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暑いが帰ろう

作者: ヘルベチカベチベチ
掲載日:2023/07/11

 日の傾いた空へ、三人のバイカーが大きなエンジン音を残し飛び去ると、段々影となってやがて粒に、最後はみんな飲み込まれて見えなくなってしまった。割に太陽の沈み方は遅い。年に一度とされる猛暑日の午後、僕は駅を出て歩いて帰る途中だった。

 束になった延長コードを抱きかかえ、知らないコスプレイヤーが僕の背後から走って来ていた。よほど急いでいるらしい。追い抜きざま散った汗が僕のシャツに付着し、染みをつくるとすぐ蒸発して跡すら残さずに、彼女は僕の知らないキャラクターのまんま、走った先にある赤信号で捉まっていた。他にもある親子連れとすれ違った。子供は昨日の祭りのお面を気に入って斜めがけをし、そのお面のキャラクターもまた違うお面をかけているようなデザインが施されている。それはそうと向こうのJKが風もなくパンチラしていた。

 こうも暑いと「暑い」としか言えなくなって困る。「暑い」と言う以外に何かをしようと思えない。僕は今、帰るためにひたすら歩いてはいるが、これだっていつまで続けていられるのか分かったものでないのだ。

 着地するたび、靴には熱の逃げ口がないのがよく分かる。全身から迫る暑さにうなだれ、険しい表情や前傾姿勢が酷くなるにつれ、僕の胸中ではむしろ、頭上一杯に広がる宇宙への思いが強くなる一方だった。今すぐに日差しから逃げ、夜空に凍える星々にもたれていたいと思った。

 歩くうちに僕も赤信号に引っかかって、さっきのコスプレイヤーと隣り合わせとなった。延長ケーブルの乱れ具合に、彼女の焦りが見て取れる。また他の信号待ちをしている人たちも同じく、苛立ちが表に出てしまっている様子だ。

『あ~、あちい。(英:Oh~, damn.)

 暑さが共通の不快感であることを前提とした、その場でのストレス発散求め合う集団現象。年齢を重ねるごとに声を発しやすくなる。』

 青信号へと切り替わり、みんな初めの一歩には風を求めて動きだすのだった。

 下からのアスファルトの反射に、自らの鼻を切り落としたくなるような酷暑、二歩目には否応なくさっきあった風の感触が消滅し、僕はまたしても宇宙で涼むことばかり思い描いていた。無重力に背中を預け、その余熱に流されたままゆっくり回転しているだけで気持ちがいい。街で一番宇宙に近いと噂のデパートの時計塔が、午後五時の鐘を鳴らし始めた頃、入り口で駄々をこねる少年が、今まさにお姉ちゃんに置き去りにされようとしていた。

『もう知らない!(英:Suit yourself!)

 目上の人間の示す降参。あなたが弟であればあなたはゲームに勝利する。

 君の言う通りだったよ。サンタも家族もみんな降参だってさ──姉の弟』

『ねえ置いてかないでよ!(Please, Please, Please.)

 目下の人間の示す降参。あなたが姉であればあなたはゲームに勝利する。

 もー、アンタは私の言うこと聞いてればいいの。早くジュース!──弟の姉』

 しかし僕は二人のことを最後まで見届けることはなく、周囲の目があの姉弟に集まっているこの機に一人デパートの裏へ抜け、作業員用のはしご伝いに時計塔を目指した。はしごはその全体が錆びに包まれ、また錆びのない部分というのは、欠けて足場にすらなってくれなかった。はしごを一つ登りきる度、僕の手には錆びと汗が混じり合った。

 鉄錆びを恐れて額を拭うことすらできないまま、時計塔の内部にまでたどり着いた。クーラーなどはなく、短針と長針、一から十二までの数字が張り付けられた景色を眺めるというよりも、それがただ視界に入る位置で休んだ。

 しばらくして同僚から連絡が入った。

「時計塔にはもう入ったか。」

「もういる。いつでもいいぞ。」

「了解。じゃあ、ビーム照射。」

 同時に天井から円状の光が漏れ、僕はその光に包まれると、次には見慣れた宇宙船の中に立っていた。まだ生物転送用には最適化されていないそうだが、今回も問題はないようだった。

「調査お疲れ様。」

「そっちもお疲れ様。暑いね。」

 僕には宇宙船内の冷房では足りなかった。早く帰って、夏休みには太陽からの逃避旅行へ出かけたかった。

今回参考にしたもの:

「Disco Elysium」、arlo parks「My Soft Machine」、betcover!!「フラメンコ(デモ)」

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