名誉
的に銃口を向けてトリガーを引く。
大きな銃声と共に弾が発射され、遠く離れた的に当たる。
これは僕が昔からやっている訓練だ。
初めのうちは猟銃を持つことが大変だったのに、今ではほとんど的の中心に当てることができる。
ただ、気持ちが落ち着いていないとできないし、動く対象に当てるのは簡単じゃない。
いつか父さんから『狩人』の役目を引き継ぐその日のために、毎日訓練を続けている。
森の中にある、ちょっと拓けた空間。
木を切り倒して、背の高い草を刈り、手作りの的を幾つも並べたそこは、僕だけの練習場だった。
あれだけ広い森だけあって、目印もなければ僕以外は誰もたどり着けない場所。
だから、練習の他にもひとりになりたい時もここに来ることもあった。
そんな場所は以前魔女に荒らされたことがある。
あれからの日々はなんというか波乱ばっかりで、休んでる暇もなかったけど、最近はそんなのにも慣れてきてしまっている気がしている。
慣れたくなかったんだけどなぁ……。
まぁ、それは置いておいて。
魔女の仕業で伸びきってしまった植物を綺麗に除去して、今では前と同じように使えるようになっていた。
うん。やっぱりこの方が落ち着く。
『ちょっと、レン。花を踏まないでよ』
「ああ、ごめん」
的の確認をしようと歩いていたら足下の花を踏みそうになってプリムラに怒られた。
練習場のど真ん中に繁殖しているこの小さな花……綺麗なのは綺麗なんだけど、利便性を求める僕からしたらただの邪魔でしかないんだよね。
でも、花を邪険にするとプリムラが怒るし……せめて他のところに移すとかさせてくれないかな。
『また魔法少女やらせてあげる?』
「絶対に嫌だ」
僕としては早く忘れたいのにプリムラは嫌なことを思い出させてくれる。
どうして恥ずかしい記憶はなかなか忘れられないんだろう。
猟銃を置いて切り株に座り、一旦休憩。
僕の視線の先ではプリムラがうろちょろと動き回っている。
ずっと声だけしか聞こえなかった魔女プリムラ。
ついこの間から、その子の姿が見えるようになった。
でも、声が聞こえるのも、姿が見えるのも僕だけだから、まだ周りには気づかれていない。
『あー、チョウチョウ』
プリムラは飛んでいるチョウチョウに手を伸ばすけど、その指は羽を突き抜けた。
そう、彼女は何かに触れることができないみたいだ。
まるで、そこに存在しないみたいに。
ただ、どうしてか僕だけは触れることができる。
この間思いっきり顔を殴られたのは痛かった。
ちなみに、なにがとは言わないけど、今の彼女はしっかり着ている。
意識すればちゃんとした見た目になることができるらしい。
魔女って、そんなもんなのかな。それとも、彼女が特別なのかな。
『休憩? じゃあ身体借りるね』
「あっ、ちょっと」
油断してたら、プリムラに身体の自由を奪われた。
そしてそのままポケットの中からクッキーを取り出し口に入れた。
ポンという音と共に僕の身体が魔女の姿になる。
またやられた……彼女は女の子らしく甘い物が好きで、こうして僕の身体で食そうとするんだ。
でもお菓子を食べると変身しちゃうし……困ったものだよ。
まぁ、僕が抵抗したところで無駄なんだけどね。
僕の身体は彼女のもの……そういう契約だし。
でも、変身した時の僕の姿がプリムラにそっくりというのはどういうことなんだろう。
彼女のことも含めて謎が深まるばかりだ。
「……お~い」
どこかから声が聞こえてきた。
女の人の声?
