読書記号使用小説 どこかのクローゼットのなかで
音楽記号がある。どう演奏するかを指示する、音楽記号がある。強く弾いたり、弱く弾いたり。様々なものを、指示するものがある。
それなのに、読書記号はない。どう読書するかを指示する、読書記号がない。あったら、もっと作者の伝えたいことが伝わるのに。そう思った。だから、作った。
実際にある記号などを使い、読書記号を決めた。これが、僕が考えた読書記号だ。
§ サササッとすばやく
Θ ちょっとだけ簿目で
Ф 充血した目でも閉じるな
π 動きながら読みOK
Ψ フォークでぶっ刺すような気持ちで
λ 入り込みすぎていいんだよ
Ω 遠回りしてでも理解しろ
β 羽根が生えた感じでふわふわと
Э 3回読み直しても無駄だからな
Δ 三角口になるくらいの驚きあり
Λ 盛り上がりは中盤だけだからね
考えた読書記号を使って、簡単な小説を書いてみた。読書記号を見て、しっかりと読んでほしい。
◎小説『どこかのクローゼットのなかで』
〈§ サササッとすばやく〉
§ ヤバいヤバい。ここドコここドコ。暗い暗い暗い暗い暗い。狭い狭い狭い狭い狭い。分からない分からない分からない分からない。気が付いたらここにいた。ここにいた。
〈Θ ちょっとだけ簿目で〉
Θ 怒号が響いてきた。ということはなく。赤い血が流れた。という光景もない。どろどろ。ぐちゃぐちゃ。びちょびちょもない。グロテスクのグの字もない。ただ黒い空間にいる。そんな感じだ。
〈Ф 充血した目でも閉じるな〉
Φ 光だ。横線の光だ。横線の光がたくさん。五線譜みたいな光。ということはあれか。そう思った。
〈π 動きながら読みOK〉
π ここはクローゼットだ。自分に言い聞かせよう。ここはクローゼットだ。ここはクローゼットなんだ。
〈Ψ フォークでぶっ刺すような気持ちで〉
Ψ 足音が近づいてくる。見つかるか見つかるか。別にいい。縛られていないし。悪いこともしていないから。負けねえよ。ガンガン行くよ。怖いけど行くしかないから。
〈λ 入り込みすぎていいんだよ〉
λ ヒカヒカしてる。隙間の先に強い光が。何かを持っている人だ。狂気の目の男だ。ナイフのような刃物だ。目を見開きすぎていて恐ろしい。ドクドクが速くなる。息を呑む。
〈Ω 遠回りしてでも理解しろ〉
Ω 咳が出てしまった。このままでは気付かれてしまう。そのとき周りが変化した。黒から一転。白に包まれた。真逆の世界。脳内も白に変わってゆく。
〈β 羽根が生えた感じでふわふわと〉
β 夢にしては肌の感覚がすごい。風が皮膚にバンバン当たる。でも抵抗感はない。不思議な世界だ。真っ白で何もない。まるで天国の類いにいるみたいだ。
〈Э 3回読み直しても無駄だからな〉
Э 天国の窓から外に出て。ぐにゃぐにゃしたハシゴを登っていき。純白のすべり台をすべり降りた。そんな世界にいるみたいだ。
〈Δ 三角口になるくらいの驚きあり〉
Δ ヤバいヤバい。暗い暗い暗い暗い暗い。狭い狭い狭い狭い狭い。最初に戻った。気が付いたらまたここにいた。夢か。どれが夢なのか分からない。
〈Λ 盛り上がりは中盤だけだからね〉
Λ そんな体験をした。という話を友達から聞いた。それも誰かから聞いた話で。その人が今どこで何をしているかは。誰も知らない。