異世界からきた聖女のトンデモ発明品で公爵令嬢は毎日がハチャメチャ
異世界から聖女が舞い降りた。
その知らせはまたたく間に広がり、国は一気に盛り上がった。聖女は時代に躍進をもたらす。その活躍を今か今かと待ち望まれるなか、国王よりひとつの発表があった。
国中から有望な人材が集まるフリージア魔法学院へ、聖女を編入させると。
平民から大貴族までさまざまな階級が集まる学び舎で見聞を広げ、聖女の才能を余すことなく発揮させよとのことである。
そんな時の人である聖女モモカの世話役を承ったのがこのわたし。
公爵令嬢ティアベール・ミスリングである。
成績優秀、容姿端麗、さらには由緒正しい高貴な血筋。向かうところ敵なしなわたしですから、異世界からきた聖女もばっちりリードしてさしあげますわ!
と、あの頃の無垢なわたしはそう思っていた。
◇
学院に繋がるレンガ道をひとり歩いていると、周りの生徒たちが「ティアベール様、おはようございます」と足を止めて丁寧に挨拶をしてくれる。とても穏やかな朝の風景。
それなのにああ。
今日も頭痛のタネが走ってやってくる。
「ティアさまーーーー!! 聞いてください見てください、新しく発明した『飛べるんダー』です!」
キラキラした笑顔を振りまいてこちらへ駆けよるモモカ。無意識のうちに盛大なため息が出てしまった。
「あなたねえ……」
走ってきたせいか髪はぐしゃぐしゃ、リボンも曲がっている。手を伸ばして整えてやるとモモカは恥ずかしそうに頬を染めて笑った。恥ずかしいと思うのなら気をつけてほしいわ、まったく。
「はい、これでいい。それで、またとんでもないモノを作ったんじゃないでしょうね」
「今度は大丈夫です!」
そう言うとモモカは黒髪を揺らしてにっこりと笑顔を浮かべた。ちゃんとしたら可愛らしいのに、この聖女はあまり見た目に頓着しない。そうこうしていると後ろから声をかけられた。
「やあティアベール。それにモモカ」
「あら、リシトールス様。おはようございます」
「おはよう」
この国の第一王子リシトールス様だ。その後ろには護衛のゾーズが控えている。彼らは顔がいいので女生徒からの人気がすごい。
わたしはゆったりとした動作で臣下の礼をとる。自慢のカーテシーは今日も決まったわ。
「今日も一段とキレイだねティアベール。モモカもかわいいよ。そして僕も美しいね」
リシトールス様は黙っていた方がおモテになるだろうきっと。
「王子さまって相変わらずおもしろいですねぇ」
「ふふ、ユーモアさえ生み出す僕の魅力」
「あははっ」
モモカもいったん黙りましょうか。
これ以上会話が続かないようにコホンと小さな咳を入れようとして、モモカに先をこされた。
「そうだ、王子さまたちも見てください。新しく作ったこの『飛べるんダー』を!」
「ほう」
まずいまずいまずい。
この流れは非常にまずい。
「これは空を自由に飛びまわる、ニホンではおなじみのあの道具をイメージして作りました。ご安心ください、試すのはわたしです。見ててくださいね!」
「ちょ、ちょっとま——」
「スイッチオン!!」
モモカの早口な掛け声とともに、突如として暴風が巻き起こった。モモカを中心にしてまるで嵐が訪れたみたいだ。
「な、なんだコレは!?」
「やだすごい風だわ」
周囲の人間も困惑を隠せずに声を上げる。
あまりの強い風で髪が巻き上がって制服が強烈にはためく。制服というよりスカートが。
「モモカ! ちょっとそれ止めて!」
前を押さえたら後ろが舞い上がって、片手で前と後ろを押さえたら両サイドの布が盛大に舞い上がる。
「きゃーーティアベール様のおみ足ーー!」
「白いレース……ふぐっ」
周囲から悲鳴にも似た叫びが聞こえてくる。
ほらもう大事故起こってるじゃない!!
「モモカ、もうやめてってば!!」
「うーんおかしいなあ。飛ばない」
暴風の中心にいる本人はけろっとしたもので余計に腹立たしい。こうしている間にもバタバタとスカートがはためいている。スカートの下にある白いレースのシュミーズ。それがひらひら視界に入るってことはその下も丸見えなんじゃないの!?
