二十六話 私闘、いや闘いにすらならない
俺達は受付嬢カーネさんやリーゼスさんに「そんな無謀はマネはやめるんだ!」と宥められてが今更、辞めますなんて言う訳がない。
心配してくれるのは有難いが、生憎…この程度の雑魚にやられるほど弱くはない。
適当に流しつつ、俺達はようやく闘技場に着いた。
闘技場と言っても、コロシアムのような開放的な場所ではなく室内にある訓練場みたいな感じだ。
剣や弓、防具など試験や訓練の為に使われるであろう武具が壁に立て掛けられている。
「ふん、逃げ出さなかった事は褒めてやるよ。」
と、禿男が言った。
先程までの煽りが相当に効いたのか、今すぐにでも俺を殺してやろうと言う意思が伝わってくる。
他の2人はいまだに余裕そうな笑を浮かべ、細身のロン毛男は俺の後ろに控えるアルとディナの身体を下卑た視線を向けている。
どうやら、この大男がこんな小僧に負けるわけがないと思っているらしい。
まぁ確かに、奴が内包している魔力量はかなり多い…勇王国の中ではかなり強かったのだろう。
だから、俺が教えてやろう。
世界は広いってことをな。
「それはこっちのセリフさ。」
「ちっ…にしてもテメェ…正気か?俺様達はあの勇者国の人間だぜ?
俺様達に喧嘩を売る、それはつまり勇者国に喧嘩を売ったと同じだぜ?」
「だったらなんだ?言っておくが、お前如きを叩きのめした所で勇者国のお偉いさん達はだーれもお前達の為に動くとは思えないがな。」
「お前、本当に死にたいみたいだな。」
図星か。
おそらくコイツらの横暴は、お抱えのヴィーナス勇王国も手を焼いているんじゃないだろうか。
それに、奴らを殺す訳ではない…たかが、ボコボコに叩きのめしただけであの女神が動き出す事はないだろう。
「おい、リーゼス。さっさと合図しろ…」
禿男がリーゼスにそう言った。
「ルールは?」
「あぁ?そんなもん必要ねぇ…どっちかが再起不能になるか命を落とすかだ。」
「なっ、」
「口答えすんな、テメェをあの餓鬼より先に殺してやっても良いんだぜ?」
禿男より強烈な殺気が放たれる。
その尋常ならざる殺意の圧力に、リーゼスは身体が動かなくなりカーネは膝から崩れ落ちる。
少しはやるようだ。
だが、あの神殺ノ遺跡に出現する化け物共が放っていた殺気に比べたらまるで足元にも及ばない。
地上に出て最初に遭遇した、あの傭兵5人組のリーダーだったあの女よりも圧倒的に弱い。
「ほう、俺様の殺気を受けてびくともしねぇとは、大した自信があるのも頷けるぜ。」
「少しはやるようね。」
「まぁ、ハーゲンには勝てないだろうな。」
あの2人は随分とハーゲンを信頼しているようだ。
よほど、ハーゲンと呼ばれる大男は実力者らしい。
「さっさと始めよう。」
「ふん。おい、合図をしろ。」
「そこのキモ男、醜女。暇であろう?我が相手してやろうか?」
「はぁ?ぶっ殺す。」
どうやら、ディナもやる気満々な様子だ。
なんだ、あの2人もあんな薄っぺらい笑みよりもそっちの醜い顔の方が似合ってるじゃないか。
「そこのハーゲンとらや。我らから初めてもかまわんか?」
「本気か?2人を同時に相手にして勝てると思ってんのか?」
「それな〜、あと私個人的に〜、あのご利口ちゃんを虐めたいなぁー?」
ふと、女の視線がこれまでの出来事を傍観していたアルへ向けられる。
「いいでしょう。なら、リュー殿、ディナ殿。先鋒は私が務めさせて頂いても宜しいでしょうか?
