた。
スキルがなくとも、魔力は睡眠を取ったり休憩を取ることで少しづつだが回復する事も判明している。
俺の場合は、スキルなしで回復を待つと全快までどの位の時間を要するか想像もつかない。
「少し、休憩しよう。」
この迷宮には、各階層事に安全地帯と思われる部屋が存在している。
階層攻略中に怪我を負った冒険者や傭兵の殆どが安全地帯を使い休息を取っている。
傭兵に聞いた話だが、こう言った安全地帯には攻略済み或いは未攻略の階層の安全地帯に予め水や食料を用意しておき、万が一に食料や水が切れた時に利用する事があるらしい。
基本的に安全地帯にある食料や水は、誰もが使用してもいいと傭兵や冒険者の中でも、暗黙の了解となっている。
ただ、人が居なくなり暫くすると魔物が屯するので辿り着いた最初の冒険者や傭兵がソレを狩ると決められている。
以外にも、そんなルールがあるんだな。
8層で休憩部屋を発見した。
扉には剣で丸印が刻まれていた。
休憩部屋の印だ。
まだ新しい、つまり俺達よりも先に部屋に先客がいる。
部屋から声が漏れ出ている。
複数の男女、人間の声だ。
少し、聞き耳を立てる。
「気づけばもう8階層か。
他の傭兵や冒険者ども早い連中でも6階層あたりじゃないか?」
「私達が一番乗りだしね。」
「ま、その分新階層から出てきた強い魔物を倒す羽目になってるけど。」
先客は、俺たちよりも先に入った冒険者か。
「龍の雫は、私達"竜誓剣団"が必ず手に入れる。王の為にもな。」
「ああ!」
「おそらく一二階層を進めば最後だ。油断はするなよ、この辺りから魔物も強くなっている。」
「任せてくれ、姉さん!」
「ああ。」
ここにいる冒険者達が恐らく、俺達以外の最後の先行組。
七階層では他の傭兵や冒険者の姿は見ていない。
どう、するか。
あまり、他の人間と関わる事は避けたい。
一人、二人ならともかく、5人程居る部屋に入るのは少し窮屈だ。
「進もうか。
その先で部屋を見つけて休もう。」
ディナは依然、元気そうだ。
しかし、アルは先程から少ししんどそうだ。
おそらく、疲れがたまっているのだろう。
空いている他の休憩部屋を見つけそこで休息を取る方がいいだろう。
俺達は魔物を殺しながら、9階層に降りて来た。
あと一つ降りれば、最終階層だと聞いた。
七階層辺りから、魔物も手強くなっている。
あの遺跡に比べたら屁でもないが。
ただ、最後の階層に踏み入る前に休憩しておこう。
休憩部屋は思ったよりも簡単に見つかった。
丸印が着いていない所を見ると、まだ誰もこの階層に来ていないんだな。
「グがルァ!」
「いグォ!!」
中には、魔物が居た。
と、言うより占拠か。
十、二十匹はいる。
部屋から漏れ出す魔物の殺意と雄叫び。
視界に20匹の魔物を収め、拘束する。
「ーー動く事を禁ず
「ぐ、ぃ!?」
「ガぅ、ガ……?」
「ーー爆ぜろ」
魔物が内部から爆散する。
潜んでいた魔物を全て排除した。
魔物の死体は、部屋の外に捨てる。
血の痕は少し残っているが、まぁ十分に綺麗だろう。
神殺ノ遺跡に存在した部屋とは異なった造りの部屋。
「少し寝よう。」
「うむ、警戒は任せておけ。」
「…ええ。」
一応、気配察知は常に発動しておくので異変が有れば直ぐに起きられる。
しかしまぁ、神経をすり減らし続けていた神殺ノ遺跡とは大違いだ。
壁を背に、うっすらと目を開けて少しだけアルの方を見る。
やはり…寝ていない。
ーー
「…」
ふと、目を覚ます。
意識が覚醒する。
ポケットに入ったヒビの測ったスマホを確認。
「大体、1時間ほどか。」
「異常は無かったな。」
「そうですね。」
異常は無かったが、問題は見つかったな。
仮面を付けていても、流石に所作で寝ているか寝ていないかは分かる。
支給された食事を口にする。
美味しくはないな、やはり…元の世界の味には勝てない。
まだ、皮袋は反応を見せない。
軽く食事を終えた。
そして、俺達は部屋を出た。
ーー
10階層へおりる階段を目指す。
神龍眼で階段の場所は把握している。
「ん?」
気配察知が、反応する。
一人の、小柄な女が近づいてきた。
その背後には他の冒険者の姿も確認できる。
俺は少し警戒する。
敵意はない。
が、まだ分からない。
「君達〜!」
ん?この声は…
確かー、あの休憩部屋にいた人達か。
「どうしましたか?」
「この迷宮ね、少し危険かも。」
「どういうことでしょうか?」
竜誓剣団の面々が、俺達の正面で立ち止まる。
皆、緊迫した表情をしている。
何か異常でも起きたのか?
