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桜ヶ池異聞  作者: 在江
序 章
1/17

異変

 赤木(あかぎ)は、学校へ行かずに、いつもと違う駅で降りた。階段を上って地上に出ると、秋晴れの空が(まぶ)しく見えた。


 細い坂道を上り、わき道を通り抜けると、高い塀に囲まれた金属製の門扉があった。門を出入りする人の姿はまばらである。赤木は、中学校の制服を着たまま、ためらうことなく門の中へ入っていった。


 門の内側には、濃い緑の大木の間に、赤レンガからなる建物が散在していた。

 道行く人々は、赤木に目を留めることなく、一様に深刻な顔をして歩き過ぎる。そのほとんどが男性である。

 建物の壁や大きな木には、ところどころに、勢いのある筆書きのビラが張られていた。


 しばらく歩くと、ひときわ大きなレンガ造りの建物があった。中央の塔の部分に、時計が()めこまれている。ちょうど九時だった。


 赤木は、時計台のある建物を背にして、立ち止まった。

 正面には芝生の広場があり、赤レンガの建物を従えた銀杏並木が真っ直ぐ伸びている。並木の先には、江戸時代に造られたという、立派な木製の門が開いていた。辺りに人の気配は、ほとんどない。


 「兄さん」


 思わず声が漏れて、赤木は口を押さえながら、きょろきょろと辺りを見まわした。赤木の前方に、桜で囲まれた池がある。(わず)かに黄色く染まった葉が(まぎ)れる木々の間から、男が一人出てきた。


 白い顔が、赤木に向けられる。

 一瞬の後、男は銀杏(いちょう)並木の方へ、足早に去っていった。赤木の声は聞こえていなかった様子である。

 ほっとして一息つく。今しがた、男が出てきた池へ足を向けた。


 赤木の身体が、硬直した。


 行っては、いけない。


 何かが、赤木にそう告げている。


 赤木は、(なお)も池に近付こうとした。踏み出した足は、意思とは逆の方向を向いている。

 何かの力に逆らって、もう片方の足を、池に向かって踏み出した。赤木の身体が反転して、池を背にする状態になった。

 背中に冷や水を浴びせられた気がした。全身に鳥肌が立ち、髪が太くなる心地がする。


 「だめだっ」


 もう、我慢の限界だった。

 池に近付くことへの嫌悪感に負け、赤木は一心に走り出した。


 時計台の脇の坂を下りきったところで、赤木は背中に受けた衝撃で、吹き飛ばされた。


 木の葉が風に乗って赤木を打つ。身体を丸めて何回転かした後に、赤木はやっと起き上がった。

 本能のまま、後も見ずに走り出す。


 バスも通る大通りに出た。通りかかった人達が、何事かと集まってきている。赤木は人目を引くのも構わずに走った。走りながら、一度だけ池のあった方を見た。足が止まりそうになった。


 光の壁が出来ていた。

 しかし、その光は、どういう訳か、暗いのであった。

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