実は私も、先ほどの彼女達の無礼には頭に来ていたので。」
どつやら、彼女も口にも顔にも出さなかったが奴等には思う事があったらしい。
なら、此処は彼女に譲るか。
「それでは、両者前へ。ルールは、どちらかが再起不能となるだ。
始めてくれ。」
アルと女が向き合う。
「アンタさぁ、どっかで見た事があるんだよねぇ…たしかぁ帝国の元女王とかぁ?」
ぴくりとアルが少し反応をみせる。
「あれぇ?図星かなぁ~?そういえばぁ、うちらもぉ、帝国からの依頼でぇ!女王派の叛逆騎士達を殺したんだったぁ!」
「………………」
流暢に愉しそうに話し続ける女と静かに闘志と怒りを燃やすアル。
恐らくあの女は確証があって話している訳ではない、カマを掛けているのだろう。
それが分かっているからアルは、反応しないよう静かに抑えている。
性格の悪い女だな、顔がよくとも心が腐っていればどんな美人でも醜く見えるのは何処でも同じらしい。
「あらあらぁ?どおしたのぉ!!?おこったの!?まさかまさか!貴女ーー」
「虚しいですね貴女は…他者を陥れて愉悦に浸る事でしか自分が自分である事を承認できないなんて。」
「あぁ!?もういい、死ねよ!」
女が腰から短剣を抜き、逆手に持った。
地面を蹴り、疾走する。
疾い、確かに疾い。
だが、それだけだ。
ただ疾いだけの甘い技術。
天才が故の、過信。
なんの努力も積まず、己の天性の才だけで成り上がって来たという驕り。
甘い。と、彼女は吐き捨てた。
振るわれた短剣は、アルの振るった鞘により弾かれ砕ける。
その事実に驚愕し、思考が遅れる。
過信、それ故の戸惑い。
歴戦の猛者。
努力を積み続けたアルは、それを見逃さない。
持ち手を両手で握りしめて、目一杯の力で女の鳩尾に鞘先を押し込む。
「ーーッ!!!?」
声にもならない絶叫を発し、口から胃液を漏らしながら女は地面に倒れ込む。
「なっ…」
「アサーイがやられるか。見事だ…だが、次はそうもいくまい。」
仲間が簡単にやられた状況でもハーゲンの余裕さは消えない。
細身のロン毛男が、ディナの前に立ち塞がる。
歪曲した刀、サーベルの刀身を舐めずり回す。
「おい、大女。謝るなら今のうちだぜ?じゃねぇと、犯した時に泣き叫んでも、やめてと叫んでも止められねぇかも知らないからなぁ?!?」
「そろそろ、耳障りだ。いいから、かかって来い。」
開始の合図と共に、ロン毛男がヒャッハー!と海賊のような声を上げて飛びかかる。
サーベルは、まるで蛇のように唸り捻りながらディナに襲い掛かる。
「この剣戟は避けられない!俺の魔剣スネイクは狙った相手を決して逃がさない!
ひゃっはははははは!まずは手始めにお前の手足を斬り飛ばして!俺様の便器として扱ってやるから、感謝しろよぉぉぉお!!!!ーーは?」
しかし、ディナは縦横無尽に四方八方から迫り来る斬撃の応酬を意にも返さず軽く受け流す。
そんな常軌を逸した状況を目の当たりにした、俺以外の全ての物が唖然とする。
「なっ、なななな!?あ、ありえない…そう、ありえない!運が良かったなぁ女ぁ!だが、次はそうもいくまい!!
俺様の奥義は、たとえどんな者でも逃げられなァァァァァァァァァァァァアイ!!!