「ティアベール、今すぐその刺激的な姿をやめたまえ! うちの純情な護衛がきみを見て鼻血を出した上に気絶してしまったぞ! 美しい僕がそばにいるというのに!!」
「わたしも困っています!」
「みんな、ティアベールではなく僕を見るんだ!」
隣を見れば護衛のゾーズが足元に倒れていた。ああ、この方が鼻血を出して倒れるのは何回目かしら。モモカの発明品はなにかしら恥ずかしいハプニングが起こってゾーズが倒れ、ついでにリシトールス様にも怒られる。
それもこれも発明品のとんでもない威力のせい。服が溶けたり、太い縄で巻かれたり、オイルで全身ぬとぬとになったり。
「モモカーーー!!」
わたしはこのところ、毎日のように叫んでいるかもしれない。
◇
モモカは桁違いな魔力を力技で道具に刻みこみ、とんでもない魔法具を作ってしまう。さすが聖女。異世界からきただけあって発想も着眼点も素晴らしい。
しかしまあ道具作りのセンスがない。あまりにもポンコツ。できあがった魔法具は軒並み厄災。
おかげさまで最近のわたしは高貴な令嬢というだけではなく、特級トラブルメーカーのお目付役兼一番の被害者というポジションも手に入れてしまった。わたしの麗しさがそうさせてしまうのかしら。
こういうことを言うとリシトールス様と似ていると言われるけれど、従兄弟に当たるのだから似ていて当然ね。
最初はなんだったったかしら。シャイな子のために代わりに握手をしてくれる『マジカルハンドくん』か。
モモカが編入してきた初日、壇上で紹介された彼女。生徒を代表してわたしが挨拶をした。それで握手をしようとして出されたのがアレだ。
にょきっと伸びた手はなぜかわたしの右手をすり抜けて足に巻き付いた。どれだけ伸びれば気がすむのか、にょきにょき上まで伸びて、最悪なことにわたしの胸をむぎゅっと掴んだ。
「ひゃっ!?」
「あ、あれーおかしいな」
「ちょっと、早く止めて!」
「えーと」
彼女が装置をいじればいじるほど魔道具の手がわたしの胸をパン生地のように揉みこんで……ああ、消し去りたい記憶のひとつだわ。
魔法具の暴走は先生が止めてくれたのでなんとかなった。でもモモカは起こした騒動にショックを受けたみたいで、顔面蒼白になっていた。わたしの視線に気がつくとびくりと体を震わせ、脱兎のように走り去っていく。
わたしは追いかけたわ。
だってわたしは成績優秀、容姿端麗、さらには由緒正しい高貴な血筋のティアベール・ミスリングだもの。胸のひとつやふたつ魔法具に揉まれたところでこの精神は折れたりしない。
あちこち探しまわった結果、彼女は校舎の裏手で泣いていた。ひっそりとした寂しい場所で小さく体を丸めて。乾いた小枝を踏んだパキっという音で彼女は気づいた。そしてわたしを見るなり立ち上がり、さっきの倍の涙を流しながら必死に謝る。
「ごめんなさい、ごめんなさい……本当にごめんなさい」
明るく振る舞っていたのは緊張や不安を無理して演じていただけだった。異世界からの聖女と言っても、彼女はごくふつうの少女だった。
わたしはモモカのそばに行き、取り出したハンカチで涙を拭う。
「さあ、教室に戻りましょうモモカ。みんな心配してるわ」
「で、でも……さっき、わたし、」
「誰だって失敗くらいするわ。このわたしだってそうなのだから、モモカはその倍の失敗したっておかしくない」
こういう時に気が利いた言葉をかけてあげられればいいんだけど、そういうのはあまり得意ではない。
「行きましょう。わたしが引っ張ってあげる」
わたしができるのは、先頭に立ってみんなを導くこと。先を照らして安心させること。だってわたしは公爵令嬢ティアベールですもの。同じ立場になって寄り添うことは他の誰かに任せるわ。
「大丈夫。ついてきて」
モモカの小さな手を握って歩きだす。
「怖いときはわたしの後ろに隠れなさい。わたしの背中は広くて麗しいからあなたの一人や二人は隠せる。強いから守ってあげられる」
「……はい」
歩きながらモモカは少しだけ話してくれた。『マジカルハンドくん』は今日のために、新しいクラスメイトと仲良くなりたい一心で作ったと。前の世界ではズレてるとか不思議ちゃんとか言われて友だちもいなかったから、心機一転と思い、恥ずかしさを押してがんばったと。結果はさんざんだったけれど。
モモカはまたうつむいて「ごめんなさい」と謝った。
「発想は斬新でいいと思うわ。数をこなしていけば上手く作れるようになるわよ」
わたしの激励に彼女が顔をあげる。
「あなたに問題があったら指摘もするし文句も言うわ。あなたは聖女としてこの世界へ来た。今後、認識の齟齬や文化の違いが生じてトラブルが起きるかもしれない。そんな時、わたしはあなたの指針になる。甘いことも厳しいことも言うけれど、耳に入れてちょうだい」
モモカを安心させるように笑ってみせた。
その代わり、と言ってわたしは続ける。
「あなたはわたしに何でもぶつけていい。前の世界のこと、やりたいこと、やってみたいこと。あなたの才能をこのティアベール・ミスリングが受け止めてあげる」
「ティアベールさま……」
「あなたは聖女。特別な存在。モモカ・カミイエ、自信をもつのよ」
この時の言葉に後悔があるかと聞かれれば……まあまったく無いと言えないほどに色々あった。本当にいろいろ。
けれどそれはモモカの才能が特出している証拠でもある。他に誰が受け止められる?