でも、辺りを見渡しても木ばっかりで誰もいない。
気のせいだったかなと思っているとまた「お~い」と聞こえてきた。
『上よ、上』
「上?」
プリムラに言われた通りに上を見上げると、そこには箒に乗った魔女がいた。
知り合いだ。会うのは一週間ぶり……って、あれ。
「シグネさん?」
村から救い出してもう会うことはないと思っていた魔女、シグネさんが箒で飛んできていた。
下りてきたその人に僕は寄って話す。
「どうしたんですか。また忘れ物ですか?」
「もう……忘れ物はもうないわ。それよりもちょっと厄介なことがわかったのよ」
シグネさんはさっきまで僕が座っていた切り株に腰を下ろす。
座る前におしりをさすっていたっし、もしかしたら箒にまたがって乗るのはおしりが痛くなるのかもしれない。
指摘はしないけど。
「厄介なこと……ですか」
僕からしたらこの森に魔女が残っているということがすでに厄介事なんだけど……とりあえず話を聞くことにした。
「森から出られないのよ」
「はい?」
言っている意味がわからなかったのでシグネさんに詳細を聞いてみると、どういうわけか目に見えない壁のようなものがあって、それに妨げられて森から出ることができないらしい。
どこかから出ることができるだろうと思って森の外周沿いを回ってみても、一週間かけて探したのに一カ所も出られる場所はなかった。
それで行く当てもなくさまよっていたら僕を発見したようだ。
『結界がはってあるのかもしれない』
「結界?」
「そう、それも外に出られなくする結界のようだわ」
プリムラが言った言葉に反応したら、それをシグネさんが好意的に解釈してくれた。
危ない。いつものクセで普通にプリムラに聞いてしまうところだった。
『結界がなくならない限りは出られないと思う』
えぇ……それじゃあシグネさんはずっとこの森の中をさまよい続けることになるんだけど。
食料とか、寝床とか、色々と大変じゃないかな。
『助けるつもりなの?』
う~ん。助けるもなにも、そもそも早く帰って欲しいというのが正直な考え。
結界というもののせいで出られないのなら、それを消す方法を考えないと。
でも、良い方法が見つからない。結界なんて初めて聞いたし。
『キミはどう思う?』
『助けなさい』
どうせそう言うと思ったよ。
なら、また変なことをされる前に僕が行動した方がいい。
「わかりました。ちょっと対策を考えてみます」
シグネさんには良い案が思いつくまで待っていてもらうことになった。
そして僕は今、村に向かって歩いているところ。
場合によっては数日待ってもらう必要もあるし、大丈夫かなと思ったんだけど、シグネさんは普段から旅をしているので野宿には慣れているらしく、そんなに急がなくていいよと言われてしまった。
とは言っても放っておくのも悪いし、何の解決もできなくてもせめて安全な場所だけでも提供してあげたいところだ。
「うーん……」
『うなったところで答えなんて出ないと思うけど』
プリムラはそうやって悪態つく。
前と違って見えるようになった……というよりかは身体をもつようになったらしく、声が聞こえるのも頭の中からというよりかは、ちゃんと目に見える位置からになった。
それもあって僕があんまりさくさく歩いているといつの間にかかなり後ろにいることもある。
だから、ちょくちょく確認しながら歩くペースを整えている。
それにプリムラが気づいているかはわからないけど。
そういえば、こうやって姿が見えるまでは、シグネさんみたいな大人な魔女の姿を想像していたんだけど、実際は僕よりも幼げな女の子だったなんて。
あれだけ強引で強気で、無理矢理に契約を結んでくる魔女が、こんな姿とは思いも寄らない。
「キミは結界についてわかるの?」
シグネさんとの会話の中でプリムラは結界に気づいていた。
それはつまり知っていると考えていいはず。
『わたしもあんまり知らない。一定の範囲の中に入れなくするのと、外に出られなくするのとがあるってことぐらい』
一定の範囲……シグネさんが調べたとおりなら森全体がそうなんだ。
で、外には出られなくしてあると。
『これもまた魔法のひとつね。ただ、ここまで広範囲なもの、そう簡単に維持できるとは思えないけど』
魔法……魔女が使う不思議な力。プリムラがたまに植物を操っているように見えるのも魔法だと話していた。
結界が魔法によって作られるものなのだとしたら、今回もまた魔女の仕業ってことだ。
どうして魔女はこの森にこんなことばかりやってくるんだろう。
もっと静かに生活させてほしい。
『あっ、結界を解く方法思い出した』
「なになにどんな」
『結界をはった魔女をこらしめればいい』
わー、単純明快。
だとしたらその魔女を見つけるだけだね。後は父さんを向かわせればいいし。
そうできたら簡単なのになぁ。
まぁいいか。とりあえず村に戻って考えよう。
もしかしたら父さんの書斎に結界の抜け方が書いてある本があるかもしれないし。
と、そんなことを話していたらいつの間にか村が見えてきた。
そう、僕が住んでいる村。
はぁ……この間の魔法少女騒ぎのせいで、子供達の中でブームになっているんだよね。
カーテンを身体に巻き付けたり、決めポーズをとって「まほうしょうじょ、さんじょうっ!」って、舌っ足らずで言ってるの。
そういう姿が嫌でも目に入ってしまうから困ってる。
それもこれもプリムラのせいだ。
『ん? あれ……』
プリムラが指で指し示したのは村の真ん中あたりの住居だ。
奇しくも僕があの日上っていた家……その屋根に人が乗っていた。
子供が誰か遊びで上ったんだとすると危ないし駆け寄ってみると、それが子供にしては大きい人影であることに気づく。
それに服装もなんだかそれっぽい。
「って、まさか……」
「魔法少女テアローリエ参上! 悪い魔女はやっつけちゃうぞ♪」
片手で装飾のついた杖をクルクル回し、決めポーズをとる魔女がそこにいた。
『お仲間がいたのね……』
過去の自分を見ているみたいで恥ずかしくって目を覆いたくなる。
というか、この村にとって悪い魔女はきっとキミのことです。
ニンフェア「そういえば箒の持ち手の湾曲した部分ってなんなんですか?」
シグネ「これはランタンを吊るすためのフックよ。これのおかげで夜も安心して飛べるのよ」
プリムラ『夜中に光ってたら目立ちそうね』
ニンフェア『たぶん、それで父さんに見つかったんだと思うよ』