行くぞーー穿てー!魔剣スネイク!!!」
ロン毛男が手に持っていた魔剣が姿を変えた。
巨大な大蛇へと成り変わり、獲物に狙いを定めて突進する。
刹那ーー大蛇は、ぴたりと停止する。
「おい、スネイク!どうした、動くんだ!何してる、女一人だぞ!いつも通り、いたぶって殺せ!あ?」
それでも、大蛇は動かない。
いや、動けない。
大蛇は、目の前で対峙するソレの正体を知っている。
ソレは龍だ…生物の頂点に立つ龍に己は背こうとしたのか?なんと愚かな。
大蛇は、勝てぬと悟り、そして自らが崇め奉る龍に背いてしまった事を後悔し自らの命を断つ。
「は?は?はァァァァァァァァァァァァア!!?お、女ぁ!何をしたぁ!」
「つまらん。もう終わりだ。」
「ーーは?ごぎゃばぁぎぃ!」
フッ。と、彼女の姿が掻き消える。
そして、ロン毛男の間合いを一気に詰め、両腕を折る。
「腕がぁ、俺のうでがぁぁあ。」
「さて、貴様…この我を犯すとか何とか言っていたな?もう2度と、そのような不快な事が言えなくなるように、殺してやる。」
ドスッ!
という、鈍い音が響き渡る。
「あっぎゃァァァァァァァァァァァァア!!?!?!?」
ディナの振るった膝蹴りが、ロン毛男の股間を一切の容赦なく突き刺さった。
悶絶、嘔吐、痙攣、ありとあらゆる苦しみと共にロン毛男の股間からは夥しい程の血が流れていた。
リーゼス、俺、そしてハーゲン。
この場にいた男全員が自分の股間を抑えながら、怯えた目でディナを見つめる。
終わったな、男としての尊厳が…流石に、同情せざる得ない。
「まさか、ここまでとはなぁ。正直、舐めていたぜ…だが、俺様はそう簡単にはいかねぇ。覚悟しな小僧。テメェの頭蓋が粉砕するまで殴ってやる。
ーー『肉体、硬化』!いくぜぇぇええ!」
ハーゲンが、地面を蹴る。
巨大から想像も出来ない速さで、迫り来る。
鉄と鉄がぶつかり合う音を両拳で響かせながら。
「ーー『神龍鎧装』」
全身に、可視化出来ない鎧が纏われる。
「喰らえぇぇぇえ!ーー『鉄拳、破壊』」
ガキィィン!!
ボギ、バキバギィ!
金属音と痛々しい粉砕音が同時に響き渡る。
攻撃を放ったハーゲンの右腕があらぬ方向に折れ曲がり、骨が剥き出しになっていた。
「いっ、ぎやぁぁぁぁあ!!?おれの、俺様の腕がァァァァァァァァァァァァア!!!」
「ーー五月蝿いよ。」
右拳に魔力を込め、奴の顔面目掛けて拳を振り下ろす。
顔面に拳がめり込み、骨が陥没する音。
ハーゲンの身体が宙を浮き、地面に叩きつけられる。
「……………」
「審判。」
「!勝負あり…」
こうして、俺達の完全勝利でこの揉め事は解決した。
その後俺達は、ギルドに感謝され冒険者ランクは飛び級しCランクからスタートを切る事になった。
宿に戻り、明日から始まる遺跡攻略の為に眠りにつく。
ーー
「ちくしょう!舐めやがってぇぇえええ!」
リュート達に、完膚なきまでにボコされたハーゲン達"強欲の手"は大いに憤慨していた。
彼等の周りには、新人冒険者に敗れたと知り自分達も日頃の恨みを返そうと襲って来た冒険者や傭兵が転がっていた。
「ころす、俺っちの息子を、ころすころすころすころすころすころす…」
「あんのクソ女…アタイに恥を欠かせやがって…絶対にゆるさねぇ!」
「お前ら、奴等は明日ーー例の遺跡攻略に参加するらしい…」
その話を聞いて、3人はニヤリと笑を浮かべる。
「なら、、、」
「ええ。」
「そこなら、誰が死んでもだーれも気にしないからな。」
あれだけ、力の差を見せつけられたというのに。
彼等はまるで学習していなかった。
辞めておけば良かったものを…哀れなり。
彼等の悲惨な末路は、すぐ其処に迫っている。
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