異変
赤木は、学校へ行かずに、いつもと違う駅で降りた。階段を上って地上に出ると、秋晴れの空が眩しく見えた。
細い坂道を上り、わき道を通り抜けると、高い塀に囲まれた金属製の門扉があった。門を出入りする人の姿はまばらである。赤木は、中学校の制服を着たまま、ためらうことなく門の中へ入っていった。
門の内側には、濃い緑の大木の間に、赤レンガからなる建物が散在していた。
道行く人々は、赤木に目を留めることなく、一様に深刻な顔をして歩き過ぎる。そのほとんどが男性である。
建物の壁や大きな木には、ところどころに、勢いのある筆書きのビラが張られていた。
しばらく歩くと、ひときわ大きなレンガ造りの建物があった。中央の塔の部分に、時計が嵌めこまれている。ちょうど九時だった。
赤木は、時計台のある建物を背にして、立ち止まった。
正面には芝生の広場があり、赤レンガの建物を従えた銀杏並木が真っ直ぐ伸びている。並木の先には、江戸時代に造られたという、立派な木製の門が開いていた。辺りに人の気配は、ほとんどない。
「兄さん」
思わず声が漏れて、赤木は口を押さえながら、きょろきょろと辺りを見まわした。赤木の前方に、桜で囲まれた池がある。僅かに黄色く染まった葉が紛れる木々の間から、男が一人出てきた。
白い顔が、赤木に向けられる。
一瞬の後、男は銀杏並木の方へ、足早に去っていった。赤木の声は聞こえていなかった様子である。
ほっとして一息つく。今しがた、男が出てきた池へ足を向けた。
赤木の身体が、硬直した。
行っては、いけない。
何かが、赤木にそう告げている。
赤木は、尚も池に近付こうとした。踏み出した足は、意思とは逆の方向を向いている。
何かの力に逆らって、もう片方の足を、池に向かって踏み出した。赤木の身体が反転して、池を背にする状態になった。
背中に冷や水を浴びせられた気がした。全身に鳥肌が立ち、髪が太くなる心地がする。
「だめだっ」
もう、我慢の限界だった。
池に近付くことへの嫌悪感に負け、赤木は一心に走り出した。
時計台の脇の坂を下りきったところで、赤木は背中に受けた衝撃で、吹き飛ばされた。
木の葉が風に乗って赤木を打つ。身体を丸めて何回転かした後に、赤木はやっと起き上がった。
本能のまま、後も見ずに走り出す。
バスも通る大通りに出た。通りかかった人達が、何事かと集まってきている。赤木は人目を引くのも構わずに走った。走りながら、一度だけ池のあった方を見た。足が止まりそうになった。
光の壁が出来ていた。
しかし、その光は、どういう訳か、暗いのであった。