わたし以外にあり得ない。
それは今でも断言できる。
◇
「うう、ごめんなさいティアさま」
「まったくだわ。周囲の状況を確認してから試すようにいつも言っているでしょう」
モモカは何とか自分で装置を止めることができた。
風がおさまったのを確認してわたしはさっと身なりを整える。そして元凶のもとまで行って見るに耐えないモモカの髪に手を伸ばす。せっかく可愛いのだからちゃんとしてほしい。手ぐしで梳くと神秘的な黒髪がしっとりと艶を増した。あんな爆弾のような発明品を持ってきてきちんと大爆破するくくせに、ちゃんと十代の少女だと思うと少し笑えてきた。
「ケガはない?」
モモカは顔を真っ赤にして急におろおろしだす。
「あ……あ、その、は……はい……」
あらあら、わたしの高貴で麗しいオーラを間近で見て当てられたかしら。見るからに慌てふためくモモカを眺めていると胸がすく。
「ケガがないのなら、さっき巻き込んだ人たちにケガがないか聞いてきなさい。わかったわね。ほら、さっさと行く!」
「はいっ!!」
被害はリシトールス様のところの護衛が失神、それと運悪く居合わせてしまった男子生徒数名が前後不覚とのこと。男子生徒たちは「すごく神秘的なものを見た気がするけど……うう、思い出せない」といった感じだ。被害が思いのほか少なくてよかったわ。
「みなさん、ごめんなさいです」
「わたしの麗しい顔に免じて許してほしいわ」
自信たっぷりで悪びれなく謝るのもひとつのパフォーマンスだとわたしは思っている。
「そ、そうだ。お詫びのしるしに、よかったらコレ食べてください。キャンディなんですけど」
モモカが鞄の中から出したのは個包装のキャンディだった。かわいい箱に入っていて20個はあるだろうか。暴風に巻き込まれた人たちが「ありがとう」と言ってひとつずつ手に取っていく。
「それ、どうしたの」
「作ったんです」
その短い言葉にその場にいた全員の手が止まった。もう口に入れていた人もいる。
「あ、いえ、そんな変なものじゃないですよ!」
ぶんぶんと手を振り慌てて否定をするモモカ。そうね。さすがに食べ物にまで魔力を込めるなんてことないわよね。いくら聖女と言ったってそんなこと無理よね。みんなそんな感じで無理やり安心し、残りの人たちもキャンディを口へ放り込んだ。
わたしは嫌な予感がしてモモカを凝視する。
「これは『幸せの黄色いキャンディ』って言って、その、キッスはレモンの味っていうニホンの伝統的な概念を練り込みおいしさを追求した画期的発明品で——』
突如として複数の視線を感じた。
キャンディを食べた生徒たちが男女問わずにわたしを見つめている。それも情熱のこもった眼差しで。
「ちょっとみなさん、どうしたの」
様子のおかしさに一歩二歩と後ずさる。
さすがのモモカも異常に気づいたのか、わたしの制服をちょこんと掴み「あわわ」とうろたえはじめた。
みんなわたしに熱い視線を送っている。
その時、なぜかわたしは最近流行りの観劇『蘇った死人VS人類』を思い出していた。墓から蘇った死者が生者とひたすら戦うやつ。あれに出てくる死人みたいだ。思考力が三段階くらい下がった様子でみんなが「ちゅー」と唇をとがらせながら近づいてくる。
キャンディを食べた集団と一定の距離を保ったまま、わたしとモモカはじりじりと後ろへ下がった。集団の先頭はリシトールス様。なんであなたもキャンディを食べてるのよ。
「ふっ……僕は美しい。しかしティアベール。きみのさくらんぼのような唇も、たまらなく美しいね。食べてしまいたいよ」
リシトールス様は周りと比べると正気のように思えた。少し様子がおかしいような、いつも通りのような。しかし彼は突然ぶるぶると震えだした。そしてくるりと私に背を向けると、キャンディを食べた生徒たちに向かって声を張り上げる。
「ぐあああああ!! みんな、ティアベールの唇を求めずとも、僕を求めていいんだよ! ティアは早くここから逃げろ! この子たちはきみとキスしたくてたまらないみたいだ!」
声と同時に生徒たちがいっせいに動きだした。リシトールス様が必死になって抑えてくれているけれど、生徒の数が多すぎる。
「逃げるわよモモカ」
わたしはモモカの手をとって走りだした。みんなから求められるのは嬉しいけれど、できれば正気のときにしてちょうだい!
「ティアベールだけなんて僕のプライドが許さない……うう、でもわかるよ……ティアは……かわ、いい……僕も……美しい……」
背中から王子のうめく声が聞こえる。きっと尊い犠牲になってくれたのね。相変わらずおもしろくて変な従兄弟だ。今度お肌にいいって評判の化粧水を持っていってあげよう。
しかし朝の登校中だというのにどうしてこう次から次へと。わたしは運動にも自信があるので走って走って逃げていく。しっかりと握ったモモカの手を離すことはない。絶対に。
「発明品はせめて一日に一個にして!!」
「ごめんなさいいいい」
突然降ってきた聖女との日常。
わたしのハチャメチャな日々はまだまだ続きそうである。