「おそらくこの迷宮で今、何かが起きている。
さっき会った連中も、同じように異変を感じ取っていた。」
リーダーと思われる、灰色のロングヘアに眼帯を付けた女性がそう言った。
異変など感じられなかったが…起きたとすれば、俺達が休憩していた時か。
話す時の視線や表情、心拍数や素振り。
それらを見ても偽りとは思えない。
全て本音、嘘はついていないし騙そうともしていない。
これで騙されたら、彼女達は女優や俳優になれる。
「具体的には、どのような異変が?」
隣にいた、ドレッドヘアの男が神妙な顔つきで答えた。
「各階層の至る所で、不可解な魔物の死体が転がってるんだ。」
「不可解な死体?」
「ああ。不思議なことに、死んでいる魔物の殆どが、どうやって死んだのか原因が不明なんだ。溶けた死体、身体が捻じ曲がった死体、ぺちゃんこに潰れた死体、更には変色した死体がーー」
……
リーダーの女が男から話を引き継ぐ。
「どの魔物も同じように変死してる。さっき来たばかりの連中も言ってた。
不可解な死を遂げた魔物の死体が、そこかしこに転がってるって。」
赤髪の女が続ける。
「要するにだ。このたった数時間の内に迷宮全体に異変が起こり始めたんだよ」
他の冒険者が次々と口を開く。
「恐らく迷宮による未知の何かだと思うんだ。」
「今のところ人間に被害は出てねぇが…これから出るかも知れねぇ。毒性の罠とかがあるのかもな。」
「いずれにせよ、危険なのは間違いない。」
リーダーの女が腕を組む。
「私は私の仲間が命よりも大事なんだ。
龍の雫を手に入れられないと言う心残りはあるが、私らはここで引き返す。」
褐色の男が赤髪の女に一つ頷いてから、俺に言った。
「悪い事は言わん。君達も早く地上に戻る事を勧める。欲望のままに自ら死地に飛び込んだ挙句、本当に命を落とすのは愚者の選択だしな。」
「忠告感謝します。」
頭を下げる。
「3人でこの異変が起きている迷宮を探索するのは危険じゃないか?どうする?私達と共に上へ戻るか?」
「ありがたいお話ですが…「ん?待てよ、君たちもしかして…」
ふと、リーダーの女が顎に手を当てる。
俺達をじっくりと観察する。
なんだ?
「この間ーーあのクソッタレ勇者国の"強欲の手"と揉めてた連中かい?」
なんだ、その事か。
でもなぜ知っているのか、記憶を辿るにあの日あの場所に彼女達は居なかったはずだ。
「はい」
「リーゼスやミリーナから聞いたよ。不当な扱いを受けていた2人の為に喧嘩を売ったって。」
「いえいえ。流石に、見てられませんでしたから。」
2人のためなんかじゃない。
俺は、自分の感情のままに奴らを痛めつけただけだ。
「そういやぁ、アイツらの姿見てねぇな。」
「確かにな。アイツら、辺境伯の話も聞かずに迷宮に入ってったのにな。」
「恐らく何処かでのたれ死んだんだろうさ。アイツら口だけで大した力は持ってなかったしな。」
まぁ、奴等は俺が殺したんだがな。
それにアイツらなんかよりも強い人物が今目の前に居るしな。
"竜誓剣団"、そう言えば思い出した。
リーゼスさんに聞いた話だが、アネット小国が誇るS級冒険者とA、B級冒険者だけで構成された最強の冒険者チーム。
非勇者国でありながらアネット小国が無事で居られるのは、彼女達の活躍があるからこそだと聞いた。
特にリーダーのズメウさんは、竜の血を引く竜人族の末裔でその身に竜の力を宿しているらしい。
「とにかく、あの2人の為にありがとうな。えっと…そういやぁ名前は?」
「僕はリューです。此方はディナとアルです。」
「そうか、また縁があったら宜しく頼む。
長話が過ぎたな…それじゃ、アンタ達も気をつけて帰れよ。」
そう言い残して、竜誓剣団の面々が立ち去った。
「良い方達でしたね。」
「ああ、そうだな。」
本当に、いい人達だったよ。
彼女達には、黒い感情が一切感じられなかった。
紛れもない善人…この世界に来て久しぶりにそう感じた。
きっと、ああ言う人達程…理不尽な世界に呑まれてしまう。
俺の役目は、そう言った人達から全てを奪おうとするこの世界を焼き尽くす事なのだ。
「ジーク殿、異変とは…」
「ああ、きっと俺の能力で殺した魔物たちの死体のことだと思う。」
死体処理や死因の偽装は、していなかった。
数も多いし、手間も掛かる。
ただそのお陰で、攻略がしやすくなった。
異変の話が更に広まってくれれば、冒険者や傭兵達の数は減るだろう。
ハーゲン達のような、トラブルにも巻き込まれにくくなる。
好都合だ。
「さて、進もうか。」
この話が面白い!続きが気になる!と思ってくださった方は是非、評価や感想を宜しくお願い致します!




